(小説)いちごとバナナのとびら
いちごが描かれたとびらに手をかけた。開かない。
これで、10のとびらに拒否されたこととなる。
赤地のドアには、あまだれ型の小窓がたくさんついている。のぞくと、薄紅色のなにかが揺れていた。それは輪郭すらつかめない砂漠の画であり、空気の痕跡のようだ。
私はあちら側にいきたい。
いちごは、やすらぎであり、毒を吐き、勇気をもらえる存在だ。なによりも、子どもの頃からの夢。私は、いちごになるために、ここまできたのだ。
だが、いちごのとびらは、私をたやすく受け入れてはくれなかった。いちごになりたい人はたくさんいる。才能のある人がノックをすると、すぐにとびらが開くこともあった。なのに私が入ろうとすると、とびらは役目を終えたセミのごとく、力尽きてあらゆることを放棄する。
次にとびらが開く瞬間まで、アスファルトのごとく動かない。
どうして、そっちにいけないの。どうして、受け入れてくれないの。何度叫んでも、とびらは何も教えてちゃくれなかった。
「こっちにおいでよ。そのとびらは、なかなか開かないよ。試しにこちらを開けてごらん」
そう誘ってくれたのは、バナナのとびらだった。バナナは愛想が良くて、私をすきだといった。私もバナナがすきだ。
だけど、バナナになりたい訳ではない。バナナはおいしいし、持ち運びもしやすいけれど、いちごみたいな酸味や恋煩いのような切なさに欠ける。緑色の帽子もついていない。だから私は「ごめんなさい、いちごになりたいの」と断るつもりでいた。
なのにとびらは開き、私はなかに入った。バナナの青い香りとともに、たくさんの人が私のまわりにやってきてくれた。みんなとてもやさしくて、私を信頼し、頼りにしてくれた。この場所も捨てたもんじゃない。
バナナの世界で数か月が過ぎていった。それはとても幸福で、愛情に満ちた日々だ。
だけど、いちごのことを忘れたことはなかった。夜、ひとりきりになるといちごを広げ、みつめた。いちごのつぶ、ひとつひとつが文字となり、私を癒してくれる。私は、やはりいちごになりたい。いちご側の人間になりたい。
夜中に家を抜け出して、いちごのとびらを探した。いちごのとびらは至るところにあるけれど、どれも開いたためしはない。
じゃあ、語りかけてみようか。と10分ほど喋ったけれど、すぐに言葉は消えてしまった。受け入れてくれないとびらに、執着する意味はあるのか。バナナのとびらは、私をあいしてくれる。そこでたのしく、ゆたかに、暮らせばいいじゃないか。バナナのとびらのなかで、ともだちを作り、見知らぬなにかを築き上げてみればいいじゃない。なにも、いちごにこだわらなくても。私を受けれてくれるのは、バナナなのだから。
そう思った時、ひとりの女がボサボサの頭をかきながらやってきた。いちごのつぶをならべ、いちごのとびらになにかを語りかけている。
「そんなことをしても無駄だよ。このとびらはそう簡単に開かないんだ」
するとボサボサ頭の女は、私にわらった。目の下にクマのある、ワシ鼻の女だ。
「知ってるよ。私はここに3年ほど通ってるからね」
すると光が差し込み、女の前に佇んでいたとびらが音もなく開いた。いちごの香りが辺りに広がり、私のところまで漂ってくる。
「まって!」
とびらまで走った。
「まって、行かないで!」
とびらは非情にも、ボサボサ頭の女だけを連れてしまっていく。
「いや、まって!」
「あなた無理だって言ったじゃない。そうやって決めて。そうやって逃げることを選択したのは、あなたなのよ」
閉まりかけたとびらから、ボサボサ頭の女の声がした。私はいつの間にか走るのをやめていた。とびらは閉まり、ひかりも消えた。
ふたたび開かずのとびらとなった、いちごの入り口。
楽しさからバナナを選んだ。先ほどの女は、私がのんきに過ごしている時も、あきらめずにずっと通い続け、見えない鍵をといていたのだ。反応のない相手に、願い、希望をカタチにするために最大限に想像し、動き、あきらめなかったのだ。
そっと、あまだれ型の窓から中を覗いた。先ほどの女性が、かろやかに舞っている。彼女はいちごの世界で、艶やかな髪を持つ女性となっていた。
私の頬に涙がつたう。彼女の美しさにではない。これまで一度も見えなかったとびらの向こう側の輪郭が、ほんの少しだけ見えたことが、うれしかったのだ。それは、すごい進歩だ。これまでにない奇跡だ!
深呼吸をして、そっととびらに手をのばした。
これでダメでも、まだ挑む。そう心にきめながら。
(了)
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(あとがき)
こちらの小説は、小野美由紀さん主催のクリエイティブ・ライティングスクールの第1回目課題「私のかたち」として執筆した。小野さんが、掲載してもいいとおっしゃっていたのでnoteに載せている。
「私のかたち」という課題を知って、まず思ったのが「そんなものないなあ」だった。好きなモノはあるけれど、人やモノをきらいにはならない性格。細かいことは気にしないし、こだわりもそう多くはない。実に、おもしろみのない女なんだな、こうやって書いていくと。
そんなわけで、私についてのフローチャートをつくってみた。それは実にうんざりする作業で、どうしようもない自分の心の底をえぐりだす行為。どうやら私は、果てしなく逃げてばかりの女だった。逃げるなんて自覚もなく、逃げつづけていたのだ。
だれかが「毎日書かないのは逃げているからだ」というようなことを言っていた。まさにそれ。他にも逃げていることは、たくさんあった。「ダメだと思われるのがこわい」「負けるのが嫌だから、はじめから戦わない」「褒められると逃げ出したくなる」「バカにされることに慣れすぎている」「期待されると不安になり裏切りたくなる」など、あげればキリがないほど小心者で、卑屈で、傷つくのを恐れていた。
それじゃあ、心に響く文章なんて書けないよね。私が、息苦しいことに気づいていなかったんだもの。
そんなことに気づけた今回の課題。今後、どのような指摘を受けるのだろう。きっとにやけてばかりはいられない、刺や沼があるに違いない。だってクリエイティブという名がつく以上、簡単であるわけはないのだから。
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