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うわーっ、ポピュリズムだあ!


ここ何年か雑誌やサイトで見かけることが多くなった言葉。
「ポピュリズム」。

ポピュリズムを主題とする本を読んだことはありません。
どんな意味かを調べたことはありません。

自分勝手ですが、文脈の中でポピュリズムの意味を解釈してきました。

ところがポピュリズムという言葉がアチラコチラに出現しますので、言葉の本来の起源と歴史を理解したいと思い始めました。


ポピュリズムを知るために読んだサイトを記します。


「ポピュリズム」でグーグルを検索し読みやすそうなサイトを参考にしました。

1.
『ポピュリズムは、民主主義への脅威か?』
古賀光生 中央大学法学部准教授
ChuoOnline
20190425(?)
https://yab.yomiuri.co.jp/adv/chuo/opinion/20190425.html

2.
『「選挙で勝てばすべて決められる」と考えるポピュリズム 抑制するシステムはあるか』
古賀光生 中央大学法学部准教授
The Asahi Shinbun GLOBE+
2018.10.17
https://globe.asahi.com/article/11882947

3.
『『ポピュリズムとは何か』/水島治郎インタビュー』
水島治郎 千葉大学法政経学部教授
Web中央新書
2010201
http://www.chuko.co.jp/shinsho/portal/101818.html

4.
『ポピュリズム、それは危険な存在か、民主主義の促進剤か』
水島治郎 千葉大学法政経学部教授
The Asahi Shinbun GLOBE+
20180921
https://globe.asahi.com/article/11824476

5.
『だれが何をしたら「ポピュリズム」なのか その本質を深く考えてみる』
吉田徹 北海道大学教授
The Asahi Shinbun GLOBE+
20180906
(上)https://globe.asahi.com/article/11796342
(下)https://globe.asahi.com/article/11796444


このblogでの言葉のおおまかな定義


【ポピュリズム】
ポピュリズムはismであるからイデオロギーと理解できます。
一方、ポピュリストはlistであるから人物や団体であるとも理解できます。
このブログでは、民衆の思いを政治・経済・制度に活かすための手段と考えることとします。

【エスタブリッシュメント】
与党を構成する政治家・官僚・財閥および彼らが立つ制度です。

【民衆】
エスタブリッシュではない者、すなわち直接は国の統治にかなわらない者です。

民衆の利益をエスタブリッシュメントに実現させる四つの道筋


民衆が自分の意見なり考えをエスタブリッシュメントに伝え、なんらかの形で実現させるには、いくつかの手段があります。

ここでは、四つに区分して記します。

1.
選挙で政治家を選び、政策に結びつける手段。

2.
労働組合、町内会等地域活動、NGO、宗派、各種経済団体などの機関がエスタブリッシュメントと折衝し実現する手段。

3.
デモなどの市民運動でエスタブリッシュメントに警告する手段。

4.
権力の行為をマスコミが監視/報道/論説することで、エスタブリッシュメントの暴走と無策に警鐘を鳴らす手段。


四つが十分に機能すればベストです。
現実には機能を充分に果たすことはあり得ませんので、お互いが足りない点を補うことで、自分の利益がエスタブリッシュに届いていることを願うしかないです。


エスタブリッシュメントと民衆が近かった時代


自民党が財界・自営業者の利益を代弁し、社会党が労働者の利益を代弁していた時代がありました。55年体制下では、両陣営が水面下での交渉をしながら、国会の場で議論し合いました。
安全保障では相容れない両陣営ではありましたが、双方とも日本経済の繁栄を願い、その果実を経営側と労働者側双方へ与えていました。

この意味で、多くの人々にとって自分の利益を託す政党・団体があり、そこを通してエスタブリッシュメントへ民意を伝える道筋が安定していました。
このことは、多くの中産階級を産み出しました。


そして、今は


民衆の思いを政治家と機関とマスコミが汲み上げているという実感をお持ちでしょうか?

政治家は一部の利益団体の意を受けるだけになっていませんか。
マスコミは政権の中枢に忖度して報道を自主規制していませんか。
官僚は誇りをもって国民国家のために立案していますか。

私は否定的な評価をしています。
既存の政治家・官僚・機関に失望することが多く、戯れではありますがポピュリズムの手法を使って国と制度を変革させざるを得ないのではないかと妄想することがあります。

今は、ポピュリズムが台頭する絶好の機会です。

ポピュリズムが社会をにぎわす現象を指摘すること、さらに批判することは容易ではあります。

しかし、この時期に必要なことは、ポピュリズムの是非をアレコレ論ずるよりも、前章に記した四つの手段を点検し再生することではないかと考えます。
ポピュリズムの台頭を制度疲労しつつある道筋を正す奇貨としたいものです。


何ができるだろうか


ポピュリズムにあらがうには、個人として何ができるでしょうか?

(「抵抗」の類語

行動力が無く小心者ですが、自分が心したいことをまとめてみました。

1.
既存の仕組みが無力に見えたとしても、仕組みそのものを否定することはしない。
仕組みの麻痺を直すことを第一に考えたい。

2.
「国民の大多数の民意がAだ。だからBすべきだ」との主張をうのみにしない。
仮にAが多数派の考えであることが事実であっても、少数者の考えも切り捨てない。
Bが実現した場合に、少数者にとって大きなマイナスがもたらされるならば、大多数の利益を棚上げすることもありえる。

3.
一つの問題が改善する案があったとしても、思わぬ領域でマイナスが生じる可能性を想定し、慎重に判断する。
改革よりも改良を考えたい。


具体例を記すことなく、抽象的な書き方ですみません。



noteは、記事もマンガも写真も愉快ですね。 僕のnoteもご覧いただきありがとうございます。 今日良いことがありますように!