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『欲の涙』11

「成功するのは十にひとつだ。・・・永久に消されてしまうかもしれない」

(『逆まわりの世界』フィリップ・K・ディック著)

 【あざとい数式】



 つまることころ、だ。

 三上は、オレと坂本が動いている間に、長野からの依頼――カオリさん・ひめのを殺すこと――を要領よく実行していた。

 オレと坂本を組ませた。そうして注意を逸らすよう計算していた。思いつきで動く性質(たち)ではない。今回の計画の数が10あるとする。オレが知ったのは、たった一つの計画――カオリさん・ひめのの殺害だ。それを計算してこなすんだ。

 十の中一つのフタが空いただけ。残りの9は社会に多大な影響を及ぼしているかもしれない。

 さてはともあれ、手際が良すぎる。

 三上本人が手を染めているわけがない。実行犯は濃い霧の中に隠れている。その中に「誰か」がいる。一人じゃない。複数人が霧の中に散らばっている。

 ――ようやく「めぼしい」ヤツを見つけたとしても、ソイツが犯人かどうかは分からないし、三上が大元の指示役で、実行の主犯が別にいる。要するに、パクられんのは実行犯から。

 ようやくの思いで捕まえようとしても、トカゲの尻尾な確率が断然高い。
どうするか?――探しても今は意味がないのだ。

 …最後の最後に、三上の指示のもと誰が動いたのか、判明したが。

 そんなこんなだ。

 朝の5時ごろにはベッドに横たわっていた。気にしないと決めたハズの「犯人探し」が、思考の螺旋(らせん)の中で旋回する。ゆっくりと。終わりがない。どこで中止するのか分からない、思考の回転は昼過ぎまで続いた。

 寝るのは諦めた。

 坂本と集合予定の夕方5時前には喫茶店で議員の長野がどこにいるのか、殺されたカオリさん=ひめのはどこで轢かれたのか、考えに耽(ふけ)っていた。答の出ない考えごとをしていると、ふと名案じみたものが思い浮かぶ。これ妙なハナシだよな。

午後3時過ぎ。早く伝えたい。

 思いついた、自分なりの名案を、ヤツにもちかけようと衝動が昂じていると、自分で気付いた。居てもたっても居られない気持ちで、坂本に連絡をした。

 【自信のある相棒】 


 電話を鳴らした。ことのほか早く出た。今日は一発目。

 「坂本さん?アンタんことだから、予定時間通りに来ないだろ?前みたくスロ打ってんじゃねえかって。5時な」

「分かってんよ、このガキ」。今日は妙に意気込んでいる。多分自分のなかで気持ちと熱が上昇したのかもしれない。

 本当に早くきた。午後4時。坂本は時間にルーズなのに驚いた。

 右翼団体のメンバーがいるもんだから、示しをつけようと意気込んでいたワケか。筋モンは思いもよらぬところで礼節を重んじるから、接触する面白みがあんだよな。

 昨晩集合した喫茶店に右翼団体の連中、三人が――まるで戦時中の兵士のような揃った歩調で――こちらにやって来た。

 「こちらが名刺です!中山様!」と右翼くんA。本当に礼儀正しい。坂本とは大違いなんだよな。少しぁ学べよな、坂本もよ。その場を取り仕切るかのように、坂本も「おいA・B・C!言われなくても分かってんよな?」と念押し。

 押す念なんてないし、その矛先は自分だっつうのによ。優劣が見て取れるように分かる場面だと、見せ場をつくろうとすんのが、この手の職業の人間の性(さが)なのかもな。

 「いや、名刺とか堅苦しいのはいいから。早く座ってくんねえかな?早く進めたいんだ」とオレが言うと、「中山さんがそう言われている。従えよ、お前ら」と坂本。

 コイツ・・・見せ場がありゃぁ、自分の存在感を増すよう、場数で学んでいるんだろう。アホかと思いきや案外そうでもなかったりする、コイツの抜け目のなさ、というかギャップは面白い。

 「んでさ、もう計画は練れてんから。坂本さん右翼の三人さんよ」と、あくまで主導権は自分にあると、この場での優位性の均衡はしっかり保ちたいけれどな。

さて、本題に切り込むか。

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