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「論語」から、中国デジタルトランスフォーメーションを謎解きしてみよう。第116回

本シリーズのメインテーマは「論語」に現代的な解釈を与えること。そしてサブストーリーが、中国のDX(デジタルトランスフォーメーション)の分析です。中国の2010年代は、DXが革命的に進行しました。きっと後世、大きな研究対象となるでしょう。その先駆けを意識しています。また、この間、日本は何をしていたのか、についても考察したいと思います。
 
憲問十四の二十三~二十五
 
憲問十四の二十三
 
『子路問事君。子曰、勿欺也。而犯之。』
 
子路が君主に仕えることについて問うた。孔子曰く、「欺いてはいけない。逆らってでもいさめよ。」
 
(現代中国的解釈)
 
IT巨頭、百度は、自動運転のトップ企業である。2017年、国家4大AIプロジェクトの第1プロジェクトに指定されている。Apollo計画といい、パートナーに開放されたオープンプラットフォームだ。紆余曲折の後、2020年10月、北京でロボタクシーサービスApollo Goをスタート。2021年4月、35台の自動運転車Apollo号が初めて営業許可を取得した。
 
(サブストーリー)
 
百度の自動運転技術をリードしたのは、韓旭という男だった。イリノイ大学で電子工学博士号、ミズーリ大学の終身教授である。百度が無人運転プロジェクトを立ち上げて1年後nの2014年、韓旭は百度のチーフサイエンティストに手紙を書き、百度北米研究所に採用される。2016年、自動運転部門のチーフサイエンティストとなる。
 
ところが2017年、自動運転事業部マネジャー・王進とともに百度を退社、文遠知行(We Ride)を起業した。王進は「競業避止義務」により、百度から訴えられ、新会社のCEOに就けなかった。そのため技術畑の韓旭がCEOとなる。そして創立早々、有力なベンチャーキャピタルから5200万ドルを調達した。百度の君主、李宏彦は、どのような思いだっただろうか。部下をいさめても優秀な部下には効果がない。
 
憲問十四の二十四
 
『子曰、君子上達、小人下達。』
 
孔子曰く、君子は向上し、小人は堕落する。
 
(現代中国的解釈)
 
大志を抱く企業には、人、物、カネが集まってくる。スタートアップから上場にまでこぎつければ、まずまず、君子の行ないではないだろうか。次は、私物化をはかる小人を排除できるかが問題となる。先の君主を欺いた、文遠知行(We Ride)について、もう少し検討しよう。
 
(サブストーリー)
 
文遠知行は2017年設立、自動運転の未来を形作り、人類のモビリティを変革する。など高い目標をかかげた。広州グローバル本社の他、すでに世界8カ所に分社を設立し、L4(特定条件下における完全自動運転)レベルで世界をリードする存在と目されている。2018年9月、通信3大キャリアの1つ中国聯通と提携、10月には、ルノー、日産、三菱連合が出資した。2019年11月には、広州で国内初のロボタクシー運用サービスを始めた。百度は先行されてしまったのである。さらに2022年3月、広汽集団、BOSCHなどが4億ドルを出資、企業価値は44億ドルに達した。5月には、BOSCHと戦略提携を結んだ。
 
イスラエルのモービルアイ(インテル系)、米国のWaymo(グーグル系)、Cruise(GM系)が苦戦し、さらにArgo AI(フォード、VW系)に至っては業務を停止するなど、自動運転企業は冬の時代にある。そうした中にあって、文遠知行は、例外的に元気がよい。最近は2023年上半期中にもナスダックへ上場と報道された。株式公開をすれば、情報を公開せねばならず、企業統治は透明化される。独立の経緯には問題があったが、文遠知行は、自動運転業界の君子になれるだろうか。
 
憲問十四の二十五
 
『子曰、古之学者為已、今之学者為人。』
 
孔子曰く、「昔の学者は、自分のために学問をした。今の学者は、人に知られるために学問をしている。」
 
(現代中国的解釈)
 
売名行為に走る学者は、孔子の時代から存在していた。現代は売名せずとも、本当にすぐれた才能なら見過ごされることはない。やはり自動運転業界の住人、侯曉迪という人もすぐ目立った。自動運転トラックの研究で脚光を浴びた、図森未来の共同創業者である。
 
(サブストーリー)
 
侯曉迪は、自動運転技術“最強の天才”といわれ、本人も周囲もスティーブ・ジョブズ的生き様を期待した。上海交通大学在学中から大注目論文を発表、カリフォルニア工科大学でコンピュータ視覚と認知科学で博士号を取得した。2015年、起業家の陳黙と共に図森未来を創業した。無人運転トラックのソリューションを中国市場と米国市場、両方に向け開発した。中国ネット大手・新浪、米国半導体大手・NVIDIA、物流大手・UPSから出資を得て、業界をリードする存在に成長した。2021年、図森未来はナスダックに上場、侯曉迪は在北米エリート中国人ランキングの1位に選ばれた。
 
しかし2022年、図森未来は迷走し始める。陳黙がHydronというトラックメーカーを立ち上げた。しかし、この会社との関係を正しく開示しなかったこと、米国の知的財産を流失させた疑いなどで、FBI、SECの捜査を受ける。そして同年10月、侯曉迪はCEO、CTO、総裁などの役職を解任されてしまう。すると侯曉迪は、創業オーナーの議決権を行使し、董事会を解散してしまった。しかし、実権を取り戻すことはできず、結局この3月、離職すると発表した。
 
創業者にして、技術の天才とよばれた男は、社内抗争までコントロールする能力はなかった。通常、技術オタクと政治滴才能は相反するもので、驚くには当たらない。意図せざるトラブルによって、侯曉迪はさらに有名になってしまった。同じ自動運転企業・文遠知行にとっては、よい反面教師といえるだろう。

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