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■#5 なずなが、日本語を身につけるまで

声を出して話す、“発話”は、母と発話練習を毎日やって身につけていきました。

絵カード、表に絵、裏にひらがなが書いてある、言葉カードを通じて、物には名前があることを理解していくのです。母が発する言葉を真似していきます。正しい発音ができるまで何回も繰り返します。
母は冷蔵庫の扉の前に「れいぞうこ」、牛乳パックには「ぎゅうにゅう」などと書かれた紙を貼っていました。家の中の物という「物」には、たいてい単語の紙があったと思います。
幼稚園から帰ってきた後はそれらを見て単語の練習。言葉の意味を覚えたら、2語文、3語文、1行、2行の文を読んでみること、に続きます。

母はなるべく、私と同じものや景色を見るようにして、対話を重ねてくれました。
言語聴覚士さんから『親が子どもとの関わりの中で、子どもが見ているモノに対して、周りの人がその対象物の名前を言って発音してみせることによって、語彙力を増やす』といわれていたからです。
「我が子が言葉の表現を話し手に理解される経験、理解されてうれしくなる機会」を増やす努力を心がけていた、とあの頃の母を思い出します。
週末になれば、父は意識して、自然の多いところ、動物園、水族館、美術館など連れ出してくれました。日本の四季が生み出す風景、空の色のグラデーションを見ることで、なにげなく「話す機会」を作り出し発語の練習しました。

わたし「ヨウチエンで、てんていが」
母「うん、幼稚園でせんせいが?」

「おかあたん」

「てんていじゃないでしょ!先生、せんせいでしょ」「おかあたんじゃない、おかあさん」と決して言わずに
「せんせいが?」「おかあさんだね」と普通に話してくれ、正しい発音を覚える機会を与えてくれました。

私の診断名は「両耳感音性難聴、4歳時は60~70デシベル」というものですが、一般的な感音性難聴では、高音域から聞こえが悪くなっていくのです。
高音域での聞こえが悪くなってくると、高音域にある会話のメインである子音(特にサ行やハ行)が、まず最初に聞こえなくなっていきます。しかも感音性の特性として、音がゆがんで聴こえます。

また、その子に残された聴力の周波数(ヘルツ)によっても、聞こえ方は差が出てしまいます。
(「音圧」音の強さをデシベ ル(dB)、「音の高低」にあたるのが、周波数、ヘルツ(Hz)と言います。)
日本語は母音の周波数が低く、子音は周波数が高い。子音、摩擦音のS,H,F,Tなどは高音にあるので、聞き分けに苦労します。また複数の音を一度に聞いた時に、特定の音を聞き分けたりすることが難しくなります。

しろい(白い)ひろい(広い)1時、2時、7時。
口形(口の動き)も同じで、区別がつきにくい。(今でも間違えます)

橋、箸、たばこ、たまご…。雨、飴、どこで区別をつける?
それはアクセントと言われているけれど、5歳の私には「なんのこと?」と思うわけです。

身バレの危険性もあり、個人的なことなので、ここで書くことを非常に迷いました。
ただ、今後私が書きたい話につなげていくために、必要な情報と判断したので記します。
私は両親の間に初めて生まれた長女ですが、妹を亡くした一人っ子です。
薔薇の花が美しい5月に早世した妹の、その後に第三子を望むことは叶いませんでした。(なぜ第三子が可能でなかったかは、母に承諾を取ってないので書けません。ごめんなさい。なずな実家の哀しい過去です)

私の両親は、たった一人の娘が難聴と分かった後に考えたのは、私を助ける兄弟をつくってやれない。自分たちが死んだら、なずなは一人でやっていくことになる。
両親は、なんとしてもなずなが生きていくための言葉を教えてやらなければと、考えたのではないでしょうか。5000語を2年間で身につけさせる、を、やり抜く気概はあったと感じます。
母は「自分の人生の中でも、一番緊張した2年間だった」と振り返ります。

私の時代は、1970年代。
ろう学校ですら手話を教えることはしない、健聴者の中でやっていきなさい、というよりは、むしろ、健聴者に合わせて「日本語」を聴覚障害者も話せるようにしていきましょうというのが、あたりまえでした。

「声に出すことで脳の働きをよくします。発声、やれるならやりましょう、使える機能は使いましょう」と医学的な見地、考えを両親にも伝えられていました。(認知症予防に、補聴器装用の必要性が啓発されています。それは聴こえて、話せることが脳の働きに有効だからです。)

父は「普通の子に育てたいなら、普通の子以上に育てよう」と母に話したそうです。

この言葉の意味は、難聴というハンデは関係なしに、感性豊かに、のびのびと、なずならしく育ってほしいということなのだと私は解釈しています。


しつこいかな?言葉について、まだまだ続きそうですが(笑)
では、また次回。




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