派遣社員沼<後編>
身体を酷使した結果
私は自分で選んだ「派遣先」の溶接の仕事を「飛ばずに」懸命に頑張った。
他の派遣社員は次々と「飛び」辞めていく中、真面目に働く私は、所属する派遣会社からは「エース」と呼ばれていたそうだ。
(前回のエピソード)
だが、その頑張りが確実に私の健康状態を悪化させていた。
体重は80㎏から65㎏まで減少。(15㎏ダウン)
顔や首は「溶接」の光で日に焼け、ただれてしまい、両指は軽い「リュウマチ」のように痺れが取れなくなっていた。
更に、約12時間立ちっぱなしの状態の為、男性には珍しい「下肢静脈瘤」を患ってしまった。
のちに手術をした。
人間関係の断捨離
ある日、東京の友人の「結婚式の二次会」に出席した。
身体はやせ細り、顔は日に焼けた状態ではあったが、友人の結婚を心から祝おうとした。
しかし、そこに待っていたのは人間社会の現実だった。
アパレル業から地方の「派遣社員」として溶接の仕事をしている私を、一部の友人たちは「侮辱」的な言葉を発してきた。
「人生終わったなw」
その嘲笑を交えた言葉に、私は少しショックを受けた。
職業が変わっても私は私なのだ。
何故そこまで見下すことができるのか。
恐らく彼ら彼女らは今まで「アパレル業」をやっている私と友達付き合いをしていたのだろう。
・お洒落な業種
・アパレル会社に勤めている
・付き合っていれば何か恩恵があるかも知れない
きっとそのような気持ちで今まで仲良くしていたのだろう。
それは例えるならば、落ちぶれた「パトロン」から離れていく愛人のような感情なのだろうか。
私はその後、時間を掛けて「人間関係の断捨離」をおこなった。
半年間勤務し契約満了
派遣会社に所属する前から、私は「就職活動」をしながら派遣の仕事をする考えだった。
だが、そんなことは体力的にも時間的にも不可能だった。
私は派遣会社に「退職する」と連絡した。
その後、仕事終わりに近くのコーヒー店に呼ばれ「辞めないで」と説得を受けた。
「時給1100円から1200円でどうですか?」
勿論カネの問題ではなく、自分の身体と将来を考えての退職なので「100円」上がりようが関係が無かった。
むしろその「100円」上げるからという言葉に無性に腹が立った記憶がある。
「今の自分の価値とはそんなものなのか?」と捉えたからだ。
「お金の問題では無いです。」
私はその一ヶ月後、契約満了となった。
「仕事ってなんだろう?」そしてまとめ
昔、小学生の頃、近所の同級生「A君」とよく遊んでいた。
A君は大人しくて優しい男の子だった。
ある時、他の同級生から「A君」のお父さんの職業を聞かされた。
「A君」のお父さんの職業は「バキュームカー」の運転手だったそうだ。(糞尿をくみ取る仕事)
それを聞いたその日から、私を含む周りの同級生は「A君」から少し距離を置いた記憶があった。
そこには子供ながらの「純粋無垢な」突き刺すような「差別」があったと思う。
今思い返すと、とても恥ずべき行為である。
大人になり「職業差別」という言葉を良く耳にしてきたが、今回の「派遣社員沼」での経験で、まさか自分に振りかかってくるとは思わなかった。
現在の「コロナ禍」で奮闘している「医療従事者達」も同様だと思う。
この世には様々な仕事や業種がある。
その中には「絶対に誰かがやらなければならない仕事」が多々ある。
そしてそれは確実に社会の為になっている。
今回「派遣社員沼」として経験した「溶接」の仕事も同様で、誰かがこの辛い仕事をやらなければ「クルマ」として完成しないのである。
派遣社員として約半年働き、身体を壊し、100万円を手にできたが、この時また「無職」に戻ってしまった。
だが今思えばこの経験は、様々な「職業」の役割を再考し、また本当に付き合うべき人間を見定める良い経験となった。
「全ての職業は世の中の為になっている」
あなたは自分の仕事をどう思っていますか?
派遣社員沼 完
■改めて就職活動をする私の目にとまった業界、それは「クリーニング会社」だった。
エピソード「クリーニング沼」へつづく
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