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『壊れゆく炎』①

【PEACE】

                                     
          PEACE.







【惹き寄せられて】

都戦で傷ついた日本には閉塞感が漂う

 国民が不条理を受け入れながら、いや、受け入れざるを得ないと表向きは観念して、感情を押し殺している。そう装っているだけ。

 内面ではどうか。

 その感情の数かずは、マグマのように溜まりに溜まっている--いつ噴火してもおかしくない。時限装置のように時間が進むにつれて、噴出するだろう。

 時間の問題なわけだ。

 かのじょは全てを終わらせられる力があると、自信を抱いていた。--うっ屈した東都を壊滅させたのは私だ。何かの折に、自慢気に話せそうな成果。
 だが、かのじょの存在も消える。

 目の前にある「禁断の発電力」を爆発させるのが、かのじょの役割。ダイナマイトをシェルターに巻き付け、次に爆弾の起動スイッチを押すのが、かのじょの務め--日本全土を滅ぼすのが、かのじょの務め。

 思い出した。
 たった一枚の写真が、かのじょを突き動かした。
 「あの」写真が。

 5、4、3、2、1。

 空白。

 すべてが終わる。

 PEACE.

【鼓動】

 なにかが、実態のつかめない、なにかが始まる予感を、かのじょは抱いている。--2032年、来年に開催される東京オリンピック。開催前の31年の時点で、賛否の荒波が衝突しあう。燃え上がるような炎の波が、高くなってゆく。高めているのは人間だ。

未来に幸あれ、とかのじょは嘲笑的な感情を抑えるように努めていた。

 局内は暗い。薄く灯(とも)る光が山家ケイにはちょうど良い。そう思えるのは、他の支局を転々とし「光加減」が支局ごとに変わっているから。光の加減が定まらない2年を過ごしてきた。

 かのじょは都内に本社を構える地方新聞の記者として入局した。ちょうど混迷期の渦中に。

2026年に勃発し1年半続いた東都戦争--。

 内戦の痛みを今の日本は抱えている。そのぜい弱性の背景にはなにがあったのか。

 --日本は各地方自治体と東京都、ひいては政府との自治権をめぐった争いによって、疲弊していた。

 21世紀の日本で初めての内戦だ。政府が混乱に立ち向かえるのか問われた。都に一極集中する様相は依然変わらず、他の道府県が対立。日本が燃え、赤に染まってゆく。炎を燃やし続けるのは、一市民だ。

 その原始的なさまをかのじょは、恐れと好奇心とが混ざった、感情の渦を抱えながら眺め、記録していた。

 火種は京都万博だった--当初見込んでいた額より、予算規模は膨らみ国政に対する批判が強まっていった。日本一、人口が過密する東京都民がその波に押された。

 「東京の貧困を無くせ」「都に予算を」などと書きつづられたプラカードを手に、都庁前では連日デモがあった。都民の国政に対する怒りの声をすくい上げる火のように、東京都は国政にイチャモンをつけた。

 今度は政府が都政に干渉するようになり、対抗するかっこうで都民が武装しゲリラ戦となった。武装された都民が、うさ晴らしのように道府県の府・県庁を襲撃し、混迷を極めていく一途だった。その間に台頭したのが過激左派集団。自衛隊の駐屯地から武器を奪取し体系だった指揮を採り進軍していった。

 そこで日本政府は道府県の自衛隊員を総動員し--数百名の死者を出し復興費用も多額に上った--事態を沈静化させた。

 そこから各地方自治体が主権を訴えた。今度は、主権を道府県に握られたくない、東京都と政府が結託した。この即席軍が見事に勝利を収めた。

これで日本に平和がもたらされた。

【千載一遇】

 内戦のようすを山家ケイは写真に収めた。写真を撮るのが目的。ただそれだけだった。混沌としたさまをまじまじと見るだけでは物足りなかった。大学の授業もままならない。そんな状況下でかのじょは、起こるかもしれないと予感していた、戦争が実際に行われ、撮らないと気分が落ち着かないほどに気が昂(たかぶ)っていた。

              ②に続く

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