見出し画像

束も層も惣

さて言葉の意味は点ではなくて、面である。では、その面の範囲はどこまで広がるのだろうか。それはトレビスの苦いサラダを作るときまでである。黒いちじくとブルーチーズとオリーブオイルと蜂蜜とのサラダ。トレビスをざっくり切ったと同時に、どこまでも恣意的に接続可能で広がる言葉の意味は切断され、露出した断面に象徴化される。連続して広がり続ける面を、包丁としての言語が分節化する。ザクと音を束の間に響かせて現れた層は、また音もなく面となる。しかしなんと雄弁なテクストとしての断層か。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?