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【詩】髪長姫の母は、ふたりいる。

わたしには
お母さんがふたりいる

わたしを産んだお母さんと
わたしを育てるお母さん

それぞれに
それぞれの言い分が
あるらしい

***

わたしを産んだお母さんは遠くで語る

「あんたを産みたかったから
あれを食べなきゃならなかったんだよ」

「魔法使いの、あの畑の、あれを食べなければ
お前を産む 産んでやる力なんて
出なかったんだよ」

わたしを産んだお母さんは
妊婦さんの頃
隣に住む魔法使いの畑に
お父さんを無理やり送り込んだという

畑にあった
あの野菜を どうしても
食べたかったのだという

わたしを産んだお母さんの言葉は正しい

実際
あの野菜を食べて 体力をつけなかったら
わたしを産むことは できなかっただろうし
お母さんも
体をぐったりさせて 死んでしまったかもしれないし

だから

わたしを産んだお母さんの言葉は正しい

だけど
そのせいで わたしを産んだお母さんは
産んだばかりの 赤ん坊のわたしを
手放すことになってしまった

「仕方なかったんだよ」

わたしを産んだお母さんは遠くで語る

***

わたしを育てるお母さんは近くで語る

「あんたのことを思ったら
この状況が一番幸せなんだよ」

「子どもを産むために
隣の家に盗みを働かせるような そんな母親
お前の為にならないよ」

わたしを育てるお母さんは 魔法使いだった
そして
わざわざ夫に盗みをさせた 妊婦には
心底 呆れてしまったという

自分は 誰とも契りを結んだことはないけれど
そんな 自分の方が
赤ん坊を大切に育てられる
そう 思ったのだという

わたしを育てるお母さんは正しい

実際
元々のお家は 貧しくて
わたしの居場所はあんまりなかった
なかったかもしれないなって
そう思う

だから

わたしを育てるお母さんは正しい

だけど
そのせいで わたしは
深い森の奥の その奥の さらに奥で
入り口のない塔に ひとりぼっち
ひとりぼっちで 髪をとかしている

「あなたの為なんだよ」

わたしを育てるお母さんは近くで語る

***

わたしには
お母さんがふたりいる

わたしを産んだお母さんと
わたしを育てるお母さん

それぞれに
それぞれの言い分が
あるらしい

どちらもきっと正しいのだと
わたしは
そういうことにしてあげている

それはともかく

わたしの
本当の疑問は
昔からひとつだけ

「わたしがお母さんになったら
二人のお母さんのうち
どっちによく似た
お母さんに なるのだろう?」

まだ平らなお腹をさすりながら
わたしは今日も
天井を見上げながら

不思議な調子で呟いた

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