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『トー横という病』


トー横キッズたち


トー横はTOHOシネマズ付近にある。
シネマズの横にあることから、この名前がついたとされる(Wikipedia)。ここにたむろする少年少女が話題となった(っている)。

 このエリアで取る奇行などが注目を浴びるきっかけになった。その話題性からか、トー横に居座る若者は「トー横キッズ」と呼ばれる。今ではトー横キッズの呼称は定着し、浸透している。

 一面だけを見ると、いかにも若者が暴走する、若者のコミュニティに映る。

ところが・・・

大人の影

(10〜20代前半の女性に声をかける中年男性)



ーー「大人が居場所を奪い、大人がトー横から抜け出せないように、若者を搾取している」
実際に足を運んだ時に抱いた印象だ。

 たむろしている者の中には、大人が2割くらい。この約「2割」が、トー横をはじめ、集うキッズたちを歪(ゆが)めているのではないのだろうか。さらに不健全な地にしているのではないのだろうか。反抗期真っ只中の、未成年たちの承認欲求を屈折させていないのだろうか。

 トー横キッズが居座り続ける動機・理由は、正確には分からない。背景には、家庭環境があるのかもしれない。メディアやSNS(交流サイト)で大々的に取り上げられているから、好奇心で集っているのかもしれない。

正直、理由を正確に把握するのは、無理に近いと思っている。

現代と昔のテリトリー


(2000年代の神奈川県)


ぼくの世代にもたむろする場所はあった。


 奇行をとる少年少女もいた。理由は十人十色。家庭環境から派手な遊びをするようになった人、非行をして周囲に認められようとしている人ーーさまざまな人たちがいた。

 ぼくらが反撥していた当時は、トー横など1箇所に固まることは、あまりなかったと思う。エリア、もしくは、縄張りの争いが目立ったように思える。

 ぼくの住んでいた、非行少年少女(当時)は縄張り意識が強かった。「〜がケツモチ」(後ろ盾)と、トラブルも多かったように思える。また、1箇所にとどまるわけでもなかったので、メディアSNSも捉えにくかったのかもしれない。

現代はどうなのだろうかーー。

 トー横は特に、非行や奇行をとる若者が、集中しているから「今のおかしな若者」をクローズアップするには都合がいいのかもしれない。

 キッズが「おかしい」「今の若い世代は」と、トー横キッズたちを十把一絡げに、おかしな「若者」と、くくる風潮は、都合がいいから。そう思える。

とはいえ、トー横キッズの中にも「分断」はあると思う。誰が自分たちの敵・味方など。

拡散力も欠かせない。

 ここまでトー横が取り上げられるようになったのには、拡散力の力が働いているからだと思える。ぼくの見たトー横キッズたちは「撮られたがっている」気がした。拡散されることで承認欲求を満たそうとしている感が、ひしひしと伝わった。

奇行や非行を拡散する・されることで、自分たちが認められるーー時代の変化に伴い、そのような考えが根づいているのかもしれない。

大人は・・・

大人が拡散し、見世物にしているようにも思えるのだ。

大人がおかしな「若者」とくくっているがために、大人の先入観通りに動こうと、トー横キッズも内心で応えようとムリをしているのではないのか。

 報道などで取り上げられれば取り上げられるほど、目立ちたがろうと、背伸びをするのかもしれない。

決めつける大人に従う、若者たちーー。

 彼ら・彼女らをトー横に縛り付けているのは、大人の決めたカテゴリーに沿って、行動するように仕向ける「圧」なのかもしれない。トー横が野良化した「責任」がどこにあるのか。追及するのには無理があるだろう。

 強いて今の段階で言えるとすれば、大人の取り上げ方が、トー横キッズたちの行動規範をつくりあげているいるように思えるのだ。

次に、とても残念に思えたのは、トー横キッズに溶け込んでいる大人の存在だ。

 まさに「いい年をした大人」が若者のコミュニティに混じっていた。見た目や雰囲気から、社会での居場所を失った「大人」が流れ着いたようだった。社会の不条理にトー横キッズたちが反発しかねない。社会との接点を避けるようになりかねない。

「社会に絶望する」若者を、大人がつくりあげている気がするのだ。

 なぜ、キッズのたむろする場所に「2割」ほどの大人が、溶け込もうとするのか、正確な意図は分からない。分かる・伝わるのは、「絶望した」若者は、「浮いた」大人と距離を置こうとしていなかったという点。

「トー横アダルト」の浸透

そのように入り込む大人を便宜上「トー横アダルト」と呼びたい。

 「トー横アダルト」が若者に接している姿から、買春をしようとしているのでは、と思えもした。しかしどこか違うもよう。キッズたちとアダルトがともに「はっちゃけていた」のだ。

社会の産物か

(真夏のトー横キッズたち)


社会から排除された大人、社会に反撥する若者ーー。

 この同化している異様な風景。歪んだ現代社会が生み出した、病巣とも言っても過言ではない気がするのだ。

 社会の競争に敗れた大人、社会に挫折した大人、みずから社会との関わりを遮断した大人ーー。そうした大人が、「おかしな」キッズのたむろする場に居座ることで、トー横問題はいっそう深刻になっているのかもしれない。

 若者がすべてをつくりあげ、若者だけが奇行をとるコミュニティがトー横だと、一言で片づけるのは、やや乱暴に思える。

背後に大人の影がある限り。



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