見出し画像

「ここではないどこか」に憧れながら、今ここで生きる【オランドゆるエッセイ vol.2】

HIROSAKI ORANDOで出会う人々や日々のできごと、弘前というまちのこと、ローカルな暮らしや働き方など……オランドスタッフが綴るのんびりエッセイ。
今回のテーマは「Uターン」です。

.
.
.

思えばいつも「ここではないどこか」「今ではないいつか」のことばかり考えていた気がする。今ここにある暮らしや自分の現在に、私はちゃんと向き合えていただろうか?


弘前で生まれ育った思春期の私は、窮屈で退屈な日々を過ごしながらいつも「ここではないどこかで暮らすこと」を想像していた。

良くも悪くも真面目な性格で、田舎の学校という閉鎖的な社会においてなかなか周りとうまく馴染めなかったのだ(どうしてあんなに不器用だったの!と思い出せば恥ずかしくなるけれど)。そして、いわゆる田舎コンプレックスを抱いていた。

高校卒業を機に札幌の大学に進学した。自分を知る人がいないような土地で暮らしてみたくなったからだ。

画像2

↑2017年10月、札幌。いちょう並木と北海道庁赤れんが庁舎。


札幌には道内含め全国各地から人が集まるし、海外から来る人も多い。親切だけどそこまで他人に干渉はしない、からっとした空気感が心地良かった。

このまちで出会う人のほとんどが、出身地の話題になると楽しそうに話してくれる。私は決まって「弘前?何もいいとこないし、札幌のがいいよ!」と茶化してしまうのだ。地元が好きだと言い切れる彼らが眩しく、どこか羨ましく思えた。私は、夢にまで見た都市生活を送っているはずだったのに。


ほんとうは私だって、何もなくたって弘前のことが好きだったのだ。

何かと帰省していたし、ローカルインターンシップなどを通じてローカルな働き方や生き方を模索していたけれど、「Uターンはある程度の社会人経験を積んで、スキルを身に付けお金の余裕が生まれてから」とぼんやり考えていた。

結局、卒業後は大学院に進んだのだが、ある日突然電池がぷつりと切れたかのように何も出来なくなってしまった。知らず知らずにストレスが溜まり、ぼろぼろだったらしい。そうして思いがけないタイミングで去年の秋に出戻り、現在に至る。

画像1

↑2019年10月、札幌。4年半過ごしたまちを離れる当日、偶然にも二重の虹が。


実家で家族と生活するうちに、私はみるみる元気を取り戻していった。刺激に溢れた都会を離れたことは寂しくもあったが、自分がいつもの状態ではなくなった時、まずは原因となる物事から意識的に身を遠ざけることと、心身の安全が確保された場所で休むことの重要性を、身をもって実感した。

未だに地元に対して田舎だなあと思う瞬間はある。けれども田舎そのものが嫌なのではなく、自分の中の「田舎者」な部分が疎ましかっただけと気づいた(かなり時間がかかってしまったけれど)。地元の好きなところを見つけるにつれ、かつての自分のことも許せるようになった気がする。

今は「どうすれば自分の好きな自分でいられるか」を考えながら、心身が健やかであることをテーマに生活している。これは、大学生の頃にお世話になった「札幌の姉」のようなメンターから教えてもらったことだ。ありのままを受け入れること、自分に肯定的かつ良くなろうとすることは、周りを尊重することにも通ずるだろう。

画像3

↑2020年4月。「劇場のともだち」展より、オランドに飾られた写真と言葉の作品。


一度離れて戻ってくると、見慣れたはずの景色も違って見えるから面白い。学生時代には知らなかったディープなスポットや新たにオープンしたお店など、新鮮な気持ちでまちを楽しむことができているように思う。

一方で、やっぱりまちの活気が減少していくのを見ると悲しくなるし、嫌だなあとうんざりすることも、「もっとこうなったらいいのに!」と歯痒く思うこともある。それでも、ただ嘆くだけでなく自分たちで良くする方法を見つけていけばいいと考えるようになった。

画像4

↑2018年8月、弘前ねぷた。来夏は祭り囃子がまちに響くことを願う。


離れた場所にいる友人たちは「私も帰りたいなあ」と言うし、地元に戻りたい人は意外と多いのかもしれない。しかし現実は「でも貯金も少ないし…」「仕事ないよね」「いつか結婚してからかな…」である。20代半ばの単身者のUターン等には、まだまだ高いハードルがありそうだ。弘前・青森と、地元に帰りたい若者とをつなぐ仕組みづくりにも、携わっていけたらと思う。

正直なところ、地域に根ざしたこの仕事をはじめてから「この先どこにも行けなくなったら寂しいなあ」と思うこともある。弘前は好きだけど、知らないまちで生きることも、私にとってはやっぱり魅力的なのだ。



今はまだ、どこか行きたい場所に行くのが難しいのなら。ここにある暮らしをほんの少しでも愛せるようになれたらいい。「どこにも行けない」と感じてしまう時こそ、ほんとうはどこへだって行けるということを、お守りとして大切に胸に置いておきたい。

「ここではないどこか」に憧れながら、今いる場所で日々を愛でる。今、ここで生きることは「いつか、どこか」につながっているはずだから。たわいのない日常にささやかな美しさを見つけるのも、楽しいものだ。


.
.
.

書いた人・わかな(オランドスタッフ)
弘前市出身。大学進学を機に北の大地へ。札幌で約4年半を過ごしたのちUターン、縁あってオランドで働くことに。普段は主にカフェまわりを担当。


よろしければサポートお願い致します。新しいチャレンジへの支援に使わせて頂きます。