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「当たり前」を"実践"すること

私がオーストラリア・メルボルンに来てから
間もなく10ヶ月が経とうとしている中、
COVID-19の影響によるビクトリア州の
ロックダウンが始まってから約2ヶ月が経過。
5月11日に政府より
規制緩和の新しいアナウンスがありました。

コロナに"気付かされた"こと
このような表現に違和感を感じる方もいるかもしれません。
それでも私はこの自主待機の期間中に与えられた多くの時間の中で
”得たモノ=感謝”がいくつかあります。

それらは全て、コロナが起きる前には『当たり前』だと思っていたことばかりでした。
・仕事、収入があること
・家族/友人、自分の周囲の人たちが健康・無事でいること
・家族/友人と会いたい時に会えること
・世界中を旅すること、海外で暮らすこと
・趣味を持つことの楽しさ
・安心して暮らせる家があること
・カフェやレストラン、映画館などの施設を楽しめること
・公園、ビーチ、キャンピング、ハイキングなどを楽しめること
・屋外に出て太陽の光、風、空気を感じること
・自分自身が健康でいること

「当たり前」だった日常が何の前触れもなく「当たり前」ではなくなる。
日常が非日常になり、非日常が日常になる。
予想して、頭では理解していたと思っていたことが
いざ現実になると
人間はその現実を容易には受け入れられない。
または受け入れるまでに時間が必要になる。
一つ一つの選択・決断を迫られる。
私もその一人でした。

”実践”することの難しさ
じゃあ、もしコロナが発生していなかったら?

世界中の人が
同じタイミングで
同じことを感じ、考える
なんてことはなかったかもしれない。

コロナが発生して感謝しているということではなく、
私たち人間はいずれ、「当たり前」というものが
存在しないことに気付かなければいけなかったのかもしれない。

当たり前と”思っていた日々”に感謝をして、
当たり前を"続けていくこと”の難しさを。

「当たり前」は存在しない
私が自分の人生の指針として心がけていることの一つに
「丁寧に暮らす」という想いがあります。
一日一日を大切に、地球を大切に、周囲の人を大切に、自分のことを大切に。

人は環境や自分自身の状況が変わると
普段、意識をしていることでも
実践することは容易ではないということを改めて体感しました。
だからこそ、”想う”だけでなく、
”実践”することを今後も意識していきたいと思います。

先行きの見えない未来に不安を感じ
怯える日々が続く中で
できること

現在(いま)を精一杯、楽しんで
今できることを前向きに取り組み、未来を自分で創っていくこと。

これまで「当たり前」だった生活へ
まったくの元通りになるということはないと思います。
私たちが日常と感じていた日々は、非日常となり
非日常だった日々が日常になる。
それでも、時間は過ぎ、未来はやってくる。

ただ少しでも早く、この状況が落ち着き
会いたい人に会え、
人同士がお互いに
優しく手を繋げる日が訪れますように






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