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ピーキーな才能をデチューンさせて仕上がった残念映画が『グランツーリスモ』です

映画『グランツーリスモ』は、(ゲームによって救済される負け犬のハングリーストーリーを感動的に描くことで)「PlayStation Productions」の地位を業界・観客に示威しようとするプロパガンダ映画だ。

バーチャルの世界で腕前を証明したプレイヤーを日産のレーシングチームの一員に加える超難関(1/90000という割合)テストを勝ち抜いた『グランツーリスモ』のトッププレイヤーである主人公ヤン・マーデンボローが、レーサーとしてある栄冠を勝ち取るまでの軌跡を描くというのが物語の大筋。

物語の当初、彼は周囲のほとんどから認められない存在であったものの、師弟・家族・友情・恋愛関係を通じて成長し、本人は“ドン底”を経験しつつも、師弟関係からなされる助言を通じた“復活”をもって、映画は感動的なフィナーレを迎える。

なんて書くと、娯楽映画としては(ありがちではあるものの)良くできた内容に思える。が、決してそんなことはない。

元プロサッカー選手で、現在は肉体労働に従事している父はゲームに不理解であるにもかかわらず、息子が現実社会で結果を残すにつれてゲームの意義を承認する存在でしかなく、母と弟にいたっては内面が描かれるシーンが皆無。主人公が長らく思いを寄せていた女性は、まるでレーサーとしての成功に伴って彼女になるだけの存在に過ぎないし、同僚のゲーマー(レーサー)たちはまるでNPCのように扱われる。

あらゆる人間関係が軽薄に、というよりも、意図的にとも思えるほど無味に描かれているのが、映画『グランツーリスモ』だ。

反面、SONY、PlayStationのゴリ押しは凄い。主人公の師匠にあたるキャラクターはいつも「SONY」のカセットテープウォークマン(WALKMAN SPORTSだったかな……)と付属品のヘッドホンを使い、主人公から師匠へプレゼントが贈られる際に選ばれるのは「SONY」のMP3 WALK MAN。さらに、映画で何度も映るマシンの車体には露骨にデカデカと「PlayStation」のデカールが貼られる……。

こうしたプロダクト・プレイスメントは、製作資本の問題で致し方ないのかもしれない。しかし、それを映画としての良し悪しのうえで認めるとしても、主人公のライバルキャラクター(金持ちの息子だから活躍できている悪役、として対置される)を悪辣に扱っている脚本にはすぐさま誤謬が生じてしまう。何度も台詞に出してまで「金持ちの遊び」を非難しておきながら、映画全体は金持ちの遊びを強固に肯定する構造になっているのだから。

「実際にWALKMANを使っていたり、プレゼントしたり、マシンにもデカールが貼られていたってだけじゃない?」

そういった解釈も与する余地がない。だとしたら、なぜ史実通りにヤンを描かなかったのか(彼は事故を起こした後に栄冠を掴み取るのではなく、栄冠を掴み取った後に事故を起こしている)。

※現地イギリスの歴史あるメディア「イブニングスタンダード」でも、物語を感動に導くために痛ましき事故を再構成する危うさが指摘されていた

というわけで、この映画は「PlayStation Productions」の地位を業界・観客に示威しようとするプロパガンダ映画であるというわけだ。

さて、『第9地区』で鮮烈なデビューを飾ったニール・ブロムカンプの魅力を分解すれば、おおよそ「刺激的な映像演出」と「資本主義社会に対するアイロニカルな問題意識」のふたつにあるが、今作はそのどちらも欠けている。後者にいたっては真逆の方向を向いてさえいる。

『Halo』にはじまり、『エイリアン5』、『ロボコップ・リターンズ』など、あらゆる企画が頓挫してきたことで、ニール・ブロムカンプは自身の“作家性”、本作でいうところの“ベロシティ”に制御をかけてしまっているのか……と思わざるを得ない。

とはいえ、どんな映画にも必ず良いところと悪いところがある。今作も、「エンジン音のリアリティある迫力」、そして、唯一あったニール・ブロムカンプらしさを嗅ぎ取れるニュルブルクリンクの事故を描いた「カクついたVFX」など、魅力ある演出・シーンが皆無だったわけではない。

ただ、ニール・ブロムカンプがこんな映画を撮っていていいのか……。という気持ちにはなる。非凡な才能の持ち主が、平凡な仕事をこなす姿を見るのは辛い。誰もが撮れない映画を撮れる監督が、誰でも撮れるような映画を撮るのを見るのは辛い。俺は作家としてのニール・ブロムカンプが好きなのだ。

もう、こんなのデカルトにWebのコタツ記事を書かせているようなものじゃないか……。

牽強付会な解釈かもしれない。と思う一方、実際ニール・ブロムカンプが『第10地区』の製作について聞かれ続けている事実があるかぎり、同じ思いを抱える人は少なくないように思う。そんなところ。

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