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この関係に見合う名前などないかもしれないが

色々と大変だーと珍しく弱音を吐いている。
こういう時にはとことん甘えたいモードなのだと、存分に甘やかしてあげるのが良いということをわたしは知っている。

どうしたの?辛いの?
辛い、かなり大変。

彼は仕事のことでもプライベートのことでも、思い悩んだりすることをあまりオープンにしない。それは彼の立場上、人には言いにくいことなのだろうし、「寝たら1日で忘れる」「自分で解決できる」と普段から言っている通り、人に相談せずに自身で解消できる自信からくるものでもあるだろう。もしかしたら、人に頼ることが苦手、ということも関係しているのかもしれない。

だからこそ、こうして口に出すのはとても珍しい。だから、そんな時わたしは全面的に受け止めることにしている。

会ってじっくり話を聞いてあげる時間がお互いに作りにくいので、断片的なメッセージのやり取りで状況をざっくりと把握する。
表面上の出来事は部下に対するもどかしさ、人を育て評価することの難しさだったりするが、その奥にあるものは、彼が元来持っている利他の心と、立場上の果たすべき役割との板挟みからくる葛藤なのではないかと思っている。

とにかくどんな自分自身も受け入れてほしい、全部。という感情が、言葉の端々からピリピリと電流のようにして伝わってくる。文字面だけでも、心がすり傷だらけになってジュクジュクしている様子が目に浮かぶ。
こうなっている時の彼は、とにかくセックスを欲しがる。思い切り、自分の欲望をぶつけることでストレスも一緒に排出したい。欲望をぶつける相手が、文字通り受け入れてくれる事を確認できると安心して、また現実と対峙できるのだと思う。
いつもならば、2人の間での愛情の交換であり、楽しいエンタメであるセックスだけど、心が弱っている時にはある種の逃避行為とヒーリングにもなりうる。どんなに歪んで倒錯した欲望も、凹んでダメになっている自分でも、受け入れてくれる存在があると再確認できることで、自信を取り戻せるというところだろうか。

ほんの隙間の時間を縫うようにしてこっそりと顔を合わせ、信じられないくらいの素早さでキスをし、お互いに相手の愛情を確認する。自分にはどんなに状態が悪くともセーフティーネットがある、ということを確信して、またそれぞれの持ち場に戻っていく。

あの夜は、そういう夜だった。

わたしたちには、いろんな顔がある。
社会的な立場、家族の中での立ち位置、そこここに応じて求められる役割。
そういったものをすべて取り払った上で、1人のヒトとして、丸裸になった相手をそっと包み込めるか。肩書きも立場もすべて失って、情けない姿になった時、それでも「ほんましゃーないね」とそっと抱きしめて背中をさすり、もたれるための肩を貸してあげられるか。

はじめはキレ味鋭い舌鋒を武器に、パシパシと仕事をしている彼が好きだった。少しずつ垣間見えた悩みや弱さの、その意外性に驚いたりした。
今は、何かに苦悩し自棄になっている彼のことも、本来もつ性質や人間らしさに触れられたと思って受け入れ愛せる。

わたしたちは、関係をもつようになった当初に願っていたような、恋人として、夫婦として先の人生を一番近くで添い遂げることは今後も恐らく出来ないだろうけど。
それでも恋人でなくとも、人生のパートナーではなくとも、苦悩し、自棄になり、目の前の問題から逃げる彼すらも彼らしいと思い、何かにつけて求められたら、求められなくとも、わたしは手を差しのべるのだろうなと最近思っている。

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