若い時期にしか出会えない恩人がいる。
8年前、せっかく20歳になったのに、私には全くお金がなくて若者の特権であるかのような「遊び」をした覚えがほとんどない。
18歳で社会に出てからの5年間がこれまでの人生で1番きつかったし、どう振り返ってもどん底だったと思う。
あんまりいい思い出ではないから、当時のことを思い出したくないのだけれど、とある場所に行った時必ず苦しかった日々が脳裏をよぎる。
ー 変わらない風景はときに残酷だなぁ。
そこに足を運ぶたびにそんなことを感じてしまう。だからといって嫌いなわけではなく、むしろ壁にぶつかるたびにあえてそこに行くくらい大切な場所でもある。
その理由は、きつかった思い出のフラッシュバックによってまたハングリーだった頃に戻れるからだ。これはどんなパワースポットよりもパワースポットかもしれない。
事務所と言うほど立派なところではなく、アトリエと言えるほど洒落た雰囲気もないから「隠れ家」とか「秘密基地」に近い。
もっと泥臭くて人間臭い場所なのだ。
そこには小さな本屋さんが出来るくらいの書物やたくさんのカメラ機材、人体模型などがあった。
へんなDVDもあって日本の団地の映像がただ永遠と流れるものらしい。
変態である。
その秘密基地の持ち主は「つんさん」といって、私よりも二回り年上の方で、野球がきっかけで出会った方なのだが、フリーランスとしてカメラや書き物などをしているらしい。
らしいと言ったのは会うたびに変化していて本当は何者なのか実はまだよく分かってないからだ。そもそも日本の団地映像をたまらんたまらん言いながら観れる人に何者であるか答えを見出そうとするのはおかど違いだと思った。
ー 自分のタバコだけ持ってこい。1円も持ってくるなよ。
毎回そう言って高級なお酒と絶品のおつまみを手作りで用意して待っててくれた。
ー おお!こっち座れ、こっち座れ。
私がそこにつくとニコニコしながら決まってこう言う。
ー 本、読んでるか?
つんさんは私と本の話しをするのが好きらしかった。ちなみに私は好きだった。
ー はい。先日いただいた、サリンジャーのライ麦畑で捕まえてを読みました。
ー じゃあ、次はドストエフスキーの罪と罰だな。感想発表会はそれからにしよう。
そう言って本棚から罪と罰の上・下を取り出して渡してくれた。
つんさん曰く、30過ぎると本を読んでもなかなか頭に入りにくくなるらしい。20代で「読む」をやってきた人間とそうでない人との差は30になってから分かる、と何度も言われた。
本について、仕事について、恋愛について、人間について、社会について、酒の呑み方について、いろんなことを話し学んだ。
私が思うことを思うまま話してもつんさんは正しいとも違うとも絶対に言わなかった。
正しいも正しくないもそれは守るものが違うんだから正義も違うと話してくれた。
ー お前、オモシロイな。
何度も言われたこの言葉にどれだけ救われてきたか分からない。
働けど働けどいっこうに楽にならない生活が辛いです。
「お前オモシロイな。」
彼女に振られました。
「お前オモシロイな。」
将来は自分で会社を持ちたいです。
「お前オモシロイな。」
専門学校辞めました。
「お前オモシロイな。」
私にはもう何もありません。
「お前オモシロイな。」
あとは、女の嫉妬よりも男の嫉妬の方が厄介で怖いことも教えてくれた。
何だこの人、オモシロイな、、、、。
私は23歳のときに会社を作り、その一年後には別の会社の役員になった。
男の嫉妬が怖いということを全く知らなかったらもっと慌てていたかもしれない。
「オモシロイと思え」はつんさんの口癖でいつもオモシロイなあオモシロイなあと言う。一度だけなぜ楽しいではなくオモシロイなのか?聞いたことがある。
楽しいには気分的な要素が強いが、オモシロイは自分の意思であることがその理由らしい。
私はそれがすごく気に入っていて、「オモシロイ」は文字の並びだけ見ると大したことないような感じがするが、そこには間違いなく強さが隠れていると思うからだ。
壁にぶつかったときに単に楽しもうと思っても人間はそう簡単な生き物ではない。
だが、困難な場面に遭遇したときに、「オモシロイじゃねーか。」となれば現実を受け入れながら先に進むことが出来る。
未だになぜこんなに自分のことを大切にしてくれたのか全く分からないのだが、お金も経験も何も無い若い時期に面倒を見てくれた感謝は大きい。
もしかしたら若かったからこそ出会えたのかもしれない。焦る私に、焦る必要はないから、生ゆっくり急ばいいと教えてくれた。
強烈な劣等感を抱き、自己嫌悪と自己否定を繰り返す毎日に、3Kよりも大事な3Kは「謙虚・感謝・敬意」であると教えてくれた。
ー 自己啓発みたいで嫌いか?ハッハッハッ。
と笑っていたが私は今でもポケットの中で唯一放すことなく握り締めている。
そもそも身長が165センチしかない私にとって1つの「K」はどう足掻いたって、もう手に入らない。
涙が出そうである。
恩人と呼べる人はそうそう出会えるものではないが、お金もなくて経験も知識もない真っ白な状態の若い時期だからこそ出会える恩人もいると思っている。
それこそ本当に「拾われた」思いでいっぱいだ。
その時は救われたではなく拾われた感覚に近かった。
救われたと思うために、過去を変えるために、今頑張るしかない。あのときの苦い思い出も今となっては笑い話しにできるのは、今を生きてる人にしかできない。
過去と他人は変えられないというが、経験を重ねた学びと言葉によって変えられる。
全く価値がないと思っていた自分をオモシロイと言い続けてくれた。実際オモシロイかどうかは私にとっては一切関係がなく、それだけで前を向けた。
若い時期にしか出会えない、私を大切にしてくれた人に対するせめてものお礼は一生懸命生きて彼を恩人にするしかないのだ。
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