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ドライヤーが閉じる夜

 ドライヤーが壊れた。

 買ってから約一年。早すぎる引退である。
 前兆はあった。なんなら買ってから数ヶ月のタイミングで、私の「髪の毛乾かし時間」中にときどき不審な動きを見せていた。
 爆音をかき鳴らしながら髪を乾かしているとき、角度によって風量がまばらになることが何度かあった。コードがねじれてしまっていないか、無理に引っ張っていないか。一度スイッチを切り、確かめる。うん、傷はついていない。ねじれもない。ざっくりと確認したが特に問題は見当たらなかった。
 再度スイッチを入れると、やや不調を見せつつも乾かしきるまで温風を出し続けるドライヤー。見目だけはスタイリッシュなドライヤー。
 ……うん、まあ、及第点でしょう。
 
 約一年それなりの仕事をしていたドライヤーは、とうとう先日、一風も生み出さなくなってしまった。
 スイッチを入れるが無反応。怖い。爆発なんかしたりするのだろうか。「ドライヤー 動かない」と検索しヒットした恐ろしい言葉の羅列にざっと目を通した後、そこでようやく私の「まだ一年しか使ってないんですけど」という悪足掻きは終了した。

 Amazonで新しいドライヤーを注文する。次は静かで、軽くて、日本製のものを。選ぶのに二日ほど費やす。
 届くのは三日後。本当は二日後だったのに、長電話をしていたら配達予定日が一日延びていた。
 
 新しいドライヤーが届くまで、どうやって髪を乾かそうか。
 たどり着いたのは結局自然乾燥であった。
 お風呂に入った後、タオルで出来る限り水分を拭きとる。髪をわしゃわしゃっと拭いて、あとはひたすら放置したまま「ギリこの状態で眠れなくもない」というところまでもっていく。
 乾かしている最中は、ただただ意味もなくパソコンに向かい合う。やることはあるのにそれを無視して娯楽に時間を費やした。時間を溶かすってこういうことだと思う。
 最終的に眠るのは深夜もいいところで、深夜というか超早朝に就寝する日々。
 それだけ待ってもやっぱり髪の毛は水分を過度に含んでいる。髪が重たいし気持ち悪い。枕に頭を乗せたくない。
 ベッドに飛び込んでも眠りにつくことが難しい夜が続いた。

 三日後。壊れてからは実に五日後。

 待ちに待ったドライヤーは、なぜか別の部屋の前に置き去りにされていた。紙袋に貼り付けられた宛先を見て、素早く回収した。

 新入りは、日本製のザ・ドライヤー。
 お風呂に入って、洗い流さないヘアトリートメントを髪先に塗りたくる。どきどき。新品特有の香りを纏ったドライヤーをコンセントに挿した。
 スイッチを入れる。機械音と共に温風が私の髪の毛と頬を撫でた。
 …私、今、髪を乾かすことができている。 
 髪が乾いていく。嬉しい。なんか、すごく嬉しい。
 乾かし終わった後、一日中つきっぱなしのパソコンの電源をいつもより早く落とす。
 そのままベッドへダイブ。付け替えた枕カバーに思い切り頭を乗せた。髪と布の隙間に無駄な湿度はなかった。ぐりぐり、頭を枕に押し付ける。

 なんだかよく眠れそう。ちょっとした幸せ。気持ちよく毛布に包まった。
 眠るという行為を良いクオリティで保つために、ドライヤーが小さな、しかし確かな仕事をしていることを実感した。
 この子とは是非今後も末長くよろしくお願いしたい。

 今までありがとう旧ドライヤー。
 そして、新ドライヤー。お願いだから長持ちしてね。
 
  
 

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