Tesso,Usi,Tora,U……
上司が女性秘書に「日本の○※×☆△@□#」と何か話している。
彼のスペイン語は訛りが強いのか、単に活舌が悪いのか、私にとっては聞き取り辛い。だが、今回はきっちり聞き取るまでもなく、会話の内容がおよそ推測できた。
きっと、JICA事務所からのクリスマスと新年を迎えるにあたっての挨拶メールについて話しているのだろう。先ほど私のアドレス宛にも、一斉送信で送られてきた。
メールには後輩隊員がデザインした来年の干支、ネズミの画像が添付されており、スペイン語で「Feliz Navidad y Próspero Año Nuevo」(メリークリスマス、そして栄ある新年を)、日本語で「来年もよろしくお願いします」と書かれている。
「タカ、このネズミは何なんだ」
私は席を立ち、上司のパソコンの画面を覗き込み、干支の説明をしてみる。
「日本では、それぞれの年が1匹の動物を持っています」
間違ってはいないと思うのだが、我ながら気持ちの悪い説明だ。
自分のパソコンで「干支 画像」で検索し、各干支の顔がかわいらしくデフォルメされ、円形に並べられた画像を見せる。
「動物は12種類いて、例えば2020年がネズミ、2021年はウシ、それからトラ、ウサギ、ドラゴン、ヘビ……」と順に説明する。ちなみにイノシシは、少なくとも上司にとってはブタと同義のようである。
上司が尋ねてくる。
「何でネズミなんだ」
な、なんでやろか……
おそらく縁起物だろうが、言われてみれば何を意味するのかイマイチ知らない。
再び「干支 意味」で検索し、ネズミが一体何を意味しているのか調べてみると、「子孫繁栄の意味が込められている」と出てきた。
さて、これをどうスペイン語で伝えようかと悩んでいると、痺れを切らした上司も自分で調べ始め、「タカ、テッソだろ」と彼なりの答えを出してきた。
「テッソ?分からないです」
西和辞典でテッソと読めそうな綴りを一通り調べてみるが、それらしき言葉は出てこない。続けて国語辞典で「テッソ」「テッソウ」「テソ」などと調べてみるも、関係のない言葉ばかりである。
「どうだ、テッソだろ」
「やっぱり分からないですね」
上司のパソコンを改めて見てみると、スペイン語版のウィキペディアが表示されており、「Tesso」と書かれている。
「ほら、テッソだろ」
「うーん……テッソではないですね」
と否定しつつも、何度も「テッソだろ」と言われると自信がなくなってくる。
――もしかしてテッソなのではないか。みんなテッソを知っていて、俺だけが知らないんじゃ――
上司がパソコンの画面を指差し「ジョカイとは何だ」と聞いてきた。そこには「yokai」と書かれていた。
yokai、つまり妖怪である。どうやらテッソは妖怪らしい。
上司にはテキトーに「妖怪はモンスターです」とだけ伝え、Tessoについてよくよく調べてみたところ「鉄鼠」というネズミの妖怪だった。
上司は何をどう検索して、鉄鼠にたどり着いたのだろう。私は本当に不思議でならなかった。
干支について改めて説明しようかというところで、終業時間が近づいてきた。
また今度パワポにまとめて説明しようと思い直し、私はパソコンを閉じ、ドミニカ共和国に来てから度々感じてきた「日本の文化をもっと知らなくてはならない」という思いを新たにした。