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「論語」から、中国デジタルトランスフォーメーションを謎解きしてみよう。第150回

本シリーズのメインテーマは「論語」に現代的な解釈を与えること。そしてサブストーリーが、中国のDX(デジタルトランスフォーメーション)の分析です。中国の2010年代は、DXが革命的に進行しました。きっと後世、大きな研究対象となるでしょう。その先駆けを意識しています。また、この間、日本は何をしていたのか、についても考察したいと思います。
 
陽貨十七の十一~十ニ
 
陽貨十七の十一
 
『子曰、礼云礼云。玉帛云乎哉。楽云楽云。鐘鼓云乎哉。』
 
孔子曰く、「礼だ礼だというが、それは玉や絹のことをいうのであろうか。楽だ楽だというが、鐘や太鼓のことを言うのだろうか。」
 
(現代中国的解釈)
 
道具の良し悪しより、コンテンツの中身が大切、要は形から入るなという戒めだろう。メタバースのブームは、わずか3年で終焉を迎えた。これは世界も中国も変わらない。このあおりを受けて、VRゴーグルの有力メーカーがピンチに陥った。それはTikTokの運営会社バイトダンスが買収した、PICOである。
 
(サブストーリー)
 
PICOは2015年設立、当初から仮想現実の機器開発、コンテンツ制作を行なった。国内外で多くの関連特許を取得しつつ、同年末、最初のVRヘッドセットを発表した。世界最先端のXRプラットフォームを目指し、大手企業のVR事業部と切磋琢磨を繰り返した。その後メタバースブーム真っ盛りだった2021年、バイトダンスに買収される。バイトダンスのサポートを得た後、中国市場でのシェアは、60%近くに達した。しかし、メタバースブームは急速にしぼんだ。
 
そのPICOは11月上旬、従業員総会を開き、大規模な人員削減を発表した。PICOの周CEOはその理由について、「VR業界は初期段階にあり、業界と市場の発展は楽観視できない。2023年の売上目標は昨年の50%に下げたが、こうした調整措置さえ、時宜にかなわず、十分な効果は得られなかった、」と述べた。
 
そこで今回の調整では、コアテクノロジーとハードウェア以外の投資は抑制し、組織をスリム化する。そのため、販売、マーケティング、スタジオ、ビデオ作成などの部門が、人員削減の対象となる。中でも、ビデオ作成チームは、PICOが磨き上げてきたシンボルのような部門だが、バイトダンスは、コンテンツリソースとしてのPICOにはもう重点をおかないことが明らかとなった。またモバイルOSチームも、バイトダンスの製品開発チームに吸収される。
 
2021年、バイトダンスに買収される直前、PICOの従業員は300人だった。それが最大2000人に達したが、今回の人員削減により、数百人規模となり、元にもどる。いい夢を見させてもらった、というべきかも知れない。また退職エンジニアたちには、スカウトが殺到しているという。中国企業は、形や面子にとらわれず、そんどん変化させていく。その規模とスピードは日本企業の比ではない。
 
陽貨十七の十二
 
『子曰、色厲、而内荏、譬諸小人、其猶穿窬之盗也与。』
 
孔子曰く、「顔付きがいかめしく、内心臆病というのを小人に例えると、コソ泥のような者となるか。」
 
 
(現代中国的解釈)
 
中国人にとって、正義、正論の主張とは、数ある交渉手段のたった1つに過ぎない。物まねを躊躇せず、コソ泥すらいとわない。こうして現代中国人は、何物にも左右されず、経済成長だけに邁進した。しかし、その過激なまでのひたむきさは、世界の反発を買い、米国の制裁に直面する。
 
(サブストーリー)
 
制裁の象徴となった先端半導体産業は、最新の半導体製造装置が導入できなくなった。例えば1台200億円もするオランダASML社製の極端紫外線(EUV)露光装置である。現状、7nm以下の半導体微細化競争の要となる精密機械だ。国内のSMICが旧型装置で7nmロジック半導体の製造に成功したが、最新EUV機無しに、これ以上の微細化は難しいと見られている。そこで注目されているのがキャノンだ。この10月、ADSLのリソグラフィー技術とは異なる、ナノインプリント技術による半導体露光装置を発売した。中国メディアの関心は、非常に高く、このニュースを、日本メディアより、はるかに詳しく報じている。
 
キャノンは2014年、米国モレキュラー社を買収して以降、大日本印刷やキオクシアと協力してナノインプリントプロセスを研究してきた。シリコンウエハーへの転写方法が違い。ADSLの光学投影の原理は使わない。パターンをインプリントにより直接形成する、印刷技術に近いものらしい。この方法ではチップの製造速度は遅いものの、エネルギー消費はEUVの10%、設備投資は40%に抑えられる。
 
キャノンの御手洗富士夫会長は、「この技術は、中小規模の半導体メーカーに、高度なチップを製造する新しい道を開く。価格はASMLより1桁安い。EUVを超えるとは思わないが、新たな機会や需要が生まれると信じている。」と述べた。もしやEUVをバイパスできる技術ではないか、と中国半導体産業の期待を集めている。さらにこの技術そのものには、輸出規制はないものの、45nm以下を実現できる装置に倒しては制限があった。ということは中国へは輸出できない可能性が高い。しかし中国の期待を集めているということは、EUVよりは、何らかの手段はありそうだ、と思っているのだろう。目的のためなら、おどし、すかし、コソ泥を働くこともためらはない、本領発揮のステージだ。何より米国に比べ、日本は組しやすい。

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