1983年のリッチー・ブラックモア~中学3年生だった札幌の時間~


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「君が初めて買ったCDは?」で鬱々とする

「自分の小遣いで初めて買ったCDは何?」
それなりに”寄せた”感じで訊いたつもりだった、これでも。


      ※     ※     ※


知り合いの月刊誌編集者に新卒新人ライターを預けられたのは昨日。
取材記事のイロハを教えたいが、
編集部の中堅は自分らのことで手がいっぱいで持て余しているらしい。

「若手のライター志望は、どうせ僕みたいな
年寄りの話なんか相手にしないだろ?
新卒なんて息子くらいの歳だ。悪いけど...」

面倒くさいのもあってやんわり断ったつもり
だったが、先方にはきっちり伝わってなかったようで、
結局は押し付けられるはめに。
まあ、彼には借りもあるし仕方ない。

電話の翌日、新人君は午前中に僕の仕事場にやってきて、
「月刊〇〇編集部の〇〇です。ご面倒をおかけしますが宜しくお願いします」と
ハキハキ挨拶。案の定”息子くらいの歳”の男の子。

何の過不足もないちゃんとした挨拶、
最近の若いヤツは行儀が良い。

今日は、前から付き合いのある制作会社から回してもらった企業ホームページのテキストの取材とタウン誌の記事取材。
誰でもできる仕事だからレクチャーもへったくれもないのだが、ひととおり新卒君を連れまわることにする。

で、2件目の取材後に移動中の車で、話の間がもてずについつい出てしまったのが、

「初めて買ったCDは?」

同世代と酒を飲んでいるときなど、わりとこういう話で和むことも多い。
「小遣いで初めて買った”レコード”は?」
この場合”レコード”はLPレコードを指す。EP(シングル)はあまりその人の音楽指向に関係ない場合が多いから。

もちろん「レコード」を「CD」にした。寄せたつもりだった。

新卒君は愛想だけで笑いながら(でも悪びれたニュアンスはなく)
一呼吸おいてこたえる。

「はあ、CDですよね。小さいころには家にありましたね。たしかアンパンマンのCDだったかな。もちろん自分のお金で買ったものじゃないですよぉ。自分ではCDって買ったことがないですね・・・」

ああ、そうか。こいつが中学生の頃って2010年以降なのか!

ダウンロードか.....

顔面が、かっと熱を帯びた。これは恥ずかしい、な。
この場から逃げ出したい。

もう、こいつらの世代と俺らとでは「曲」とのかかわり方が違うのだ。

本来「へえ、そうなんだぁ」で済むような話だが、かなり恥ずかしいし
それ以上にショックだった。

ライター稼業が、常に時代の先端を走らなければならないなど、
そこまで厚かましく考えたことはさすがにない。
ただ、そうしないまでもあくまで、古いなら古いなりに
「知っているけど敢えて。一周まわって」感は持ってないといけない。

消耗品にしかならない文章ばかり産み出すのが仕事なのだから、自らの肉質はある程度アップデイトを繰り返されていなければ話にならない。

商業ライターなんて文章力よりも、そっちの方だろう。感覚商売だから。

僕の文章を読んでいるのが、20代前半の若い世代だとは決して思えない。
ただ、どこを相手にしているかはさほど問題ではない。

レコード→CD→ダウンロードと、人々の音楽とのかかわり方が変わってきたように僕らの仕事場である活字文化も、当然変化しているのだろう。

自分自身、長くやってきた紙媒体→WEBへと主戦場は移りつつあるが、細かい点は別として基本的なスタイルは変えていない。
いわゆる「SEOに寄せた書き方」は相変わらず苦手。

でも、もう限界なのだろうな。
世代間のスタイルウォーズほど無意味なものはない。

考えてみれば、こいつら(新卒君)2世代以上も下なのか、俺から見れば。

自分の子供と同世代のやつらが、
もうこっち側に来てるのだな。

いったい。。。

同世代のヤツらはどうしているのだろうか。
ちゃんとした企業に勤めているやつらは、この歳になればそれなりの地位だろう。でも管理職って退屈しないのかな.....

この新卒君をよこした編集者の彼は僕と同じ歳だけど、なにか、働き方は昔と変わっていない気がするな。
肩書は仰々しくなっているけど、やっていることは同じの気がする。

自分と同世代のスポーツ選手を考えてみる。
もちろん現役はいない。あ、1人いた。1年上にキングカズ。
世代ギャップ問題でカズにふれるとややこしくなる。

とにかくまあ、恥ずかしい思いをしたわけで、

恥ずかしい以上に、自分がいよいよ商業ライターとして
賞味期限なのだなぁ、という
もの悲しさに押しつぶされそうだった、のである。

はぁ。。。

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アイサレンダー

この日は仕事を終えて自宅に戻っても
鬱々とした気持ちが晴れなかった。

あの「CD」の話以降、新卒君とは何を話したのか思い出せない。

そういえば、僕が小遣いで初めて買った「レコード」って何だったっけ?

まあ、こればかりははっきり覚えている
レインボーの2NDアルバム「RAINBOW RISING」
邦題が「虹を翔る覇者」。


中3の時。札幌の郊外の街にて。

なんでこれが、俺の初めてだったのだろうか?

いきさつもはっきり覚えている
同じクラスで仲が良かった畑中にすすめられたのだ。

当時の僕はいつもテレビにかじりついて見ていたアイドル歌謡曲を卒業し、
イカした洋楽に目覚めようとしていた。

この年頃特有のただの”背伸び”。

もちろん「畑中」の影響は大きい。

畑中本人は、そんなにイケている印象はなかったものの
(1980年代前半の札幌の中学校ではイケている=ヤンキーだった)
割とクラスの中心的な存在だった。
そして不思議とウマがあった。

そんな畑中から教えられたのが、ラジオの
「小林克也のオールジャパンTOP20」だ
洋楽のJAPANチャート番組である。

もう、夢中になって聞いた。
音楽的にどうのこうのではない、
自分にとって未体験のカルチャーそのものが嬉しかった。
次の日、嬉々としてオールジャパンのことを
畑中と話すのがとても楽しかった。

で、そのころにランキングの5位くらいに上がってきたのが、
レインボーの「アイサレンダー」という曲。

レインボーは
ご存知、元ディープパープルのギタリスト、
リッチー・ブラックモア率いるハードロックバンド

レインボーの7枚目のアルバムからの
シングルカットであるこの曲は、
ガッツリのハードロックバンドである(このことも後で知ったのだが)彼らにしてはメロウでポップス寄りの耳障りのよい旋律だった。
もっと言えばアレンジなど含めて、耳慣れた歌謡曲寄りだった。
たとえボーカルが西城秀樹に変わったとしてもさして違和感ないようなメロディラインだ。

レインボーが米国市場を意識して、売れそうな曲を作って出した、
「日よった」とコアなハードロックファンからは揶揄されたアルバムであり
その象徴たる一曲なのだが、
当時の田舎の中学生は”このくらいの”程よい不良っぽさと激しさが
ジャストだったりする。
歌詞の内容など全くわからないが、なんかカッコイイ。

畑中も同意見だった。

このアイサレンダーを境に僕は、少ない小遣いの中から
音楽雑誌「ミュージックライフ」を買っては読み漁り、
ロックシーンを耳からではなく活字から学んでいった。

学校で使っていたクリアファイル(当時は透明下敷きと呼んでいた)には
リッチーの切り抜きを挟み、
松本伊代や早見優の下敷きの奴らに対しマウントをとった気でいた。


RAINBOW 2ndとディスクアーミー

毎日のように、学校が終わると畑中の家に溜り、
二人でロック談義をした

全てはミュージックライフなど活字からの情報だが、
「あのバンドはギタリストよりリズム隊の方がスゴい」
「あのアルバムのこの曲は、ブラックミュージックの影響が濃い」など
あっさーい、あさいところでロックを語っている時間が幸せだったし、
勝手に大人っぽい気分になっていた。

煙草を覚えたのは、もう少し先のこと。
酒を旨いと思って飲むようになったのは、さらに先のこと。

ある日、畑中が嬉々として俺に報告する
「アイサレンダーは確かに良い曲だが、レインボーの最高傑作は2枚目のアルバムらしい」

なんでも、レインボーの2ndには、あの天才ドラマー(ミュージックライフで得ただけの知識)コージー・パウエルが参加しているのだという。
スーパーギタリストに加えてスーパードラマーである。

ぞくぞくした。

何としても聞きたい。レインボーの2nd。

当時、政府の規制緩和のおかげで
札幌の街にもぽつぽつ出始めていたのが
レンタルレコード店

僕の住んでいた町にも一軒、
レンタルレコード「雷舞」という店があり
足しげく通ったが、洋楽のコアなところはまだ揃っていなくて
レインボーの2nd「虹を翔る覇者」も、やっぱり無かった

ただ駅前のレコード店「ディスクアーミー」には
ちゃんと揃っている。

その時の僕の小遣いが月額1500円
LP一枚買うには足りないし、
レンタルレコード1枚200円との価格差が、
中学生の購買意欲にブレーキをかけていた部分もある

に、しても
リッチーの超絶ギターテク(アイサレンダーではわからない)と、
スーパードラマー・コージーのセッション

もうひとつ加えれば、
その時はもうすでに、
ブラックサバスのボーカルになっていた
ロニー・ジェームス・ディオの
パワフルな歌唱(もちろんミュージックライフからの知識)も
のっかるという、
レインボー2ndの豪華さたるや!

先週末、ばあちゃんからもらった小遣いを足すと、
LPの値段2500円にギリ届く。

腹は決まった...

金を握りしめてディスクアーミーへと向かった。

かくして僕の「自腹レコード(LP)初体験」となる。

畑中は誘わなかった。

「男の初体験は一人でひっそり済ます」
この不文律が、肌感覚として中3の僕に備わっていたのではないか。

とにかく一人でレコード店に向かった。

店に入ると、目的のレコードがあるラックまで一直線に向かう。
場所は当然確認済み。
そりゃそうだ
買わないくせに、それまで何度も何度も来店しているのだから。

そうそう、これこれ
雪山の上の赤い空にかかる虹を、
巨大な手がわしづかみしている
意味深にもファンタジックなジャケットの絵柄!

これが僕の”初めての相手”

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レコードを手に取った後のことは、そんなに覚えていない

ただ、

レコード店のオリジナルのクラッチ袋を小脇に抱え、

少しだけ大人の気分だった帰り道は、
想像に難くない

「最高だった。特にB面が」


結果から言えば、

僕の初めてのレコードの音は、
僕が事前に想像していたものとは全く違っていた。

アイサレンダーのレインボーしか知らない当時の僕にとって、
このセカンドアルバムの重々しさは、

受け止めるに余りあるものだった。

全然違うじゃん。。。アイサレンダーと!

とにかくボリューミーで濃厚な、胸焼けのする
しかも実に秀逸な(これは年月を経て感じたことだが)
1枚だったのだ。
”ちゃんと”ハードロックだった。

こじゃれたカフェでアイスティを頼んだつもりが、
アブサンがショットグラスで運ばれてきた、
みたいな感覚だった。

想像していた良い感じのポップさはみじんもなく、
むしろおどろおどろしさがあり、好戦的であり、
中学生が手にするには、ヤバさすらある。

その時は、全然良さはわからない。
ただただヤバいとは思った。

アイサレンダーを聞いていたのと同じボリュームのはずだが、
倍ぐらいの音量に感じた。

コージーのバスドラがズンズン腹に響く、
リッチーが曲全体の旋律を無視するかのスピードで
ギターをかき鳴らしている。
ディオ(なぜかこいつだけ姓呼び)の”太い高音”がわめき散らしている。

刺激的だったのは確かだが、
この音楽にシンパシーを感じることは、
この段階ではありえなかった。


せっかく買った初めての1枚だったが、

その後、僕がレインボー2NDに針を落とすことは
しばらくなかった。

「この胸焼けは、しばらく良いな」と思った。

翌日、学校で畑中にレインボー2NDを買ったことを話した

「どうだった?」とうらやまし気に聞く畑中に

「そりゃ最高だった。特にB面が」
と答えたのは言うまでもない。
「もう少し聞いたら貸してやるよ」
繰り返すが、
その後にこのレコードをターンテーブルにのせたのは数年後のことだ。

      ※  ※  ※

中学を卒業した僕は

しばらくして畑中と疎遠になった

理由は別にないが、
その年頃の交友関係などそんなものだろう

高校生になって聴く音楽の幅はがぜん広がった

もちろんハードロックもたくさん聞いた。
ライブにも行ったし、自分でギターも弾き始めた。

そして、たくさんのレコードを買って聴いた。

ハードロックの良さがわかってから聴くと、
レインボーの2ndはつくづく名盤だった。

それは、ロック史に燦然と輝くほどの、

名盤だった

2020年春の奇跡


2020年

”委託新人研修”の二日目。

前日の別れ際に
「明日の取材もかしこまって行く場所じゃないから、
別にスーツでなくて良い。少々カジュアルなくらいで」
と伝えていたせいで、
新卒君はTシャツの上にリネンのジャケットを羽織り、
下はデニムという装いで僕のもとにきた

それ自体は問題ない。

ただ。。。。。

50を軽く回って、
とりたてて変化のなかった日常で、
こんな奇跡的なことが起こるのだな、と。

新卒君のいでたちを目にした僕は、
きっと漫画のように目を丸くしたに違いない。

新卒君の黒いTシャツの絵柄は

まぎれもなく「RAINBOW RISING」の
ジャケットの絵柄だった。

あの雪山の上の赤い空にかかった虹を巨大な手が握っている、ファンタジーな絵柄

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どう考えても30年以上は目にしていなかった画像だが、すぐにわかった。

ちょっと震えがきた

この新卒君のセンスもどうだ?
古着屋でこの絵柄のTシャツ見つけて買いますかね?
20代前半のヤツが


とりあえず僕の口から出たのは

「Tシャツ、かっこいいな」

の一言だけだった。

「ああ、これですか。古着屋で見つけて。
なんかロックっぽくってかっこよくないですか?
ロックとかそんな知らないですけど」

こんなことがあろうとは。。。。

ただ、昨日の、

若いヤツに対する劣等感によるヘコみが
少し解消され、元気が出たのは確かだ。

そして、僕は

次の瞬間、
自分の脳にせりあがってくる数々の言葉を
飲み込むのに苦労することになる

①「その絵柄、何か知ってる?」
②「レインボーというバンドがあって。。。。」
③「俺の思い出の一枚なんだ」
④「あの頃のロックシーンはさ。。。」
⑤「今日、終わったら飲みに行こうか」

それらすべての言葉を飲み込んで、
何もなかったかのように仕事にとりかかった。

この歳になると、
「若いヤツに面倒くさがられたくない」
が先にくる。


なにせ、今は2020年だ。


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