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格下の相手に負け続ける恐ろしい「勝者敗者効果」を人間で確認

人気漫画のワンピースで剣士のゾロが世界一の剣豪ミホークにはじめて敗北するシーンは非常に印象的で、2人が口にしたセリフは名言と言われています。

敗北したゾロはミホークにナイフを胸に致命傷になるギリギリまで刺され、負けを認めなければこのままナイフを刺し込み殺すと言われます。

しかしそれに対してゾロは「ここを一歩でも退いちまったら、もう二度とこの場所へ帰ってこれねェような気がする」と言い、ミホークは「そう。それが敗北だ」と返しました。

このことから、勝負における敗北はメモ帳に単に勝敗記録が書き込まれるだけでなく、精神的に何か大きな変化が起きてしまうことを暗示させます。

心理学においてこの現象は「勝者敗者効果」と呼ばれており、直近の勝負での勝ち負けが、次の勝負の戦績において甚大な影響を与え、直近で勝った者は次の勝負で勝ちやすく、負けた者は逆に負けやすくなることが知られています。

この効果は自然界で生きる動物たちでは特に強力に作用しており、初戦で負けた動物は実力にかかわらず次の勝負で勝てる確率は劇的に低下することが示されています。

カナダのマクマスター大学(McMaster University:Mac)で行われた新たな研究では、この効果がEスポーツや文章読解力のような肉体を駆使しない分野でどのように働くのかが調べられました。

研究内容の詳細は『The Quarterly Review of Biology』にて発表されました。


参考文献
How “winner and loser effects” impact social rank in animals – and humans
https://www.journals.uchicago.edu/journals/qrb/pr/240805

元論文
Winner and Loser Effects and Social Rank In Humans
https://doi.org/10.1086/732049


ライター:川勝 康弘(Yasuhiro Kawakatsu)
ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。


勝負の記憶が引き起こす勝者敗者効果

厳しい自然界では、同種族の間でも激しい競争が行われています。

しかし競争者たちの体格とその勝負結果を記録していたある生物学者は、奇妙な現象に気付きました。

自然界で縄張りやメスを巡るオス同士の競争では、一般に体格が大きな個体が有利とされているにもかかわらず、直前の勝負の結果によって、その後の勝率が劇的に変わることが判明したのです。

直前の勝負に勝ったオスは、次の戦いに勝つ確率が上昇した一方で、直前の戦いで負けたオスは負ける確率が上昇していたのです。

ただ初期の観察が行われた段階では、単に強いオスが勝ち続け、弱いオスが負け続けている可能性がありました。

そこで研究者たちは、動物たちの勝負を人間のコントロール下に置いて行わせることにしました。

もし単に強いオスが勝ち続けているだけならば、勝敗の結果は実力(体格)に応じたものに収束するはずです。

ですが結果は全く違ったものになりました。

100%負けるという結果は、強力な心理効果が働いている証拠です / Credit:Canva . 川勝康弘

たとえばある魚類(トゲウオ)を調査した研究では、勝負を経験していない多数のオスが集められ、最初の勝負を終えたペアに、勝負未経験のオスと戦わせるという実験が行われました。

すると最初の勝負で勝ったオスが、勝負未経験のオスに勝つ確率は最終的に65%という高い値に収束することが判明しました。

言うまでもありませんが、あるオスが未知の相手との勝負に勝つ確率は平均すると50%になり、65%という数値はそれよりもかなり高いと言えます。

ですがより驚きだったのは、最初の勝負で負けたオスの戦績でした。

最初の勝負で負けたオスを勝負未経験のオスと戦わせた場合、その2戦目の勝率は実力に関係なく0%、つまり100%負けていることが明らかになったのです。

そして新しい勝負未経験のオスを何度引き合わせても、結果は変わりませんでした。

この結果は、単に強いものが勝ち続け弱いものが負け続けるときに現れる、実力をもとにした統計上の数値とは全く異なります。

つまり勝負に勝ったオスは次も勝ちやすくなり、勝負に負けたオスは次に負けやすくなるという実力とは別の仕組み「勝者敗者効果」が出現したことを示しています。

また続く研究により、類似の効果が哺乳類、鳥類、爬虫類、甲殻類、昆虫などにも存在していることが明らかになりました。

たとえばヘビ(アメリカマムシ)を調べた研究では、以前の戦いで負けたヘビは、次の相手より自分が10%大きくても、つまり実力的にかなり有利であっても「必ず負ける」ことが示されました。

またザリガニを用いた研究では、平均よりも小さいオスが大きな相手に戦って勝利すると、その後に大きな相手と戦った場合でも勝率が70%になることが示されました。

大金星は個体の競争力を本当に強くしていたのです。

一方で、小さい相手に負けてしまった大きなオスは、実力的に有利にもかかわらず、その後の戦いで勝てる確率は6%しかないことが示されました。

大金星が小さなオスを強化した一方で、大黒星は大きなオスを弱体化させてしまったわけです。

これらの結果は、直前の勝利が実力を遥かに上回る、勝敗の決定要因になっていることを示しています。

では人間の場合どうなのでしょうか?


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