作品紹介『見たことの無い島』
ウォンバくんの夢の中の出来事を描いた作品です。
『見たことの無い島』
研究所の玄関ホールにて。──カエルが見た景色
カエルは、部屋が静まり返っているのに気がついた。
見渡すと、広い部屋の片隅で、2つの影が折り重なって伸びているのが見える。
そこは、研究所の玄関扉をくぐったところに位置する、広い部屋だった。
中央に伸びる柱の高いところに張り付いて、慌ただしく動き回る研究所の住人たちを観察する。退屈しない日課だ。
1時間ほど前、研究所の住人たちが帰ってきて、何やら興奮冷めやらぬ様子で語り合っていた。
今日は珍しく一日中研究所を空けていたので、どこか遠くに冒険に出かけたようだ。
カエルは、この「ノーチのしっぽ研究所」と呼ばれる場所で、生まれ育ってきた。
カエルの親も、そのまた親も、遠い祖先からずっとここで暮らしているらしい。
カエルにとっては、これまでもこれからも、この研究所が世界の全てなのだ。
研究所には、現在3匹の住人がいる。
老齢のナマケモノと、若いヒムネオオハシと、幼いウォンバットだ。
そのうちのふたり、ヒムネオオハシのトロポコと、ウォンバットのウォンバが、玄関ホールの床で眠っている。
つい先程まであんなに騒いでいたのに、いつの間に…。
そこへ、もうひとりの住民、ナマケモノのスロリがやってきた。
ふたりに毛布をかけに来たのだ。
すやすや眠るふたりに、そっと手を添えて微笑む横顔は、まるで我が子を見守るかのようだ。
明かりが消され、スロリは自室に戻る。
視覚情報が途切れた途端、虫の歌声がなだれ込んでくる。
その旋律の中に混じった、ふたりの寝息のリズムが、カエルには心地よかった。
研究所の玄関ホールにて。──ウォンバくんの夢
あれ?
さっきまでトロポコといっしょに宝物を見せ合いっこしていたのに、なんでぼくは今、砂浜にいるんだっけ?
まあいいや。
ぼく、砂浜大好きだもんね。
木の枝が一本あれば、おおきなおおきなキャンバスに早変わりだ。
あっちにもこっちにも、たくさんおえかきしちゃおっかな。
頭の中に思いついた形はなんでも、すぐに描きたくなるんだ。
夢中で描いていたら、気がついたら隣にププ・カニくんがいた。
ププ・カニくんは、研究所がある島のどこかで暮らしていて、ときどきふらっと遊びに来てくれる。
でもすぐに、なにも言わずにいなくなっちゃうから、「さすらい」なんだって。
スロリ先生が言ってたよ。
ププ・カニくんが、僕が砂浜に描いた形を見て、
「それは何だい」って聞いてきた。
「うーん、何だいって言われても、何を描いたわけでもないんだけどなあ。ただ、なんだか懐かしい気持ちがする形な気がする。」
「何だいそれ、変なの。ふふふ、はははっ。」
「たしかに、これは何の形なんだろう。自分でもわからないのに懐かしい気持ちがするって、おもしろいね。」
「ところでウォンバくん、今日は帽子が珍しくキレイなんだね。いつも絵の具だらけなのに。」
「えー、いつもといっしょだと思うけど。」
変だと思いながら見てみたら、ほんとにピカピカになってた。
「ほんとだ!誰がキレイにしてくれたんだろう?」
「だれか心当たりはないのかい?」
いつもスロリ先生とトロポコが洗ってくれているけど、今日はまだのはず…
「あ!」
「なにかわかったかい?」
「はぶらしの、おそうじやさん!」
「歯ブラシのお掃除屋さん?」
「そう!歯ブラシのお掃除屋さんだよ!ぼくたち今日会ったんだ!来てくれたんだ!」
すごいなあ、あんなに絵の具だらけだった帽子が、一瞬でピカピカになっちゃった。
きっと、あのときのでっかくて怖いお魚さんとも、すぐに仲良くなって、お掃除してあげたのかもしれないなあ。
今回のお話はこれで終わりです。
お読みいただきありがとうございました。
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