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ジェームズ・ハーデンとシクサーズを巡る情報整理

アディダスの中国ツアーの一環で中国を訪れていたジェームズ・ハーデンが、8/14にシクサーズのプレジデントのダリル・モリーを「嘘つき」と呼んで大きな話題になりました。最近になってこの騒動もようやく落ち着いてきたので、ハーデンやシクサーズが再び動き出す前に、一度情報を整理してみたいと思います(罰金については省きます)。

ハーデンはそのアディダスのイベントで、ファンを前にして「ダリル・モリーは嘘つきで、私は決して彼がいる球団の一部にはならない。もう一度言う:ダリル・モリーは嘘つきで、私は決して彼がいる球団の一部にはならない。」と言いました。

これを見た数人のレポーターたちは、これがAIで生成された映像なのかと疑ったそうです。選手が名指しでプレジデントを批判する事はまずないので、そう思ってしまうのも無理もありません。かく言う私も、自分が聞いた事が本当か確認するため何回か聞き直しました(笑)。

その後、ハーデンは中国からヒューストンに帰国し、地元のTV局とのインタビューでシクサーズとの関係は修復不能なのか聞かれ、「そう思う」と答えていました。また、ハーデンはこの時に、「私はこの夏ずっとがまんしてきた。私は自分でコントロールできる事と今シーズンの準備に集中する」と話しています。

ロケッツ時代からのハーデンとモリーの関係を考えると、ふたりがこうなってしまうのはちょっと残念ですが、それよりも気になるは、「ハーデンは一体どんなウソをつかれたのか」です。

ハーデンは何のウソをつかれたのか

シャムズ:「ジェームス・ハーデンはダリル・モリーが彼を裏切ったと信じている…ハーデンは、モリーが新契約で彼をテイクケアするか、新トレードで彼を他チームへ行かせるか、口頭でクリッパーズに行かせると嘘をついたと信じている…シクサーズは明らかにクリッパーズとのトレードを見つけられなかったと思っているのは明らかだ」

シャムズの言うように、ハーデンがモリーから裏切られたと思った理由には次のふたつが考えられます。

(A) 再契約の契約内容:この夏にFAでシクサーズと大きな再契約を約束されていた。

(B) クリッパーズへのトレードの可能性:クリッパーズへのトレードを約束されたため、FAにならずにオプトインまでしたのに、結局トレードできないと言われた。

(A)に関しては、B/Sのエリック・ピンカスが「モリーがそれを約束したかどうかはわからないが、複数のソースが示唆したところによると、ハーデンは自身がこの夏にオプトアウトしてマックス契約でシクサーズと再契約するつもりだという印象を持っていたそうだ」とレポートしています。

去年の夏にハーデンはシクサーズがPJ・タッカーやダヌエル・ハウスと契約する金を残すために$14.4Mを手放していた事もあったので、これはハーデンが怒る理由としては理にかなっています。

ただそうなると、The Ringerのビル・シモンズが最初に言っていたように、なぜハーデンが昨シーズンのトレード・デッドライン前の12月に、ロケッツが彼に興味を持っているという情報をリークして、シクサーズとの再契約交渉のレバレッジを得ようとしていたのか説明がつきません。もしハーデンがモリーからマックス(または両者が合意した金額)を約束されていれば、そんな事をしなくても良いはずです。

また、ESPNがWojとラモナ・シェルバーンが、ハーデンは未来の契約をシクサーズと裏で合意したとは主張していないとレポートしています。

そうなると、(B)の線が濃厚になります。

まず、Wojとラモナ・シェルバーンによると、ハーデンのこの「ウソつき」発言は、モリーがその週末にハーデンのトレードを打ち切って、ハーデンがトレーニングキャンプに来ると期待しているというレポートに対する反応だとレポートしています。

ここから、ハーデンが怒っていた理由は、モリーがクリッパーズにトレードする事を約束していた&キャンプまで時間が1ヶ月もあるのに関わらずトレード交渉を打ち切った事だったというのが読み取れます。

そしてその後、シャムズが、「ジェームズ・ハーデンがNBA調査員にBOプレジデントのダリル・モリーの事を『ウソつき』と言ったのは、モリーがハーデンの$35.6Mオプトイン後に『素速く』トレードすると伝えたからだ」とレポートしました。

おそらくハーデンは約束を守れなかったモリーに対して怒っていたのでしょう。しかし、それだけではなぜハーデンがシクサーズにトレード要求したのかの謎は残ったままです。

考えられるシナリオは:

  • そもそもハーデンとシクサーズはマックス契約の約束はしていないが、モリーはある程度の金額は匂わせていた。ちなみにこの時のハーデンのマックスは4年で$213Mの契約。

  • 前提として、ハーデンがこの夏にFAになって出て行ってしまうと、キャップスペースがないシクサーズは彼の代わりを見つけられない。そうなるとシクサーズはハーデンに金を払わなければいけなくなる。

  • しかし、シクサーズはハーデンに匂わせていた金額を出さないばかりか、FAがはじまってNBA全体のキャップが干上がってしまい、ハーデンの交渉レバレッジが激減するまで何のオファーや提案も出さなかった。オファーがあったとしても、契約年数が4年ではなくたったの2年だった。HoopsHypeのマイケル・スコットによると、シクサーズのオファーは2年のマックス契約だけだったそうです(しかも最後の年はチーム・オプション)。

  • これに怒ったハーデンはシクサーズから裏切られたと感じた。そのため彼は他チームに行きたがった。

  • ポイントガードがいない&しかも金を払えそうな優勝候補はクリッパーズしかないが、彼らにはキャップスペースがない。クリッパーズに行くためには、オプトインしてトレードされるしかない。ハーデンはモリーにクリッパーズに行きたいと頼んで了承を得て、オプトインをした。この時オプトインしてなければ、ハーデンは自分の代わりを見つけられないシクサーズから今のサラリーのよりも高い金額再契約を受け取れる可能性もあった。モリーはハーデンに「すぐ」トレードすると約束をした。

  • (ここでオーナーがモリーに、ハーデンのトレードのリターンを最大化しろと交渉のストップをかけた可能性もあり)

  • FAの可能性を捨てたハーデンが、モリーがクリッパーズとのトレード交渉を終えると聞いて激怒。シクサーズはハーデンにトレーニングキャンプに来るように頼むが、モリーに裏切られたと感じているハーデンにその気はない。

こんな流れだったのではないかと勝手に妄想しています。

いずれにしろ、オプトインからのトレード要求はワンセットで、その前の再契約の交渉の段階で、シクサーズとハーデンの間には深い溝があったと思われます。こんな風に混乱が起きるのは、シクサーズが年数か金額を去年の口頭合意(的な)よりもケチったとしか思えません。

(エージェントが身内や友人のハーデンやカイリー・アーヴィンがフロントと揉めているので、やはり大きなエージェンシーは円滑な交渉には欠かせないと思います。)

この件で、鋭い洞察をしていたのが、ロケッツでモリーの元でヘッドコーチをしていたケヴィン・マケールです。マケールは「私の見立てでは、ダリルは本当にジェイムズと(一緒に)やりたがっていると思う。もしオーナーがあなたを見て『あの男と契約する』と言ったら、あなたはあの男と契約することになる。話は終わりだ。もしオーナーがあなたを見て『あの男とは契約しない』と言ったら、あなたは彼とは契約しない。ジェームズはフィリーから大きな契約延長を欲しがったが、フィリーは彼にそれを与えなかった。それはダリルの決定ではない。もちろんダリルもその決定の一部だが、もしかしたら(シクサーズは)セルティクスとのゲーム7(9得点)を見て『彼に興味はない』と言ったのかもしれない。」と分析しています。

(ハーデンとマケール Photo by Jesse D. Garrabrant/Getty Images)

また、マケールはこのトレードに関しては、「ダリルは頭が固くなる。おもしろくなる。」と話しています。では、そのトレードはどんなものになるのでしょうか。

クリッパーズのトレードはあるか?

ハーデンのクリッパーズとのトレードのテクニカル面を見ていきましょう。

ハーデンのサラリーは$35.6Mですが、15%のトレードキッカーがあるので、クリッパーズがハーデンのサラリーにマッチするには$37.3Mが必要になります(彼がトレードキッカーを諦めれば$32.4Mでいけます)。クリッパーズが出す選手の組み合わせはいろいろありますが、ノーマン・パウェル+マーカス・モリスや、テレンス・マン+ロバート・コヴィントン、ニック・バトゥームなどが現実的だと思います。彼らが出せる1巡目指名権は2028年+2030年か2029年になります。

もしシクサーズが来シーズンのキャップを最大限空けるつもりなら、契約が最後の年のモリスやコヴィントンやバトゥーム(パリ五輪での引退を発表)をとれば、$46.6Mのスペースを空ける事が可能です。そのシーズンでの経験10年以上選手のマックスは$49.7Mですが、それ以下の経験年数の選手であればマックス契約が可能です。またはハーデンのトレードをせずに、彼をそのまま歩かせれば、$58Mのキャップスペースを確保できます。再建チームの数字ですね。

ただ、来年のFAは不作で、レブロン・ジェームズ、カワイ、ポール・ジョージ、ジュルー・ホリデーはプレーヤー・オプションでどうなるかわからず、そして現在可能性があるのはパスカル・シアカム、OG・アヌノビー、デマー・デローザン、クレイ・トンプソンらになります。このFA市場はちょっと物足りなさを感じます。いくらキャップスペースをひねり出しても、優勝の可能性が高まるような選手は獲得できないのではないでしょうか。

クリッパーズサイドからハーデンのトレードを見てみると、彼らもカワイ・レナードとポール・ジョージの契約延長があるかないかハッキリするまではハーデンに手が出せないと思います。まず未来の数字がわからなければ、大きな契約を求めるハーデンのサラリー計算ができませんし、来年お互い再契約を希望したとしても、現状どれくらいの金額を保証できるかわからないため、ハーデンと交渉もできません。そのような状況でアセットを手放してハーデンを引き取っても、FAになったハーデンに出ていかれてしまう問題に直面します。しかもクリッパーズにとっては大事な新アリーナデビュー前のフリーエージェンシーです。あまりリスクは犯したくないのではないでしょうか。

ちなみに現時点でのクリッパーズの来年のキャップは、仮にカワイとジョージがマックス契約延長すれば、契約中の6人を足して$156.7Mになります。セカンド・エプロンの$190Mまでは$33.2の余裕がありますが、ハーデンが来ればセカンド・エプロン超えは確実だと思われます。どうなるかは、オーナーのバルマーがセカンド・エプロンのタックス増加をどのように捉えるか次第だと思います。

ジェームズ・ハーデンの価値

ハーデンのトレードを考える上で、まず定義すべきはハーデンの価値です。これの見当がつけばモリーが本当にトレードを見つけられないのかやハーデンが自分を過大評価しているのかがわかります。

2022-23シーズンのジェームズ・ハーデンのアドバンス・スタッツです。

  • PER:21.78(リーグ27位)

  • EPM:+5.1(リーグ16位タイ)

  • RAPTOR:+4.8(リーグ19位)

この3年平均のEPMは+4.43で16位で、他のMPWやRAPMなどでもマックスに相応しい数字を残しているとは言えません。

これから成長の余地がある若い選手であれば、まだマックスの射程範囲内かもしれませんが、この数字で33歳のハーデンには4年のマックス契約は厳しいですね。カイリーの3年$120M(今年のサラリーは$37Mでキャップの27%)の契約あたりが適切価格だと思います。ちなみにハーデンの今年のサラリーは$35.6Mです。

モリーの狙い

Yahoo Sportsのヴィンセント・グッドウィルによると、モリーはクリッパーズからテレンス・マンを獲得する事にこだわっている訳でもなく、1巡目指名権を切望しているそうです。

これまでモリーは優勝の可能性が維持できないトレードはしないと公言しているので、これまでトレードがないと言う事が、クリッパーズの選手たちにはあまり興味がないように見えます。かつてデータに強いモリーは、「すべては3年から5年というスパンの中で優勝する確率で判断される。私たちが収集するデータ、あるいは私たちが下す決断がその可能性を高めるのであれば、私たちはそれを実行する」と話していて、優勝の確率を導き出す何らかのフォーミュラがあると示唆していました。トレードでも他球団の選手をティア別にしてわけてあるとビル・シモンズと話していたのを覚えています。おそらくモリーの計算では、パウェルやマンを取ってもチームが優勝できない確率が高いと出ているのではないでしょうか。それでも1巡目指名権にこだわっているという事は、来年の夏にビッグトレードで使える1巡目指名権を集めたがっているのかもしれません。来年シクサーズが確実にトレードに使える1巡目は2030と2031のどちらかになりますが、大きな動きをするには少な過ぎます。そのため、できるだけアセットを集めておきたいのではないかと思われます。

また、モリーの問題は、自分ではハーデンにマックス級の契約金を払わないのにも関わらず、トレード交渉先にはマックス級のリターンを要求している(であろう)事だと思います。The Athleticのサム・エイミックが「リターンの大きな要求から、モリーは本当にハーデンをトレードしたくないような印象を与えた」と言っていたように、モリーがハーデンの価値を上回る要求しているのが、トレードが見つかっていない大きな理由だと思われます。

ハーデンの妥当な相場感ですが、前述したようにカイリーあたりが当てはまると思います。そうなると、ネッツが昨シーズンのトレード・デットラインでFAになるカイリーのトレードで得た「選手ふたり+1巡目指名権ひとつ+2巡目指名権ふたつ」あたりが落とし所になります。クリッパーズのトレードに当てはめると、「パウェル+コヴィントン+サラリーフィラー+1巡目ひとつ+2巡目指名権」のリターンが妥当と言えます。

それにモリーは、ロスター構成は夏ではなく2月のトレード・デッドラインまでにすれば良いと考えているタイプのエグゼクティブだそうです。他チームがすでにシーズンを迎えるためのチームをつくって動きのない中で、ハーデンのトレードのリターンを最大化できないのは確実です。しかし、シーズンがはじまり、サンズが躍進し、焦ったクリッパーズや他のチームがハーデンのトレード交渉相手として出てくるかもしれません。

もしくは、本当にハーデンをトレードしたくない可能性もあります。ハーデンのトレードで優勝確率をあげられそうな選手の獲得はできなそうですし、それが現実的にチームにとってベストなのかもしれません。ハーデンを説得できればの話しですが…

ジョエル・エンビードも夏にハーデンをシクサーズに残るように説得してたそうです。

シクサーズのオーナーのジョッシュ・ハリスも「私はジェームスをリスペクトしている。彼が望むことを受け入れたい。同時に、私は優勝を争うチームのことや何を取り戻せるかを考えなければならない。彼に残るように説得したい。今はそれが彼の望みではないことは理解している。どんな解決策であれ、みんなが納得でき、みんなにとってプラスになる方法で解決するために努力し続けるつもりだ。」と話していて、ハーデンを説得し続けているようです。

ただいずれにしても、シクサーズはハーデンを遅くてもシーズン中にトレードできなければ、夏に彼に代わる戦力を見つけられなくなる可能性が高くなります。そうなった場合、モリーは指名権がない中でトバイアス・ハリスをトレードして複数の選手に変えるか、キャップスペースを空けてフリーエージェントが不作のFA市場で戦力アップを狙うしかなくなる苦しい立場に置かれます。もしそれが失敗すれば、優勝したいと公言しているプライム中のエンビードがもうシーズンをひとつも無駄にしたくないと考えはじめるかもしれません。

そう考えると、今シクサーズはハーデンのトレードにかなり慎重にならざるをえません。シクサーズにとって、これは実はハーデンの問題だけではなく、エンビードについての問題でもある訳です。

ハーデンの今後

The Athleticのシャムズによると、ハーデンは未だトレーニング・キャンプに参加するつもりはない事をレポートしています。

ハーデンが参加しないのはトレーニングキャンプのみで、シーズン開幕からは合流すると見られています。CBAには契約が最後の年の選手は、契約上の義務を開幕から30日以上果たさなければ、その選手が最後にプレーしたチームの了承なしにいかなるプロチームとの契約交渉や契約にサインする事を禁止されています。ハーデンの場合はホールドアウトをしたとしても、遅くても11/2までにシクサーズに戻る必要があります。

ハーデンはトレード要求をかなりプッシュしてくるタイプです。ロケッツ時代ネッツ時代もチームに気まずい雰囲気をつくり出して、トレードをしなければならない状況にしていました。今回もハーデンはトレード要求をした後で自分でSNSに「とても長いあいだ心地よかったが、気まずくなるときだ」と投稿しています。心の準備はしてあるのでしょう。問題はエンビードやシクサーズのチームがその準備ができているかだと思います。

また、ESPNのラモナ・シェルバーンは、ハーデンがモリーを嘘つきだと言ったのはシクサーズを「気まずくすることのはじまりに過ぎない」と言っています。

シェルバーン:「昨日誰かから聞いたんだけど、これははじまりに過ぎない。これは、ジェームズ・ハーデンがシクサーズのトレーニングキャンプをとても気まずいものにすることのはじまりだ。そして、ハーデンがどうするかは ― 彼らはベン・シモンズが同じことを経験した。ベン・シモンズはキャンプに現れなかった……。でもハーデンはそうならない。とても不快になるだろうが、ベン・シモンズは何も言わなかった。ベン・シモンズは家に残っていた……。ハーデンはマイクを持っていて、「もう一度繰り返す」と言っていた。ソースから聞き続けている言葉は『これははじまりに過ぎない』というものだった。だから、シクサーズは何に対応する準備ができているのか、どのように対処するか、これを乗り越えて生産的なシーズンを過ごす方法はあるのか、と自問しなければならない。」

最悪の場合、ベン・シモンズの時を上回るハーデン劇場がはじまります。ベストケースは、FAで残り29チームに自分の力を証明するために全力でプレーしてくれる事です。ハーデンのベストな選択肢はナンバー2としてリーグ中にしっかりとしたプレーを見せる事だと思います。イーストのあるエグゼクティブは、「これでトレードを要求した3つ目のチームだ。もし優勝するためのチームをつくろうとしているのであれば、(彼のトレードには)疑問を持たなければいけない」と言っています。球団トップからウソをつかれて不満があるでしょうが、きちんとしたプレーをしなければ、優勝候補へのトレードの希望が叶うどころか、次の大型の新規契約もないでしょう。

ハーデンもモリーと仲良くする必要はありません。かつてのようなプレーを取り戻して来年のFAに備えるとともに、イーストの優勝争いを盛り上げていって欲しいものです。


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