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般若とダイアモンド

ただひたすらに河原の石積みを課せられている身の私は今日もコツコツ石を積んでいた。
これもバランス良く見目いいように積むのに結構、気を使うのだ。
最近、私は河原で石積み用の石を探してきれいな縞模様のある平べったい石やピンクがかった綺麗な石をより分けてはなやかな石塔を作っていた。その綺麗な石の塔が目の高さまで積まれたところで背後から足音がヒタヒタと聞こえた。
(また来やがった。)と私はうんざりして顔を上げると今まで見たこともないおぞましい者がそこにいた。
まず目に入ったのは般若の顔だ。
地獄に来てから鬼のたぐいは散々見てきたがこれ程恐ろしく恨みがましい顔を見たことがなかった。金色の目はカッと異様な色を生し、牙ののぞく口元は血のような舌が見えた。薄灰色の地獄の風景にその女の白装束はあくまで浮いていた。
私は異様な般若を前にして腰が抜けんばかりに驚いてしまい、息をのんで般若の挙動を見守った。女は無言で私の石塔に近づいてそっと遠慮がちに突くと石が2、3個コロコロ落ちた。般若は戸惑ったように手を構え、私を見た。私は(もっと思いっきりやれ)という意味でうなずいた。般若は迷っていたようだ。
私にいいのか?という風に首を傾げたので、
(いいよ、いいよ、やっていいよ)と私は力強くぶんぶんうなずいた。
般若は拳骨で石塔に殴りかかりやっとばらばらにはたき倒した。私は何だかホッとした。
見た目は恐ろしいがこの女は地獄に来て日が浅いのだろうと思った。
般若は安心したように私に頭を下げてどこかへ行った。仕草が人間ぽい。嫉妬に狂って死んだ女なんだろうか。業だなぁ。
生前、嫉妬に狂い、死んでなお地獄で般若の姿になるなんて。
わたしが散らばった石を集めていると奪衣婆がやってきた。
「あんたあんた、今日は大忙しだったよ。豪華客船が沈んでねぇ!すんごい金持ちがいっぱい死んだんだよ!」
婆は充実した仕事を終えた後の満足気な顔をしていた。婆の頬が薔薇色だった。
「これ見な!この女物のジャケットな、ドルチェ&ガッバーナで100万だと!」
婆は派手な花柄のジャケットを掲げてみせた。私はドルチェ&ガッバーナの名前は聞いたことはあったがはじめて本物を見た。
これが100万円なんてバカじゃないのかと思った。
「このジャケットをバラして綿入れてあんたの座布団にしてやるよ。」と婆は言った。
私は(えー、いらねぇ。)と首を横に振った。
「だってお前、地べたにケツついて座って尻が痛くなるだろ。」
(いらん、いらん)と私は首を横に振り続けた。
「じゃあうちの爺さんの座布団にするか。これはどうだ?これも石じゃろ。」
婆はズダ袋からきらめく宝石をだした。
ダイアモンド、サファイア、猫目石…。
私はたちまち目を奪われた。
「なっ、ちょっとちっこいが石じゃろ。キラキラしたのを石塔のてっぺんに乗せりゃクリスマスツリーのお星様みたいじゃろ。まぁ、てっぺんに飾ったとたんに鬼にぶち壊されるんじゃがな。」
婆は上機嫌だった。
私は親指の爪くらいのダイアモンドをつまんだ。これでいくら位なんだろうな。
この輝きは人間を魅力する。地獄でこんなに輝いても無駄だが。私はダイアモンドよりサクマドロップスの方がいい。食えるから。
甘さは何よりの慰めになるが、輝きはより私の影を濃くするばかりだ。
薄暗い空に奪衣婆の高笑いが響く地獄の昼下りだった。

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