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アフロばばあ 3話「鬼の正体」/「事件」

【あらすじ】
化け物が棲むと言われる、通称「怪物トンネル」で頭をかじられた女性遺体が見つかる。そこには、縮れ髪の中年女「アフロばばあ」がいたようで……。
そんな中、ゴシップ記者として働く柏木奈々は、何者かに追われ負傷する。目を醒ますと、病院のベッドで見知らぬ男が鬼のような形相で、自分を見下ろしていた。

■3話「鬼の正体」

 「ぎゃあ!」

 奈々はパニックになり、ベッドから逃げ出そうとした。

「すみません! 怪しいものじゃないです」

 男の声から、鬼を思わせるトゲトゲしさや威圧感はなかった。むしろ優しい声に聞こえ、奈々はゆっくりと男の顔を見上げた。男は黒いシャツに、黒いパンツ姿で、年齢は二五歳前後だろうか。すっきりした顔立ちをしていた。はじめて見る顔だ。

「突然母が、大変失礼なことをして申し訳ございませんでした」

 深々と頭を下げたと思ったら、泣きながら土下座をした。奈々は慌てて、男を止め、枕元にあったティッシュ箱を渡した。先程の恐ろしい表情は、罪悪感からきたものだったのか。

「あなたはあの女性の息子さんですか」
「申し遅れました。私は平川タケルと言います。母は平川やよい。先日、姉が怪物トンネルで殺されて、それで……」

 タケルと名乗る男性は、編集長が追っていた事件の遺族だった。
 遺族がなぜ担当記者でもない人間を執拗に狙って刺す必要があったのか。もしかして担当記者と間違えて刺したのかと尋ねたが、首を振り謝罪するばかりだ。

「謝るより、きちんと話してください」
「すみません!……実は、怪物トンネルで事件があった九月二六日、姉は久しぶりに家に戻ってくると言っていたんです」
「お姉さまは一人暮らしをされていたんですか?」
「お恥ずかしい話ですが、数年前、同棲すると家を出て、すぐに彼氏と別れたものの実家には戻らず、そのまま一人暮らしをしていました」
「なぜ、あんなことに?」
 事件当日。タケルは家で食事をすると言っていたのに帰らない姉を心配して、夜の九時過ぎに彼女に電話を入れたという。

「十コールほどで出ました。しかし息が切れぎれで、ようすがおかしくて。『いまどこ』といったら姉は『アフロ……ばばあ』と言ったんです」
「アフロばばあ?」
「たしかに、そう言いました。それきり声は聞こえなくなりました」
「声が聞こえなくなったというのは、電話は切れていないという意味ですか?」
 タケルは唇をかみしめながら
「風が吹いているんです。ざあざあああって。母と一緒に呼び掛けても風の音しか聞こえないんです。しばらくして、男性の叫び声がしてすごい勢いで走り去る足音が聞こえました。しばらくすると……救急車の音が近づいてきて……」
 走り去った男が救急車両を呼んだのだろう。
「まさかあれが、最後の言葉になるなんて思いもしませんでした」
 そういうとタケルは、唇をかたく結んだ。タケルは警察にもその話をしたが、犯人はいっこうに見つからない。警察なんてアテにならないと思ったタケルの母、やよいはだんだんと壊れていったという。

「母は、同棲すると姉が出て行ってから、姉が好きだった『星に願いを』をくちずさむようになりました。歌っている母はとても幸せそうでした。
 多分、まだ自分と手をつなぎ歩いていた姉の記憶と戯れていたのだと思います。しかし姉が死んでからは、『星に願いを』がエンドレスで聴こえるようになりました。ずっと鼻歌をうたうんです。……まるでオルゴールの中で暮らしている気分でした。頭の中に響くんです。ゆっくりゆっくりあの曲が。母の体中から奏でられて、姉を強制的に蘇らせようとしているようでした。生きている者と死んでいる者を、歌で縫い合わせていくようなそんな緻密な作業のように思えたんです。僕は徐々に、母の鼻歌の中に、姉の歌声が混ざって聴こえるようになりました。高音の姉、低音の母……それがずっと続いて。頭がおかしくなりかけて……こわくなって、家を飛び出したんです」

 タケルは二四時間営業のコワーキングスペースで寝泊まりするようになった。そんなときにSNSの投稿を知ったという。

「母に、姉の最後の言葉を伝えたのがいけなかったのかもしれません。母は暴走して、SNSに勝手に投稿していました。するとファスト出版の編集部から連絡があったんです。『弊社に、アフロ姿の三十代半ばの女性記者がいる』と。母は、いつになく生き生きとし始めました」

「……もしかして、その連絡は龍崎という人物からでしたか」

 タケルは首をかしげた。母親のやよいがSNSのアカウントを管理していたため、わからないという。だが編集長は、取材依頼をしたといっていた。奈々の情報を伝えたか否かはともかく、編集長からの接触はあったはずだ。だが、タケルは何も知らない様子だった。

「私がこんな髪だから犯人だと思い、お母様は私を刺したと?」
 タケルは申し訳なさそうに頭を下げた。
「母は……誰かを恨むことで心を保っていたんです。本当に失礼いたしました」

 ふたたび泣き崩れてしまった。奈々は生きているが、彼の姉は何者かに殺され、もう笑ったり泣いたりする姿は見られない。そのうえ母親は、傷害事件を起こして逮捕されてしまった。目の前の男は、母親が起こした罪を自分のことのように感じ、崩れきっている。

 その小さな姿は、かつての自分を見ているようだった。

 奈々の髪の毛は、生まれたときからくるくるっとしていた。縮毛のうえ、広がりやすい。母に頼んで縮毛矯正をしても、すぐにもとに戻ってしまう。むしろ何かを施すほどに、髪の毛は痛み、縮れは酷くなっていった。
 小学校四年生のとき、忘れ物をとりに教室に戻ると女子たちの声がした。「マラカスみたいだよね」「小鳥飼えそう!」という楽しそうな会話。「なになに、どうしたの?」と仲間に加わろうとドアを開けると、奈々の顔より少し上を見た途端、静かになった。みんな申し訳なさそうに帰っていった。すぐにわかった。自分の髪の毛がくるくるしているからいけないんだと。

 小さい頃から髪の毛と小柄な体格のせいか、からかわれてきた。だがまさか自分が、殺人犯扱いされるなんて。これまでで一番、自分の髪の毛を「殺してやりたい」と感じた。

「よくここに来られましたね。私がその『アフロばばあ』だったらどうするんですか」
「申し訳ございません。編集長さんから、姉の死亡時刻に奈々さんは仕事をしていたと聞きました」
「嘘をついてるかもしれないじゃないですか」
 奈々の言葉に、タケルは大きく首を横に振った。

「たしかに、それも思いました。でもここに来て、確信しました。あなたは犯人ではない。姉は、頭を立った状態でかじられ、髪の毛を引っこ抜かれていました。姉の身長は一六五センチあります。あなたのように小柄な方には、到底無理です。お会いしてはっきりしました。本当に母が先走ってしまい、申し訳ございませんでした」

 奈々が昏睡状態のときに、警察が会社にきて事件当日のアリバイ確認が行われたそうだ。

 奈々は、事件当日である9月26日の記憶を遡った。あの日は、もうすぐ9月も終わるというのに、外に出るとじわっと額に汗が滲む陽気だった。
 取材で遠方から戻ってきた奈々は、事務所に戻るとすぐに1本の電話を受けた。3日後に予定していた大人のおもちゃを扱う会社の社長インタビューが急遽変更になったと知らされた。

 明日から海外に行くことが決まったため、9月26日の午後9時に変更して欲しいというのだ。

 慌てて取材準備をして出た。あまりにバタバタしていたため、行き先は編集長にしか告げず、ホワイトボードには何も書かずに飛び出した。
 インタビュー後は、社長が食事をご馳走してくれた。そのため解散は深夜12時をまわっていた。 

 事件当日のことを思い浮かべた途端、強い違和感がくすぶった。
 編集長は、お見舞いの際、警察のことなど一言も言っていなかった。
 
 心配しないようにとの配慮か。それとも自分が部下を売ったことで無実の奈々が昏睡状態になったと、罪の意識を感じていたのか。

 もし部下を売ったのが編集長以外となると、あの日残業していた会社の大半のメンバーが怪しいことになる。

 そもそも、密告者が社内の人物ならば、犯行時刻に奈々が取材に行っていたことは編集長に聞けばわかることだ。「どうせアリバイはあるのだから罪に問われることはない」と知っていたからこそ売ったという可能性もある。

 悪質だ。

「ずっと橋村市に住んでるけど、私みたいな髪型の女性に会ったことないの。この髪型の女性に会ったら、私、絶対に覚えているはず。ずっと悩んできた髪だから」
「……だとしたら今後も、アフロばばあが逮捕されるまで、嫌な思いをしてしまう可能性があります……ね」
「ふざけないで、誰のせいで!」
 思わず怒鳴ってしまった。あわてて「ごめん……あなたに怒っても仕方ない。……ただ、私はずっと髪型のせいで、犯人と疑われ続けるのかと思うと……正直、ゾッとする」といった。
 タケルは再び頭を下げた。
「申し訳ございません!」
「あやまって何になるの?」
「アフロばばあは、僕が捕まえます。そうしたら、あなたが潔白だと世間にも証明できる」
 たしかに、アフロばばあが他にいることが証明できれば、疑われずに済む。それにずっと悩んでいた髪型。
 アフロばばあという、絶対的な「悪」を見つけることで、髪型への意識も変わるような気がした。
 奈々は、タケルのほうに上半身を向かせ、すくっと背筋を伸ばしていった。
「これでも記者の端くれです。私もお手伝いします」

■事件

 町内を流れる橋村川の水量は少なく、鳥がつんつんと歩いて水遊びをしていた。柔らかい日差しが水面に変化を与えている。

 一週間ぶりに歩くこの道は、鬱々とした奈々には非常に眩しくうつった。
 病院に寄ってから来たので、会社に着いたのは午後1時ごろだった。みんな、奈々の姿を見ると、口々に声を掛けてくれた。だが、忙しいのかすぐに仕事に戻ってしまう。

「あの、有休の申請に……」

 近くにいた事務員の春美に声を掛けたとき、編集長が帰ってきた。編集長は奈々に気づくと、いつもの笑顔を向けた。
「もう大丈夫か?」
「……ですから、明日からも有休をいただければと思いまして」
「そうだったな。でもそれだけなら、電話でもよかったのに」
 編集長は事務の手続きが終わったら会議室にこいといい、慌ただしくデスクに戻った。
 有休の申請はすぐに終わり、会議室に入る。編集長は資料をぶちまけ、記事にまとめていた。デスクの上は、宇宙人らしきミイラの写真が並んでいる。
「大収穫ですね」
「おう、はっきり映ってるだろう。で、なんだっけ?」
「編集長が、こちらに来いと」
 目の下にひどいクマを作った編集長は「ああ、そうだった。まあ座れ」と、奈々を向かいの席に促した。
「怪物トンネル事件の続報だ。……昨夜、また頭をかじられ、髪の毛をむしられた遺体が見つかった。死亡推定時刻は、共に午後8時ごろだ」
「複数人殺されたのでしょうか?」
「三人だ。同時刻に、違う場所にいる三人の人間が、頭から血を流しながら、それぞれ異なる殺害方法で殺されたんだ」
 

次はこちら
https://note.com/natukuma/n/n4a596e1d6c7c

【これまでのおはなし】

・アフロばばあ 1話「序章」https://note.com/natukuma/n/n01491021dd02

・2話はこちら↓


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