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短編小説「水曜日のワッフル」

※良い朝食さんからのTwitterリプライ「ワッフル」よりー
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水曜日は、仕事終わりに空港のカフェに行く。
人もまばら。眠った様な飛行機と、イルミネーションの様な誘導灯。
熱々のブラックコーヒーと、クリームとチョコレートソースたっぷりのワッフルを頼むのが、俺の細やかな楽しみだ。

「こんばんは、今日もいつもの?」
「頼むよ」

ウェイトレスのリサはあまり気さくってタイプじゃない。
愛想はどちらかと言えば悪い。口元に微笑みを浮かべても、冷めた様な目つきには何処か近寄り難いものがある。
だが、そこが良い。俺もあまり人付き合いの良いタイプではないから、気さくに話しかけられるとその店には足が運びづらくなる。静かな店に静かなウェイトレス。文句なしだ。

コーヒーとワッフルを待つ間、夜の中に並ぶ飛行機を見ていた。正直飛行機はあまり詳しくない。しかしその曲線美にはうっとりする時がある。
そして若い時分に読んだ夜間飛行という小説をふと思い出した。夜の危険に身を投じた人々。

自分は学生時代から何処となく冷めていた。
遊びも学業も、少し下がった位置から腕を組んで見ていた。格好つけて、傲慢だったのだ。
そんな性分は今でも変わらず、一生懸命、情熱、そんなものにコンプレックスを抱いている。憧れていながら、鼻で笑ってしまうのだ。
今の仕事も、ただ生活の為で、熱のカケラも持ち合わせていなかった。
リサは、どうだろう?

「お待たせ、熱いわよ」
「ありがとう」

コーヒーを冷ましながら、リサを観察する。
痩せ型で、色が白く、鼻がツンと高い。少しえらが張っていて、実直さを感じる。
ブルネットの髪は、後毛なくきっちりとまとめられていて、制服のシワのなさからも、几帳面さが窺える。
少々神経質に見える程だ。笑顔はあまり見たことがないが、歯並びが良い。手は綺麗だが、指先が少し赤くなっている。

冷めないうちに、ワッフルに取り掛かる。
甘く香ばしい匂いが鼻をくすぐる。こんがりと焼きあげられた表面がサクサクと音を立て、生地に染み込んだクリームとチョコレートが口の中いっぱい広がる。

思えば昔は格好つけて、甘いものなんか食べなかった。
このカフェに来始めた頃は、確かコーヒーだけ頼んでいたんだ。しかしある晩、常連の老人が「水曜日のワッフルは美味い」と言っているのを耳にしたのだ。
そしてまぁたまには、と注文した。それが始まりだ。

水曜日のシフトはリサだった。
試しに一度だけ、火曜日に来てみたことがあったが、気さくなウェイトレスとそこそこのワッフルでウンザリとした。その夜は寝付きが悪かった。

「コーヒーのお代わりは?」
「頼むよ」
マグカップが、芳しい湯気を立たせながら満たされる。

「私、今日で最後なの」
「…」
「別に特別会話もしたことないけど、水曜日は毎週来てくれてたから、一応の報告と思っただけ。気にしないで」
「何処へ行くんだい?」
「決めてないけど、ついに一人なったから、旅行でも行こうかと思って。あてのない旅」
顔や表情、佇まいの印象が先行して、リサがこれ程穏やかで柔らかい声をしている事に、今まで気が付かなかった。
「何か、見つかると良いな」
「そうね、ありがとう」

この後飲みに行かないか、と誘うか迷ったがやめた。

「美味いワッフルが食べられなくなるのは残念だ」
「父はワッフルを焼くのが上手だったの」

リサの瞳が光った様に感じた。これ以上はいけない。

「じゃあ、お疲れ様。良い旅を」
「あなたも元気でね」

自由の旅路への滑走路を滑り出したリサ。

俺はカフェに行かなくなった。

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