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#004 伝統音楽から見える歴史

こんにちは。
今回は前回記事の後編を書こうと思っていたのですが、なかなかまとまらず後編は次回とさせて頂きたいと思います。申し訳ありません。今回は、#002でお話した「音楽の歴史を辿るということ」を掘り下げ、今度は「歴史を音楽から見る」ということをテーマにしてみたいと思います。まず初めに、私が伝統音楽に興味を持つきっかけになったこと(#002でも触れていますが、そのもう少し前から)について、書いていきます。

1.きっかけは"大学の講義"

連休の間、溜まりに溜まったCD-Rを整理していたら、フランス留学三年目で「フランスの地方言語」について研究していた時に行ったフィールドワークの資料が出てきました。

自分のいた大学はマルク・ブロック大学(現在はストラスブール大学に名称変更)というところで、日本ではあまり知られてませんが、"アナール学派"という歴史研究を確立したリュシアン・フェーヴルとマルク・ブロックが教授を務めていた、古い大学です。アナール学派というのは、それまでの事件史的(今の日本の小中高で習う歴史)に研究するのではなく、社会学や心理学などの他分野の学問を取り入れ、従来のように貴族階級や王室などの身分の高い者の動向や文化などに焦点を当てる手法から、一般市民や労働者階級などの身分の低い者の生活様式などから歴史を研究していくという手法を提唱した学派です。

例えば、フランスでは俗に(Le temps de chaos="混沌期")と揶揄されて呼ばれる時代区分があります。1792年から1870年のほぼ100年の間です。

この間、

国民公会(ルイ16世処刑後に王政が倒れ初めて共和政になった)
↓3年後
総裁政府(ロベスピエールが反対派に失脚させられ実権を握られた)
↓4年後
第1コンスル (ナポレオンの帝政の前衛政権)
↓5年後
第一帝政 (ナポレオンの独裁)
↓10年後
ブルボン復古王政1 (ナポレオンの敗戦後失脚しルイ18世が王政に戻した)
↓1年後
百日天下(島流しにされたナポレオンがまた戻ってきた)
↓100日後
ブルボン復古王政2 (戻ってきたナポレオンがまた失脚)
↓15年後
七月王政 (シャルル10世?が7月革命で退位してフィリップ1世が即位した)
↓18年後
第二共和政 (2月革命でフィリップが亡命してルイ・ナポレオンが独裁)
↓4年後
第二帝政 (ルイ・ナポレオンが皇帝になってまた帝政復活!)
↓18年後
(まだ続きます。今のフランスは"第五共和政"です。)

実に10回以上のいわゆる政治変化がありました。しかも選挙によるものではありません。ほとんどが革命か戦争で、前政権の頭は基本処刑か亡命させられるか、でした。共和政になったり帝政になったりまた王政に戻ったりまた・・・とまぁすごかったわけです。と、このように上記を学んでいくのが、先述の"事件史的"なもので、飽くまで政治的なものが中心です。これに対し、じゃあこれだけのことがあったけど、一般市民の生活は何がどう変わったの?その間個々の文化はどうなったの?などとという観点から研究をしていったのが、アナール学派です。私はここに興味を覚え、せっかくこの研究の発信地であり由緒正しいところで勉強できているのだからと、これを専門に学んでいくことにしました。結果的に、これが歴史・言語・音楽の全てに興味を持たせてくれたのです。

2."比較言語学"から"音楽"へ

歴史学をメインに学んでいましたが、歴史を学ぶにはその他にもたくさんのことを学ばなければなりません。言語学、宗教学、哲学、社会学、文化人類学…自分は特に言語学、その中でも比較言語学(複数の言語を比較することにより様々なことを学ぶ学問)に興味があり、せっかく地方言語が非常に多いフランスという国にいるので、自分はそれを実際に見聞きしたいと思うようになりました。本を読めばそれなりにどういう言語があって、どういう特徴があるかは理解できますが、やはり自分自身でみてみなくては、と考え、夏休みを利用して約一ヶ月くらいかけて、フランス全土を回りました。そのときのプランはおよそこんな感じでした。

アートボード 1

図上の破線は県境ではなくそれぞれの地方言語のおおよその分布境界線です。かなりざっくりとした図ですが、これだけでも約30の言語があります。

まずはストラスブールのあるアルザス地方の田舎のボルシュで。ボルシュにはミシェルという友人がいたので手伝ってもらいつつ。それから鈍行で南下してグルノーブル。更に下ってマルセイユ。再び電車でペルピニャンへ行き、次にボルドー。そこでお世話になった方の実家がリモージュにあるというので車に乗せてもらってリモージュへ。電車でクレルモン=フェラン、バスでポワティエへ、そこから電車でブレスト。さらにカーンカレーへ行き、パリに、そして電車でストラスブールに戻る、というものでした。

滞在期間は大体町ごとに、2~3日ってとこでしょうか。フィールドワークを行った場所は主に博物館や美術館などの資料館、中心街、バー、そして民家に突撃リポート。アイテムはインスタントカメラ、地図、そして当時はICレコーダーなんてものはなかったので、テレコをぶら下げてました。内容は主に言語の特徴、"標準フランス語"との比較、意思疎通の可不可など。色々例文を用意して現地の人に音読してもらい、それをテレコに録音して比較してみたりなどなど。図上で見るとかなりの場所を回った気がしますが、全体の1/3程度しか行けませんでした。正直今でも、いつかはコンプしたいと思っています…。

そして、これらの地域を回っていく中で、当然その地域の音楽にも耳を傾けていくわけですが、そこから徐々に「地域の音楽」に対して興味がわいていった、というわけです。音楽そのものももちろんですが、その詞から見えるその地域の色々な姿が、また更に興味深かったのです。

3.伝統音楽から見える歴史

さて、このフィールドワークの中で、数多くの伝統曲を聴いてきました。その中でも、特に印象に残っている音楽を紹介したいと思います。

・サヴォア地方(グルノーブル)

こちらはグルノーブルに行った際、夜のバーで歌われていた歌で、とても気になって現地の人に教えてもらったものです。グルノーブルを始め、サヴォア県は歴史的に辺境伯貴族サヴォイア家に支配されていた地域で、政治的にデリケート地域ということもあり、その歌は戦いの歌なども多いです。特に有名な歌の中に、Gironfla(#4)という曲がありました。この歌は"田園地帯"に相当するサヴォア地方において、住民のほとんど農家であるにも関わらず、武器を取り戦場に駆り出された、ということを皮肉った歌です。一部抜粋して紹介します。

Notre bon duc de Savoye
N'est il pas gentil galant
Il a fait faire une armée
De 80 paysans


俺たちのサヴォア伯様は
とても勇ましいとは思わないか?
彼は80人の農民で
軍隊を作ろうとしたのだ
...
Chacun porte une hallebarde
Une épée de bois
à son flanc
20 canons chargés de rab
Sont derriere le régiment


一人一人ハルバードを持って
脇には木の剣を差す
余り物が充填された20本の大砲は
その連隊の後ろに配置されている
...
Nous voilà sur la frontière
Mon dieu que le monde est grand
Nous nous pourrions bien morfondre
Nous nous avançons pas tant


俺たちは国境に着いた
おお、世界はなんて広いんだ
こりゃあ退屈するぞ
行けど行けど進まないから

このように、軍人ではない人々、サヴォア以外を知らない人々が、戦に駆り出されるさまを詞にしています。歌詞そのものは標準フランス語ですが、サヴォア地方ではフランコ・プロヴァンス語という地方言語のサヴォア方言も話されており、上記紹介のLa chifonnieではこの"サヴォア訛り"で歌われています。また、興味のある方は"Luc Arbogast"というフランス人アーティストが"Complainte au Duc de Savoye"(サヴォア伯への嘆き歌)という曲名でこの曲をかっこよくアレンジしています。ぜひぜひ聴いてみてください(Apple musicにはありませんでした)。

・ブルターニュ地方(ブレスト)

#002の記事とちょっとかぶりますが、ブレストのあるブルターニュ地方は上記サヴォア県と同じく、戦いの歌や旅立ちの歌が目立ちます。また、基本的には歌は全て「ブルトン語(ブルターニュ語)」で歌われています。ブルトン語はフランス語とは全く異なる言語で、アイリッシュ・ゲール語、スコティッシュ・ゲール語などと同じ、「ケルト諸語」です。

上記CDからAn alarc'h(#31)を紹介します。An Alarc'hというのはブルトン語で「白鳥」という意味です。ですが、タイトルからは想像もつかない激しい歌詞です。

Un alarc'h, un alarc'h tra mor
War lein tour moal kastell Arvor


白鳥、異国の白鳥が
コートダモールの古城の頂上にとまっている

Dinn, dinn, daoñ, d'an emgann, d'an emgann, o !
Dinn, dinn, daoñ, d'an emgann ez an


ディンディンドン(鬨の声)、戦いへ戦いへ、オー
ディンディンドン(鬨の声)、俺は戦いへ
...
Neventi vad d'ar Vretoned
Ha mallozh ruz d'ar C'hallaoued

ブルトン人に良い知らせを!
そしてフランス人に赤き呪いを!
...
Enor, enor d'ar gwenn-ha-du!
Ha d'ar C'hallaoued mallozh ruz!


"黒と白"に栄光、栄光を!
そしてフランスには赤き呪いを!

など、かなり過激なもので、この詩はブルターニュ継承戦争の際のブルターニュ公ジャン3世~4世とフランス王国シャルル・ド・ブロワとの戦いを描いたものだと言われています。

また、途中に出てくる"Gwenn-ha-du"「黒と白」は、ブルターニュの旗にちなんだもので、ここではブルターニュそのものを指します。

画像2

↑ブルターニュの旗。このように黒と白のみで構成されています。

ちなみに、この曲のフルバージョンがTri Yann公式チャンネルにアップされていたので、貼っておきます。

とはいいながらも、当然、そんな歌ばかりではありません。もう一つブルターニュから。

上記CD#9の"Son ar chistr"(シードルの歌)はその名の通り酒を題材にした歌で、この歌はブルターニュに限らず様々な場所で歌われ、また数多くアレンジされています。

Ev chistr 'ta Laou, rak chistr zo mat, loñla
Ur blank, ur blank ar chopinad


ほら、シードルを飲めよ、シードルはうまいぞ
ぐーっと、ぐーっといけ
...
Ar chistr zo graet 'vit bout evet, loñla
Hag ar merc'hed 'vit bout karet


シードルは酔っぱらうためにあるんだ
そして女性たちは愛されるためにいるんだ
...
Karomp pep hini e hini, loñla
'Vo kuit da zen kaout jalousi

みんなそれぞれ自分の女性を愛そうぜ
そうすれば嫉妬なんてなくなる

と、「酒飲み歌」「愛」をテーマに持つ歌もあります。まぁ正直、そっちの方が多いのですが。ところで歴史という観点から見てみると、標準的なフランスのこうした酒の登場する歌は、往々にして「ワイン」が出てくるのですが、「ワイン」ではなく「シードル」というところにも、地域性が出ていてとても面白いです(シードルはブルターニュ・ノルマンディ地方の特産品)。

・アキテーヌ地方(ボルドー)

また、詞のある歌だけでなく、インスト曲にも様々な形態があります。

ボルドーより南西部を表す歴史的な地方名を「ガスコーニュ」と言いました。この地域圏には、その名称にちなんだ"Cornemuse gasconne"もしくは"Boha"という、従来ダブルリードであるバグパイプの旋律管がシングルリードで、旋律管が2本あり、自分で"ハモリ"を演奏することのできる変わったバグパイプがあります。このバグパイプが、その他のフランス・近隣のスペインなどとは異なる特徴をもつので、紹介してみました。

以下は、Yan Cozian氏ご本人のBohaの演奏動画です。


・オーヴェルニュ地方(クレルモン=フェラン)

最後にオーヴェルニュ地方の伝統曲。ここはヴァイオリン、アコーディオン、ハーディガーディ、カブレットというオーヴェルニュ特有のバグパイプなどを用いたものが多いです。曲名を見ていると、Bourrée(ブーレ)、Gaillarde(ガヤルド)、Valse(ワルツ)など、比較的クラシック音楽と繋がりのあるものが多く、上で紹介した音楽とはそのルーツが全く異なることがわかります。

まだまだたくさんありますが、これくらいにしておきます。

4.最後に

このように、音楽を通してその土地の歴史や文化を知ることができる、それが伝統音楽の面白さだと思います。じっくり聴いていくと、例えば上記のシードルの歌のように、何故ワインやビールではなくシードルなのか?の疑問から調べ、シードルはブルターニュの特産品のひとつだと知ることができる。ではなぜシードルはブルターニュの特産品なのか?それは伝統的にリンゴの栽培が広く行われているから(シードルは基本的にはリンゴがベース)だと知り、更にブルターニュやノルマンディでは酒の他、通常の料理にもリンゴを多く使う(郷土料理「鶏のノルマンディ風」は、ベシャメルソースにバターで炒めた薄く切ったリンゴを使い、最後にカルヴァドスというリンゴ酒でフランベする)ことを知ることができる…といった風に。少なくとも、私はこうして得た知識が多いです。

これほど、風習や文化などに密接した音楽があるでしょうか!と力説させて頂き、今回の記事は終わりにします。

それではまた!

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