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文藝MAGAZINE19 2022 summer 掲載作品 テーマは「花火」です ------------------------------------------------ 暮れていく空の下、鹿子(かのこ)さんは僕の少し前、ペースを崩すことなく歩き続けている。顔を真っ直ぐ前に向け、その先にある何者かに挑むように。 さっきまで残っていた夕焼けも色褪せ、空はだんだん紫から藍に変わる。星がいくつか数えられるようになってきた。周囲は田んぼと畑ばかりの田舎道で、民家は遠く
「文藝MAGAZINE文戯7 2019 Summer」に掲載の作品です。 「記念日」のお題で続編を現在準備中です。 ひまわりの庭 1 世界から音が消えた。いきなり耳が聞こえなくなったのだ。 母の葬儀の後、実家の片付けも一段落して、押しかけ同居人の義人と 穏やかに過ごしだしたその後、仕事に戻った一カ月後のことだ。 「やっぱりストレスとかじゃないかなぁ。のりちゃん」 紹介された総合病院での検査結果を眺めながら、幼い頃から馴染の医者は言った。 「お母さん亡くなって どっかで無
文藝MAGAZINE文戯17 Winter掲載作品 巻頭企画は「感染」です。 ──お前らみんな 感染させてやる ──感染したいか?感染したいのか? ──さあ感染者ども、ウイルスを撒き散らせ、拡散しろ パープルと黒のツートンの長髪、毒々しい赤い唇。顔に掛かる前髪の間から黒いラインとシャドウで強調された目を更に見開いて、ボーカルは、客を「感染者」、自分たちを「ウイルス」と呼んだ。 『爆裂ウイルス』 小さなライブハウスでの、客席側から撮った、全体に暗くて酷く画質の悪いほんの短
文藝MAGAZINE文戯16 Fall 巻頭企画「秋の味覚」掲載作品です。 お題に合わせて 随分以前に書いた初稿「びわの実」を秋らしく「柿」に変えたことで 色々調整に悪戦苦闘。毎度、猫の出て来る思い出深い作品です。 ---------------------------------------------- ◆柿の実 猫の木 ヨリの庭◆ 「『庭の柿』だよ。凄いでしょ」 ビニールの袋にどっさり入れて それをうちに持ち込んだのは幼馴染のひよりだ。 ──見た目は悪いけど、こう
「文藝MAGAZINE文戯15 2021 Summer」掲載作品 お題は「船」でした。 掲載前に読んで頂いた方々より 主人公のひとり、女の子の「有理」の在り方についてのいくつかの感想をもらいました。その辺りについて私が感じたことを少し補足としてあとがきに書いておきます。 でも、まず読んで頂ければ嬉しいです。 ◆ 草の波 夕暮れの船 ◆ 「船だ」 自転車を降りて、始めに呟いたのは有理だ。 「おお、船だ」 「船だ!船だ!」 続いて和真、俊平、柊人。僕らは口々に叫ぶと自転
文藝MAGAZINE文戯14 2021 Spring 掲載作です。お題は「花言葉」 お屋敷の脇、どくだみの咲く通学路は私の思い出の風景でもあります。 母がせんじ薬にするつもりで庭の隅に植えたものが 今では随分広がっています。多少荒っぽく抜いたって元気に根っこを広げていきます。強い花です。 ◆終点の氷細工屋◆ 誰かの呼ぶ声が聞こえる。 寂しげな笛のような音が遠く響く。振り向いてあたりを見回しても誰もいない。細い道。辺りは真っ暗な闇だ。踏み出したらその先、足元に何も無い。不
文藝MAGAZINE文戯13 2021 Winter 掲載作品です。 創作後のnoteでのつぶやきは こちら。 ◆OUR HOUSE ◆ ── 何が間違いだったのか * 転勤先で、二人だけの新しい暮らしが始まった頃は楽しかった。 地方都市らしい小ぢんまりした町並みも親しみやすい感じがするし、耳慣れない土地の言葉さえ、新婚生活のスタートにはふさわしく新鮮に思えた。 新しくはないけれど清潔な社宅の部屋。くるくると家事をこなし、やりくりを一生懸命している柚子の様子は、何だか
文戯マガジン2020Winter号に掲載して頂いた一作です。 お題は「薬」。 ◆ マトリョーシカのくすり箱◆ 苦しい時は 水色のおくすり。さあ、落ち着いた。 勇気が出るように 赤いおくすり。お顔を上げて 胸張って。 寂しいときは黄色のおくすり。ほら、もう、笑っている。 * 学校の帰り道の脇に、小さな庭のあるおんぼろな木造の平屋がある。植え込みや軒下には猫が何匹も我が物顔で出入りし、年寄の犬が今やっと目が覚めたような顔をして窓から時折顔を覗かせる。 日南子
2020年3月発行の 文藝MAGAZINE文戯10 Spring 巻頭企画「気づいて、先輩!」掲載作品です。 ◆たすけ舟の家◆その家は「こども110番の家」だった。子供が身を護る時に、頼っていいという「助け舟」になる家だ。 小学校の行きかえり、そのプレートと「大須賀」という表札の並んだ玄関を見るたびに、私は少し立ち止まり、駆け込む自分を想像した。そこには優しいあの人が居て、「どうしたの?大丈夫?」と話を聞いてくれる。私が落ち着くのを待って、温かな飲み物を差し出してくれる。
文藝MAGAZINE文戯11 2020 Summer 掲載の作品です。お題は「あの世」 ◆彼岸の蜉蝣(ひがんのかげろう)◆ ──池の向こう側が彼岸 ──ひがん? ──そう、「あの世」 深く暗い森のような庭の隅にその池はあった。花の時期を外れた蓮池は、水面とそこから突き出す葉ばかりでひっそりとしている。彼女が指さした「彼岸」側の木々の隙間から見える空は、ほんの僅かの間に夕焼けの色を広げている。茜色に染まった世界は引き込まれるように美しかった。 ** 「おさだかなこです