クリッパーズとポール・ジョージの契約交渉から見えてくるクリッパーズの狙いについて
5年前の衝撃的なトレードでクリッパーズに移籍したポール・ジョージが、カワイ・レナードとクリッパーズに別れを告げ、フィラデルフィア・セヴンティーシクサーズに加入する事になりました。クリッパーズは優勝を狙うためにジョージをキープすると見られていただけにかなりショッキングなニュースでした。
クリッパーズのオーナーのスティーヴ・バルマーは球団の新しい本拠地になるインテュイット・ドーム建設にかかる$2Bをプライベートでファイナンスした程の大富豪で、お金の心配はありません。しかも、指名権は2030年まで1巡目も2巡目もないので、タンクからの再建もできないため勝ち続けるしかない状況です。そのような状況にいるにも関わらず、なぜクリッパーズはまだマックス級のジョージを手放す事にしたのでしょうか?
今回はそのジョージとクリッパーズの契約交渉やフリーエージェンシーを振り返りながら、クリッパーズの不可解な動きについて考察していきたいと思います。
ポール・ジョージとの契約延長交渉
ジョージとクリッパーズの契約延長交渉は2023年の10月からはじまりました。ジョージ本人によると、クリッパーズの最初のオファーは2年$60Mだったそうです。このオファーはオプトイン&契約延長だと言われていて、2026-27シーズンまでの3年トータル$109.2Mの契約になります。
総資産で7月に元ボスのビル・ゲイツを抜いたスティーヴ・バルマーにしてはものすごくシャビーなオファーです。ちなみに2025-26シーズンで$30Mの選手は47位のタイラー・ヒーローよりも下になります。クリッパーズがどのような評価基準でジョージに年間平均$30Mの契約をオファーしたのかわかりませんが、ジョージは昨年はEPMでリーグ8位で、まだNBAのベスト3&Dのひとりでプレーメイクもでき、他チームからはマックスを得られる選手です。そのジョージに年間$30Mは安すぎる金額です。
ジョージはそれについてポッドキャストで「私はそれはちょっとリスペクトがないと思った…2年?60M?それはクレイジーだ!私はそれにはサインしない」と明かしていました。
クリッパーズは交渉でジョージに「あなたとカワイにはここに長期的にいて欲しい」というような事を言っていたそうですが、この金額を知ってしまうと、どこまでそれが本気だったのかはわかりません。確かなのはクリッパーズはジョージにできるだけ払いたくないと考えていた事です。クリッパーズはフランチャイズ・プレーヤーであるジョージやカワイの気持ちよりも、厳しい交渉をしていくを優先させたのでしょう。クリッパーズからすれば、ジョージとの交渉は2024年の6/29日まで続ける事ができるので、この時点で焦る必要もありません。
そしてクリッパーズは11月1日にシクサーズからフリーエージェントになるジェームズ・ハーデンをトレードで獲得します。クリッパーズはそのトレードでシクサーズに2028年の1巡目指名権(プロテクションなし)、2029年の1巡目指名権スワップ(トップ3プロテクション)、2巡目指名権をふたつ送っています。勝ちに行く動きです。
それからシーズンが開幕してからもジョージとの交渉は続き、クリッパーズは少しずつオファーをあげて行ったそうです。ジョージによると、クリッパーズのオファーが年間$40M代まで行くのに数ヶ月かかったそうです。それからクリッパーズは年間$44~45Mまでオファーをあげました。しかし、マックスなら$49.2Mはもらえるはずのジョージはその数字では満足しませんでした。
ここで一度ジョージの選択肢を振り返りましょう。その選択肢ごとのサラリーをまとめると次のようになります。
クリッパーズに残る(オプトイン+来年2年マックス契約)=3年$161.3M
クリッパーズに残る(再契約4年マックス契約)=4年$221.7M
他チームで契約延長をする(オプトイン+3年マックス契約延長)=4年$224.5M
他チームとフリーエージェント契約(4年マックス契約)=4年$211.5M
そして、クリッパーズは2024年の1月10日にエースのカワイ・レナードと3年$149.5M($49.2M/$50M/$50.3M)の契約延長を交わします。マックスの$159.7M (*契約延長時のサラリーキャップが予想から下がったため、当時のレポートよりも低くなっています)よりも低い数字での契約でした。しかも契約期間も4年ではなく3年と短くなっています。
このレナードの契約は重要です。全てはこのレナードの契約が基準となるからです。カワイの契約を見ても、クリッパーズはマックスをあげることを避けているように見えます。
事前にそのカワイへのオファーを知ったジョージは、クリッパーズにカワイと同じ契約をくれと頼みました。「あなたたちは私たちを同じだと見ている。私たちはここに一緒にやって来て、私たちはこれを一緒に終わらせたい。私はカワイが得たものを受け取る。私はそれで良かった。それでも私たちは割り引いているんだ。カワイは割り引いた。カワイがそうしているので、私は彼よりも多くもらおうと思っていなかった。私は彼が得たものを受け取るつもりだった。でも彼らはそうしたくはなかった…」ここでもクリッパーズはジョージからのオファーを拒否しました。
ジョージ本人も自分はレナードの1Aに次いで1Bだと考えていたらしく、以前に次のように発言していました。
ジョージ:「カワイがNo.1で私はそれで全く問題ない。これを公にしておく。私はNo.2だ。カワイがNo.1だ。私たちはそれを事前にハッキリとさせていた。それについてはエゴが入る余地はない」
ジョージは、いかにケガをしがちで試合には満足に出れていないとはいえ、チームのNo.1プレーヤーであるレナードよりも大きな契約をもらう訳にはいかないと考えていたのかもしれません。
そして、交渉がまとまらないままオールスター休暇に入ります。ジョージは交渉がうまくいかないネガティブな雰囲気を嫌い、シーズンが終わるまでは一旦交渉をやめようと提案しました。
そしてシーズンが終わって交渉が再開します。
The Ringerのケヴィン・オコナーとフィラデルフィア・インクワイアーのキース・ポンペイによると、クリッパーズはジョージへのオファーをカワイレベルまであげなかったそうです。もちろんジョージは首を縦には降りませんでした。
最終的にクリッパーズが折れて、ジョージが希望していたレナードと同じの3年$149.5Mまであげました。ジョージも粘った甲斐がありました。
しかし、本当の交渉はここから始まります。
ここまでビジネス優先で来たクリッパーズに対し、ジョージもビジネス優先で交渉を始めます。ジョージは他チームからもらえるであろうマックスよりも少ない金額でサインするのだから、3年$149.5Mの契約にノートレード条項を付けるように要求しました。
契約延長をする場合は、その契約にノートレード条項を盛り込めないので、ジョージはおそらくフリーエージェントになってクリッパーズと再契約するつもりがあったと思われます。ちなみに、クリッパーズとの3年マックス契約は$159.7Mになるので、そこでも$10Mほど割り引いています。
クリッパーズは2017年にブレイク・グリフィンを引き止めるために、彼は生涯クリッパーズだと約束してマックス契約しましたが、その6ヶ月後に彼をピストンズにトレードした事があります。ジョージとしては、まだ自分にマックスの需要がある中で$10M近く(マックス3年再契約)、または$62.5M(他のチームとの契約)を捨ててクリッパーズに残ると言っているので、ノートレード条項は当然の要求だと思ったのでしょう。クリッパーズも$60M以上の割引であれば、ジョージという選手をキープするためにノートレード条項をつけても良さそうなものですが、クリッパーズは拒否しました。
ジョージの次のカウンターオファーは4年$212Mの契約でした。トレードしたければトレードに出しても構わないので、その代わりに他チームから得られるであろうマックスを要求したのです。その数字もクリッパーズとのマックスの$221.7Mには及びませんが、市場でもらえる金額を提示しています。ここでもクリッパーズはジョージから自主的に$9.7Mを譲歩してもらいましたが、それも拒否しました。
ポール・ジョージのオプトイン&トレード
契約延長をしないとなると、ジョージも自分の選択肢を模索せざるをえません。その時点でジョージに残された選択肢は、(A)フリーエージェントになってクリッパーズと再契約するか、(B)オプトインしてからトレードでジョージが希望する契約延長をしてくれるチームに行くか、(C)フリーエージェントとしてキャップルームがあるチームに行くかでした。
その選択肢ごとのサラリーをまとめると次のようになります。
(A-1) クリッパーズに残る(再契約3年マックス契約)=3年$159.7M
(A-2) クリッパーズに残る(再契約4年マックス契約)=4年$221.7M
(B) 他チームで契約延長をする(オプトイン+3年マックス契約延長)=4年$224.5M
(C) 他チームとフリーエージェント契約(4年マックス契約)=4年$211.5M
もちろんジョージはこの中でいちばん大きな契約を得られる(B)のオプトイン&トレードを模索します。レポートによると、ウォリアーズとナゲッツがジョージのオプトイン&トレードに興味を持っていたようです。
ナゲッツはクリッパーズからマイケル・ポーター Jr.やジーク・ナジ、それに「かなり多くのドラフト資産」を要求されたようで、交渉はさほど進まなかったようです。
逆にステフ・カリーの負担を減らせるショット・クリエイターを探していたウォリアーズとの交渉は、ジョージのオプトインのデッドラインぎりぎりまで続き、あと少しでまとまるところまで進んでいたようです。ウォリアーズのオーナーのジョー・レイコブはタックスを回避しなければならないと言っていましたが、もしジョージが来てくれるなら、新CBAの元で来年から急激に税率があがるリピータータックスを払うつもりだったようです。
The Athleticのティム・カワカミによると、クリッパーズとウォリアーズはオーナーレベルとフロントオフィスレベルでも交渉していたそうで、その内容は次のようなものだったそうです。
トレードはクリス・ポール、ジョナサン・クミンガまたはアンドリュー・ウィギンス、モーゼス・ムーディーの組み合わせでサラリーマッチ。
指名権は1巡目指名権がひとつ
ジョージ本人もマックス契約を払ってくれるウォリアーズ行きは乗り気だったようで、「それは非常に魅力的で、西海岸で、家の近くにいられるという意味でもウィンウィンの状況だった….でも、それはもう少しだった。実現していたら素晴らしかっただろう」と話していました。
ここでの最大の問題はサラリーマッチです。例えジョージがウォリアーズに行きたいと言っていたとしても、サラリーマッチができなければトレードができません。
クリッパーズはこの時点でセカンドエプロンを超えていたため、ジョージよりも多くのサラリーを受け取れませんでした。また、ウォリアーズも同様にセカンドエプロンを超えていたため、トレードで出したサラリーの合計よりも大きなサラリーは受け取れず、しかも選手をパッケージにしてトレードに出せませない状態でした。それを避けるために、ウォリアーズはクレイ・トンプソンの権利を一旦放棄する必要がありましたが、まだクレイとも再契約の交渉中でそれもできません。また、ジョージを受け取ればファースエプロンのハードキャップの制限がかかってしまうため、ウォリアーズはサラリーマッチを厳密に調整し、且つファーストエプロンを超えないようにしなければいけませんでした。かなりハードルが高い試みでした。
しかし、ウォリアーズはポールの$30Mの一部を調整して保証する事でそれを解決したようです。詳しくは「クレイ・トンプソンのフリーエージェンシー」で解説しようと思いますが、簡単に言うと、「ジョージのサラリー=(ウィギンス+ムーディー)+ポールの部分的保証」のような計算になります。もちろんカッコ内はどの選手でも構いません。
後はクリッパーズがウォリアーズからどれだけ高いリターンを得られるかです。クリッパーズにとってもウォリアーズとのオプトイン&トレードは美味しい話で、ジョージにフリーで移籍されるよりも、若手や指名権をもらっておいた方が後々スター選手とのトレードで使えるかもしれません。反対に、ウォリアーズとしては、ジョージ獲得のために若手含む戦力全て出してしまっては、せっかくジョージが来ても残りはミニマム選手でロスターを埋めなければいけず、全体の戦力が落ちてしまうのは避けたいところです。そのため、ウォリアーズはクミンガをパッケージに入れたがっていなかったとも言われていました。
最終的に、クリッパーズはウォリアーズとのオプトイン&トレードを拒否しました。
ドレイモンド・グリーンもポッドキャストで「ポール・ジョージはウォリアーズに来るはずだった。クリッパーズは協力したがっていなかった。彼が行きたいところに行けるように助けようとはしていなかった。その代わり、彼らは何も得られなかった」と話していて、クリッパーズは必要のない選手ならリターンがなくても構わないというスタンスだった事を示唆していました。
ジョージもトレード成立については、「それはとても近いところまで行った。私がその状況を聞いたところでは、それはほぼまとまりかけていた…しかし最終的にはトレードは成立しなかった。ウォリアーズがオファーしようとした特定のトレードをクリッパーズが望まなかったんだと思う」と話していました。
これでジョージの$224.5Mの契約はなくなりました。
ポール・ジョージのフリーエージェンシー
そして、ついにジョージがオプトアウトして、このオフシーズンで最高のフリーエージェントになりました。
これでジョージが契約できるのはクリッパーズかキャップスペースがあるチームになり、彼の選択肢は次のふたつに絞り込まれました。
クリッパーズに残る(カワイと同額)=3年$149.5M
他チームとフリーエージェント契約(4年マックス契約)=4年$211.5M
The Athleticのシャムズによると、ジョージはフリーエージェンシーがはじまった6/30にさっそくクリッパーズ、マジック、シクサーズとミーティングをする予定を立たそうです。
まずクリッパーズとの再契約交渉です。しかし、その最後の場でも両者の溝は埋まらなかったようです。クリッパーズは異例にもジョージとシクサーズとのミーティングの結果を待たずに、ジョージはチームに戻ってこないと声明を発表しました。
その内容は次のようになります。
「ポールが私たちに次の契約は他のチームと交わすと伝えてきた。ポールには素晴らしい才能があり、彼はエリートなツーウェイ・プレーヤーだ。私たちは彼と過ごした5年間を幸運な事だったと感じている。その間、彼はオールスター・ゲームに3回行き、球団史上最多のスリーを決め、チームがこれまで到達できなかったところまで行くのを手伝ってくれた。クリッパーズ関係者全員が、彼の2021年のジャズとのゲーム5とゲーム6のパフォーマンスを忘れることはない。
私たちはポールとカワイを組ませるために多くのものをトレードに出し、代わりに優勝を争う5シーズンを過ごした。私たちは究極の目標までたどり着けなかったが、ポールと共に得られた可能性に感謝している。
このオフシーズンを迎えるに当たり、私たちのロスターには33歳以上の素晴らしい3人の選手がいて、その内のふたりはフリーエージェントになるかもしれなかった。私たちは新しいCBAの制約の元でもチームづくりができるような契約で彼らをキープする事を望んでいた。私たちはポールと彼のエージェントとともにお互い理にかなった契約にするために数ヶ月間交渉をしてきたが、私たちの距離は縮まらなかった。そのギャップは大きかった。私たちはポールが次の契約を他に探すという決定に理解し、リスペクトする。私たちはオプトイン&トレードの可能性も模索したが、そうしたとしても新CBAの元では同じようなポジションのままでいただろう。(オプトイン&トレードには)その制限を正当化するほどの価値はなかった。
私たちはポールがいなくて寂しく思うと同時に、私たちは新CBAの元で、より大きな自由度を持つ機会を得たことを嬉しく思う。カワイはオールNBA選手で、私たちはT・ルーがリーグのベストコーチだと信じている。私たちは今シーズンとても競争力があるチームをつくり、この先、球団の優位性を使ってインテュイット・ドームにトップタレントを連れて来る」
この声明で触れられていたジョージとクリッパーズの距離は、実施て的には$62.6Mかノートレード条項だったようです。クリッパーズにとって、それらは戦力が落ちようとも受け入れられないものだったのでしょう。
また、The Athleticのロウ・マーフィーは、「ジョージは、クリッパーズは家族が試合に行くためだけの理由でのロスを離れないだろうと考えていた事に、気持ちが離れて行った」とレポートしていました。ジョージにとっての溝は契約以外にも、クリッパーズのジョージに対するスリペクトがない姿勢だったのかもしれません。
ジョージはクリッパーズとは再契約しないと決めた時の事を次のように述べていました。
「私は彼らから『彼は私たちの未来だ』と言ってもらえるくらいのレベルでプレーしたと思った。私はそれを努力して手に入れたと思った。確かに、私たちは私がいる時に勝てなかった。でもそれは運がかなり大きい。私たちはユニットとして健康でいられなかったが、私はそれを手に入れられるに十分なプレーをしたと思った。彼らは(私と)再契約したくなかった。私たちは手詰まりだった。そして最終的に、わかった、もう手遅れだ…私はスティーヴ(バルマー)を好きだし、ローレンス(フランク)も好きだが、あの時点でそのようなエネルギーで戻る事は正しくないと感じた…私は私がプレーした中でもベストオーナーのひとりで、オーナーとしてスティーヴを愛しているが、それはビジネスだ」
最終的にジョージに残された選択肢はこれだけになりました。
他チームとフリーエージェント契約(4年マックス契約)=4年$211.5M
シクサーズとの交渉
ジョージとシクサーズの交渉はこれまでと打って変わって順調に行ったようです。オーナーのジョッシュ・ハリスとDr.J(ジュリアス・アーヴィン)の飛行機が遅れた以外は。
ESPNのラモナ・シェルバーンによると、ジョージとシクサーズのミーティングはウェストLAにあるジョージの自宅で行われたそうです。ハリスとDr.Jの飛行機が悪天候で遅れたため、ミーティングが20:30から22:30に変更になりました。そのミーティングには、ジョージとジョージのエージェントであるアーロン・ミンツ、シクサーズからはバスケットボール・オペレーションのプレジデントであるダリル・モリー、バスケットボール・オペレーションのVPでペイサーズ時代からジョージを知っているピーター・ディンウィディー、GMのエルトン・ブランド、ハリスとDr.J、それにヘッドコーチのニック・ナースが参加したとの事。
クリッパーズはすでにシクサーズとのミーティングよりも先にジョージはチームに戻って来ないという声明を出していました。という事は、ジョージはすでにシクサーズから4年目を引き出していたという事になります。シクサーズには、「クリッパーズとは4年目入れるか交渉しているけど、あなたたちが今4年目(またはマックス)を確約すれば契約する」と伝えていたか、またはシクサーズからジョージたちに4年マックスを約束するので来てくれと伝えていたのだと思います。
いずれにしても、このミーティングの「答え」は、ジョージがアレン・アイヴァーソンのTシャツを着てシクサーズの面々を迎えた時に出ていたのかもしれません(ザ・アンサー)。
最終的にジョージはシクサーズと4年のマックス$211.5Mの契約を結びました。最近年を取った選手によくあるような4年目は$10Mだけの保証などもなくフルで保証されています。内容は次のようになります。
2024-25:$49.2M
2025-26:$51.6M
2026-27:$54.1M
2027-28:$56.5M
しかも、シクサーズからは4年目のプレーヤー・オプションと15%のトレードキッカーをもらって至れつくせりの内容です。ジョージ曰く、最終的にロスとフィラデルフィアの生活費の違いも検討材料に入ったそうです。ネットで調べてみると、ロスはフィラデルフィアに比べて43%も物価が高くなっていました。州所得税もペンシルバニアは3%でカリフォリニアは13.3%と10%もの差があります。ジョージにはエンドースメント収入もあるでしょうから、最低でも$5M以上の節約になります。ジョージにとっては、これが大きな契約を得る最後のチャンスなので、現実的に考えるのも仕方ありません。
The Ringerのオコナーによれば、シクサーズの夏のプランAはジョージ獲得だったそうです。シクサーズにとっての最優先事項は、37歳のジョージのプレーヤー・オプションを与えるかどうかよりも、エンビードがMVP級の活躍ができる間のこの数年で優勝するためのチームづくりだった事は明らかでした。
シクサーズはこの後、タイリース・マキシィと$204Mのルーキー契約延長をし、フィリーにNBA史上初となる$200Mトリオが誕生しました。
それからシクサーズは、ケイレブ・マーティン、ケリー・ウーブレ、アンドレ・ドラモンド、エリック・ゴードンと契約をし、現在(7/12時点)10人で$172M。タックスを超えました。残りをミニマムで契約してもファーストエプロンは超えそうです。しかし、これでシクサーズはエンビードの負担を軽減しつつ、イーストのトップ争いや優勝争いに加わる事ができるようになりました。すばらしいオフシーズンだったと思います。
また、このジョージの契約は皮肉にも彼のチームメイトだったジェームズ・ハーデンがモリーを「ウソつき」だと呼んでトレード要求をしていなければ実現できまでんでした。しかも当時のハーデンとシクサーズの関係は、今年のジョージとクリッパーズの関係に似ていて、Yahooのジェイク・フィッシャーは『ハーデンが優勝候補になるようなチームにするように貢献したにも関わらず、シクサーズはそれに見合うような複数年を彼にオファーするつもりがある事を示唆しなかった』とレポートしていて、ハーデンサイドはシクサーズからあまり感謝されていないように感じていたようでした。そして今、シクサーズはハーデンには与えなかった4年マックスでジョージを歓迎しました。なにか宿命めいたものを感じます。
これでジョージは故郷のロスを離れる事になりますが、その代わりに$62.5Mも多く稼ぐ事ができました。1ドル160円で換算するとおよそ100億円になります。家族の未来を考えれば、悩むこともなかったのではないでしょうか。これは粘り強く交渉したジョージとエージェントの勝利と言っても良いでしょう。
なぜクリッパーズはジョージと契約しなかったのか
この一連のジョージとクリッパーズの契約交渉を見ていて思うのは、なぜクリッパーズは他チームよりも有利な条件を提示できるにも関わらず、ジョージと契約しなかったのかという事です。クリッパーズはジョージに対する声明の中で、3回もセカンドエプロン回避について言及していました。確かにセカンドエプロンを超えると、次のようなことができなくなるため、かなりチームづくりが制限されてしまいます。
フリーエージェントとはミニマム契約でしか契約できなくなる
トレードで複数の選手を一緒にして出せなくなる
トレードで受け取るサラリーは出すサラリーと同額か低いサラリーでなくてはいけない
トレードでキャッシュを送れない
トレードでつくったTPEが使えない
サイン&トレードでつくったTPEが使えない
サイン&トレードで選手を出す場合、セカンドエプロンがハードキャップになる
サイン&トレードで選手を獲得できない
サラリーが$12.9M以上の選手がウェイブされても契約できない
7年後の1巡目指名権が凍結される
確かにチームづくりに支障が出そうですが、クリッパーズがなぜジョージと契約しなかったのかの説明にはなっていません。なぜなら、クリッパーズが最終的にジョージにオファーしていた$49.29Mを払うと、彼らが何度も超えたくないと言っていたセカンドエプロンを超えてしまうからです。
具体的に見て行くと…
レナード($49.2M)、ジョージ($49.2M)、それにノーマン・パウェル、PJ・タッカー、イヴィツァ・ズバッツ、テレンス・マン、ラッセル・ウェストブルック、アミーア・コフィー、ボーンズ・ハイランド、キャム・クリスティーの11人でキャップは$165.63Mになります。あとの2人をミニマムで契約したとしても13人で$169.79Mとタックスすれすれです。この状態でフリーエージェントのハーデンと$19M以上で契約したら、$188.93Mのセカンドエプロンを優に超えてしまいます。ハーデンが$18Mの契約に納得するかは疑問です。それこそジョージが言ったように「リスペクトが感じられない」ことになりかねません。
ただ、ジョージとレナードに同じサラリーを払ってもセカンドエプロンをかわす事ができます。まだ手元に残っている2030年と2031年の2巡目指名権をつけてタッカーとウェストブルックの$15Mをサラリーダンプしてハーデンの$30Mを捻出するのです。
しかし、それが確実にできるという保証はありません。むしろそれを拒否される可能性の方が高いです。なぜなら、この夏にナゲッツがレジー・ジャクソンの$5.25Mをサラリーダンプした時につけていた2巡目指名権がふたつだったからです。そのため、クリッパーズの$15Mのサラリーダンプの見返りになる指名権の相場は最低でも2巡目指名権3つ以上だと思われます。そうなると、クリッパーズは2030年か2031年の1巡目指名権を出すしかありません。例え、ロッタリー指名のプロテクションをかけたとしても、指名権がないクリッパーズにとっては、サラリーダンプのために1巡目指名権を犠牲にするのは厳しいはずです。
また、そのサラリーダンプ交渉に時間がかかれば、最終的にハーデンにいくら払えるか決められないため、椅子取りゲームと言われているフリーエージェンシーでハーデンが他チームに逃げてしまうリスクも出てきます。ハーデンにとっても、クリッパーズを待つ間に何もせずにじっとサラリーキャップが減って行くのを見守っているのもリスキーです。
では仮にサラリーダンプがうまくいって、クリッパーズがなんとかセカンドエプロン以下でジョージとハーデンを含むロスターを組むことに成功したとします。そうすると、今度はなぜ彼らがジョージの求める4年目を拒否ったのかがわかりません。
セカンドエプロンを回避するつもりでジョージにレナードの契約と同じ金額をオファーしたのであれば、ジョージの4年目は問題にならないはずです。
ジョージ本人も最終的にトレードしたければすればいいと伝えていたので、3年目が終わった後にエプロンにひっかかたり、プレーに衰えが見えてきた場合は彼をトレードに出せばいいだけです。その時にはハーデンの契約も終わっているので、エプロンのハードキャップ制限もなくジョージを動かすことができるでしょう。
こうして見ると、ジョージと契約しなかった本当の理由は「セカンドエプロン」のためではなく、他にありそうです。
ここでのポイントは、クリッパーズの指名権は2030年と2031年の1巡目と2巡目がそれぞれひとつづつしか残っていないという事です。そのため、クリッパーズは、ネッツがロケッツから指名権を取り戻したような力技を繰り出さない限り、2030年までタンクもできません。クリッパーズが再建をはじめるとしたら最速で2030年です。それまではフリーエージェンシーやトレードで戦力維持していくしかありません。
トレードに関しては、指名権がないのでスター選手のトレードは難しいでしょう。ジョージよりも市場価値が低いミケル・ブリッジスのトレードに1巡目指名権が5つも必要な時代です。
また、30歳代のレナードとハーデンのトレードバリューも年々下がってきます。ウォリアーズは34歳のクレイ・トンプソンのリターンで得たのは2巡目指名権がふたつとトレード・エクセプションだけでした。そのトレード・エクセプションで彼らが得られたのはカイル・アンダーソンとバディー・ヒールドのローテーション・プレーヤーです(まだこれから彼らがラウリ・マーカネンに変わる可能性もありますが)。ブルズも同じく34歳のデマー・デローザンのサイン&トレードのリターンは2巡目指名権がふたつにクリス・デュアーテです。36歳のハーデンのリターンはそれほど多くはないでしょう。
そこで残る可能性はフリーエージェンシーになります。ジョージの4年目を断ったというところからも、彼らは2027年の夏に何かを計画しているという事が伺えます。彼らはこの夏にシクサーズがジョージをフリーエージェンシーで獲得したように、2027年の夏にスター選手獲得のためのマックス級のキャップスペースを空けようとしているかもしれません。
その時はちょうどレナードの契約もなくなっていて、今後、マンやズバッツの契約延長があるかもしれませんが、現時点でのキャップスペースに残っているのは、RFAのコービー・ブラウンのキャップホールドとキャム・クリスティーのチーム・オプションのみです。
2027年にはすごいフリーエージェントが市場に出てくるのでしょうか?ちょっと調べてみました。
2027年のトップクラスのフリーエージェント候補:
ニコラ・ヨキッチ(PO)
ルカ・ドンチッチ
シェイ・ギルジャス=アレクサンダー
ヴィクター・ウェンバンヤマ(RFA)
ヤニス・アデトクンボ(PO)
ジョエル・エンビード
ポール・ジョージ(PO)
ドノヴァン・ミッチェル(PO)
カール・アンソニー・タウンズ(PO)
トレ・ヤング
アンソニー・デイヴィス(PO)
ブラッドリー・ビール
ザック・ラヴィーン
タイラー・ヒーロー
デジョンテ・マレー(PO)
カイル・クズマ
ブランドン・ミラー(RFA)
なんと、2027年には今年のMVPファイナリストの3人(ヨキッチ、SGA、ルカ)がフリーエージェントになれます。
ヨキッチは2027年にはプライム後半になるので狙わないでしょうが、SGAとドンチッチはプライム真っ只でリーグの顔になっていると思います。このままキャップをうまく調整していけば、このふたりにマックスをオファーできそうです。
もちろん、最近ではFA前に契約延長をしてしまうのが主流なので、SGAやドンチッチに限らずに、このリストの中からFAになるのは少数だと思います。特にルーキーマックス契約延長が可能になるウェンバンヤマがスパーズに残るのは間違いありません。また、今現在で30歳以上の選手が2027年にキャップスペースを空けてまで獲得するような価値が残っているのかも不明なので、ヨキッチ、エンビード、ジョージ、KAT、ADは選択肢から外れてくるでしょう。
もしクリッパーズがジョージに4年目の$56M以上を払ってトレードしようとしても、指名権がないためそのような大きな契約をダンプするのは難しくなるでしょう。もしジョージの$56Mが残ると、ふたり分のマックスである$130Mを捻出するハードルが高くなってしまいます。
それ以外に考えられるのは、2030年から再建をはじめるために、2027年からキャップスペースをあけて指名権と引き換えに高すぎる契約を引き受けられるように今から仕込みをしていると考えることもできます。そうなれば、2027年から再建に舵を切るチームに残っている高い契約の選手も吸収できます。
ただ、そうなるとハーデンのトレードの一環で2027年の1巡目指名権スワップと2028年の1巡目指名権を出してしまったのかの説明できなくなります。ハーデンを獲得した時にはすでにセカンドエプロンの恐ろしさはわかっていたはずで、ジョージのフライトリスクを含め、再建やチーム強化の選択肢は出していたと思います。ジョージやレナードに2027年までの契約しかオファーしない予定だったのであれば、2030年まで待たずとも2027年のドラフトから再建に入れます。
やはりハーデン獲得は優勝を狙った動きだったのでしょう。バルマーもハーデンのトレードについては、「それはすべて最高レベルで競うことに尽きる。私たちは動いた。ジェームズをラッセル、カワイ、ポールと一緒にプレーさることで、私たちは本当に最強の競争力を発揮できるようになる」と優勝を狙っている発言をしていました。しかし、結果はプレーオフのファーストラウンド敗退でした。レナードがケガをしてしまいましたが、このチームで激戦のウェストでやっていく限界を感じたのかもしれません。そのため、優勝を狙っていくプランからピボットして、レナードの契約が切れる2027年のフリーエージェンシーに狙いを定めた…?そして、プランBとして2030年からの再建を加速させるために2027年からキャップスペースを空けようとしている?
クリッパーズが頑なにジョージに4年目を与えなかった理由はこれではないでしょうか?むしろ、そうとしか考えられません。ちょっと長い道のりですが、今はできるだけ競争力を維持しつつ、再建も同時に進めているのだと思います。
このようにジョージとクリッパーズの交渉は謎が謎を呼ぶミステリー小説のようなでしたが、いつの日か真相が明かされる時が来るのでしょうか。クリッパーズの新たな船出に明確なビジョンと方向性があることを願います。