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マネーリテラシーレベル10の女がレベル1の会社に就職したら…iDeCoを始めるまでの道のりが長すぎた件

こんにちは、毎日暑い中お疲れ様です。
しがない会社員のなつ(@yurunatu)です。
普段はTwitterや個人ブログで投資のこと、お金のことなどなどを書いていますが、どうも今回は毛色が違うのでnoteにて筆を執っております。

投資やお金のことをブログに書いているくらいですので、ガッツリ儲けている……かはご想像にお任せいたしますが、投資ブログを運営する身としてこの1年非常に肩身の狭い思いをしておりました。
その理由は、iDeCoに加入していないから。

老後2,000万円問題を発端に、老後資金を作るため資産運用を始めた方も少なくないことでしょう。その2,000万円という額の真偽はさて置き、老後は想像以上にお金が必要だと危機感を煽るには十分すぎるニュースです。
私はいわゆる一般職のお仕事をしていますので、お給料が今より劇的に上がる可能性は低く、かとってキャリアを積んでいくほどの器量もありません。
そんな人間にも老後は等しくやってきて、仕事を辞め、収入<支出の生活が待っているのです。
さすがに底辺の学校をヘラヘラしながら卒業した私でも「ヤバい」ということは分かります。そして、「ヤバい」と思った後には「どうにかしなきゃ」という気持ちが沸いてきました。

そこで思い立ったのがiDeCoです。

しかし、このiDeCoは簡単には始められません。
会社へ必要書類を書いていただく必要があるのです。

私の場合、その書類を書いていただくのに、なんと1年もの時間を要しました。
どうしてそんなにも時間がかかったのか……。
それは、私以上にマネーリテラシーレベルの低い会社だったからに外なりません。
(普通なら「始めよう」と思ってから2.3ヶ月で始められますし、法改正が進み2022年からはもっと簡単に始められるようになります。これは朗報!)


このnoteは「どうにかしなきゃ」と思い立ち上がったマネーリテラシーレベル10の女と、マネーリテラシーレベル1(底辺ヤロー)の職場との仁義なき戦いの全記録を読みやすいように小説風にまとめたものです。
どうぞ、楽しくご覧ください。それでは、本編スタート!

夏の陣:敵は同じ課にあり

「佐々木さん、おはようございます。この書類、ここ、そうここ。必要事項記入していただけませんか?」
 暑い。東京の夏はすこぶる暑い。いや、地元の夏も暑いが、暑さの質が違う。纏わりつくような湿気。近隣のビルの反射熱。日陰まで迫りくる熱気。おまけに満員電車の鬱陶しさと煩わしさと、汗の匂いとデオドラントの香り。 
 カオスな東京の夏の朝に、会社に着いた時点ですでに疲労困憊のなつは、それでも背筋を伸ばす。そして、心許ない安い通勤バッグから、皺にならないように死守したとある書類を総務課の係長である佐々木の前に差し出した。
「なぁに? これ?」
 同い歳の佐々木は、朝ごはんの菓子パンを頬張りながら間延びした声を出す。始業1時間前の総務室は、なつと佐々木しかいない。潔癖症の総務部部長・原はデスクの上で物を食べるのを嫌っている。それは総務課に配属された瞬間から総務課きってのお局・南海に教えてもらった。が、今は二人ともまだ出勤していない無法地帯であり自由時間なのだ。
 毎朝早めに出勤する佐々木が、こうやって朝ごはんを食べているのを知っているのは、同じく毎朝早めに出勤しているなつだけだ。それをなつは誰かに言うつもりもなければ、佐々木もなつが告げ口をするとも思っていない。ただ二人の間では「いつものこと」なだけだ。
「そろそろ代謝落ちる歳なんだから、気をつけないと太りますよ」
「分かってるよ。でも美味いもん」
 甘い菓子パンを甘いカフェオレで流し込む佐々木の、そのスラっとしたスタイルが羨ましい――、なつはほんのちょぴり目の前の男に嫉妬した。その嫉妬の対象者の男らしい喉仏が上下に動き、菓子パンもカフェオレも全てを流し込むのを静かに見届ける。そして、佐々木が一息つくのを待って、本題を口にした。
「確定拠出年金――、iDeCo。この前話したでしょう。ここ会社に記入してもらわないといけないから、よろしくお願いします」
「いつまで? すぐにはできないかもだけど、大丈夫?」
「気長に待つから大丈夫」
 敬語とタメ語の混ざった会話も、二人の「いつものこと」だ。
「この書類持ってきた社員初めてなんだよな~。部長にも言わないといけないし。うちの場合、専務が煩いでしょ。なんて説明するかな~」
 いかにも面倒くさそうに佐々木は頭を掻いた。流し込んでなかったのかと、なつは数十秒前の佐々木を思い出す。それでも、佐々木が本音を漏らすことができる相手が自分であることが、少しだけ嬉しかった。
「頼んだぞ、係長!」
「都合の良い時だけ、それかよ」
 年甲斐もなくギャハハと笑い合い、なつはやっと自分のデスクのパソコンの電源を入れた。
 面倒なのは専務だけではなく、この会社自体だ――。
 佐々木には気づかれないように、静かにため息を吐いた。そして、気を取り直し、就業時間後に送られてきている社内メールに一通り目を通す。隣の課からのしょうもない内容のヘルプ要請、現場からの社内メールを使ってまで寄越すなと即ゴミ箱行きの愚痴が書かれたメール、気まぐれ理事に振り回され、急に節約節制を言い出し始めた部長……。
 面倒そうなのは入社前から分かっていたはずだ。なつは自分に言い聞かす。
 だから覚悟は出来ていた……と、入社前の佐々木とのやり取りを思い出す。
 なつはこの夏にこの会社へ転職してきた。入社してすぐに佐々木とも「いつものこと」という関係性を築けたのも、入社前から佐々木とは細々としたやり取りをしていたからだ。

 総務課長が体調不良を理由に退職したのは、なつが入って来る2ヶ月前。そこから課長不在の総務課を回していたのは、佐々木だった。
 労務も担当していた佐々木は、急に空いてしまった穴を埋めるため、目の回るような忙しい日々を送っていたそうだ。
 なつとの初対面は、なつの採用面接時。面接が終わり、エレベーター前まで送ってくれたのが佐々木だった。
 そこで初めて会った死にそうな目をした佐々木に、なつは思わず「体調悪いんですか?」と聞いた。
「いや、忙しくて……」
 少し気まずそうに佐々木は答えた。
「大変な時に私はこの会社を受けてしまったようですね」
「歓迎するよ?」
 佐々木は冗談半分本気半分といった口調で、なつを見た。
 なつは事務員の中途採用の求人に応募した。にもかかわらず、採用面接には専務がいた。「大袈裟な……」とその仰々しい面接に驚きを隠しつつも、何やら事情がありそうだと専務と総務部長だと名乗った原という男の言動をじっくり観察したのだ。
「私にも選ぶ権利はあるんです」
 その事情とやらは、佐々木のこの表情を見るとどうにも深そうだ。なつは自分の考えが読まれないように佐々木からわざと視線を逸らし、なかなかやってこないエレベーターの表示を見つめた。
「まじか」
 佐々木は大袈裟に肩を落とす。
 初対面、しかも面接を受けにきた者に対し、あまりにも素をさらけ出しすぎではないか。ただ、佐々木に対して親しみを覚えたのも事実だ。それが可笑しくて、面接の緊張から解き放たれたなつは笑みをこぼした。
 それは佐々木も同じであったようだ。採用面接時終了後のほんの数分のやり取りで、佐々木は部長や専務になつをプッシュした。
 そのおかげか面接を終えた3時間後には、「採用したいと考えています」と原から電話があった。なつとしても、条件がぴったり一致する会社からの採用の連絡である。頭で考える間もなく「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」と返事をしていた。
 だから――、面接で覚えた違和感は、心の中にそっとしまった。

 なつがこの会社に入る数ヶ月前、まだブラックな職場で佐々木のように死んだ目で働いていた時、世間は突如として出てきた老後2,000万円問題に大騒ぎをしていた。
 この老後2,000万円問題は、金融庁金融審議会「市場ワーキング・グループ」が公表した報告書が基となっている。
 年金をもらっていても夫婦二人の生活ではあと2,000万円足りない――、そのような報告が世間に与えた衝撃はものすごかった。あまりの衝撃に、「年金なんて無意味じゃないか」「毎月バカ高い税金支払ってるのにやってらんねーよ」といった絶望にも似た言葉が世論を締めた。それを受け、水を得た魚のようにイキイキとし出した記者たちは財務大臣兼内閣府特命大臣(金融)に詰め寄った。大臣は「そんな報告受けていない」といつもの調子で答えたのだった。 
 本当に2,000万円が必要なのか――、専門家以外の一般人もすぐに検討・議論に入るところが、いかにも真面目な日本人らしい。
 それもそのはずだ。
 日本人の人口は年々減り続ける一方、高齢者の割合は増加傾向である。世界一の高齢化社会と呼ばれている日本において、加齢による退職後の生活をどう送るのかは死活問題なのである。
 2019年の日本人の平均寿命は女性が87.45歳、男性が81.41歳となっている。例えば同い歳の夫婦が65歳でそれぞれ退職しても、16年もの間二人で年金でやりくりし、また女性の場合は、その後6年間一人でやりくりをしなければならない。
 日本人の平均年収は、2018年で男性577万円、女子279万円である。この給与で老後資金2,000万円を貯めなければならないのだ。この金額が夫婦での試算となると、働いている間の日々の生活や子どもの教育費なども掛かってくる。単純に「貯金」「資産つくり」といっても、老後だけのために2,000万円を貯めるというわけにはいかないのだ。となると、相当の頑張りが必要であると容易に想像できる。
 老後2,000万円問題が明るみに出てからというもの、連日ワイドショーやニュースショウでは2,000万円を貯める方法や国の年金問題を糾弾するような内容が並ぶ。深刻そうに眉間に皺を寄せながら、コメンテーターを務める芸能人たちは国に対し小言を言っていた。
 
 束の間の昼休憩、パートさん達の愚痴とテレビから流れてくる言葉を聞き流しながら、なつは栄養ゼリーを片手に求人情報サイトを眺めていた。
 なつは良くも悪くも向上心のない人間だ。人生のモットーは「現状維持」と「平穏無事」。仕事での出世欲はない。だが無駄に勤続年数を重ねれば重ねるだけ、それなりのポジションになってきた。それは、なつが望んだ働き方ではなかった。

 なつは大学を卒業と同時に国家試験を受け、管理栄養士の資格を手にした。国家試験前の頑張りは、なつの人生において大きな意味を持つ。
 努力なんてしたくない。ただ、そこにある日常を平穏無事に過ごしたい。
 そんななつが合格率17%前後の管理栄養士という道を志したのは昔から「食べるのが好き」という単純な動機と「両親共に肥満家系」という遺伝子に逆らいたかったからだ。大学で専門的なことを学び始めると、楽しくて仕方なかった。歴代の学生達がボロボロになって帰ってきたと噂の病院で実習をした時も、なつは相変わらずマイペースに目の前にあることを淡々とこなした。後日、臨床栄養学の教授から聞いた話だと、かの病院の栄養科は、大学側に学生の成績と性格を聞き取った上で実習生の受け入れを行うそうだ。そこに実習に行けたことが、なつは単純に嬉しかった。だから試験勉強も頑張ることができた。
 管理栄養士の国家試験は、その当時は新卒での合格率は100%に近い。この機を逃してしまうと自分の性格上、二度と試験を受けようとしないだろうと思ったなつは、人生で初めて必死になったのだ。

 その甲斐あり、試験には余裕で合格、九州の片田舎に戻り、地元では一番大きな病院に就職した。

 だが、この病院はブラックな職場を権現化したような職場だった。自分自身の精神を削りながら、いつの間にか「現状維持」と「平穏無事」だなんて言葉とは程遠い生活が8年も続いた。その間に栄養士の先輩方は皆辞めていき、なつは入職4年目にして栄養科の長となっていた。

 プライベートの方はと言えば、3年同棲し婚約までした彼氏に浮気をされ、言い寄ってくる人たちは皆、なつの職業に惹かれていた。「ご飯作ってくれそう」「家に帰ったら美味しいご飯が待ってるって最高」と言った言葉を並べられた。なつはその都度「お前のおかんやない」「自分の食う飯くらい自分でどうにかしろ」と爆発したものだ。
 そんなストレスフルな毎日に疲れ切っていたなつが、転職を真剣に考えるようになったのは自然なことだ。
 めぼしい求人にブックマークを付け、賑やかな方を向く。調理員のパートさん達は、相変わらずテレビを見ながら楽しそうに愚痴を言い合っていた。20代の頃は、そういう会話に嫌悪感を抱いたものだ。しかし30を超えると、パートさん達のその行為はある意味健全かもしれないと思い始めている。
 愚痴が出るということは、現状に不満があり何かを変えたいと思っている証拠だ。それが例え行動に移せなくても。
 ギリギリの精神状態で生きているなつにとって、老後2,000万円問題は1秒先の未来すら絶望に変える。
 忙しいは心を亡くすって本当だなと自身を顧みた。

 世間では、老後2,000万円問題と共に「働き方改革」も興味関心を集めていた。
 その働き方改革という具体性のない政策に乗っかるだけ乗っかる上層部。上層部が命令を下すだけ下し、業務改善には予算を組まないのは、国という最もたる上層部が具体策を示さないから致し方ない。残業は美徳、24時間働き続けることのできる身体を持っていることが自慢な人達が今の日本の上層部を占めているのだ。
 さらになつの働く業界は医療という特殊な世界だ。医者にとって労働基準法はあってないようなもので、その他の職種も「お金のために働くわけじゃない。人を助けることが私の使命」と言った間違った働き方の意識が根強い。
 むしろ必要なのは、その使命感とお給料が比例することだ。
 ただ、病院の中で栄養科というものは、利益を生み出せる部署ではない。
 患者の話を親身になって聞き、その人の生活に落とし込みやすい食事の取り方を懇切丁寧に教えても、栄養指導1件あたりの診療報酬は雀の涙程度だ。
 病院のご飯は美味しくないと言われがちだ。小さい頃からよくしてもらっている「知り合い」のおじちゃんおばちゃん達が、身体の調子が悪くても入院したがらないのは、それもあってだ。そして悪化するのだ。
 なつはそれに心を痛めた。悪いイメージを払拭しようと、調理員たちと何度もミーティングを重ね、時にはぶつかり合いながら、様々な工夫を凝らしてきた。その甲斐あって、その地域の中では「ご飯が美味しい病院」として評判だった。それでも食材料費は据え置きだ。年々上がる原材料費だが、1日に使える食材料費は上がらないため、暇さえあれば1円でも安い店を探し回った。経理から「もっと栄養指導入れて加算取って」と言われれば、休みの日であろうが患者の都合に合わせ栄養指導を行った。
 栄養科の長になり、管理者手当は入るようになったが、その分残業はタダ働きである。栄養科全体の残業代を少なくするために、部下たちの仕事もこなすようになった。月の残業時間はゆうに100時間を超えて行った。
 何がそこまでなつを動かしていたのか分からない。なつは、目の前にある課題に対し、ただただ淡々と解決策を探し、対応していた。
 そのおかげか、この4月にはお給料がほんの少しだけ上がった。就職して8年…名ばかりの管理職であるなつにとって初めての基本給の昇給だった。時給換算すると数十円程度だ。それでも、採算の取れない栄養課の長であるなつにとっては貴重な昇給だ。なつは「このまこのまま結婚もせずに独り身で生涯を終えるのだろう」とぼんやり考え始めていた時の昇給であり、その昇給分は以前より興味のあった少額でもできる「投資信託」に回すことにした。

 だが、昇給も地域からの評判もなつを病院に留めておくには不十分だった。
 狭い田舎だ。田舎という世界は、転職しようものなら、すぐに「知り合い」のおばちゃん達が親面をしてあれやこれやと小言を言ってくる特殊な場所である。
 だからこそ、なつは遠くに転職したかった。そして、専門職、管理職という立場から離れた仕事がしたかった。
 思いつめたなつの思考回路は、きっと正常ではなかったのだろう。
 
 月に3日しか休みが取れなかった6月の休みは全て、東京へ日帰り面接旅となった。

「佐々木さん、iDeCoの書類ってまだかかる?」
 佐々木に書類を出して1ヶ月半。
 いつもの時間に、某アイドルが出演しているCMばりに板チョコにそのままかぶり付いている佐々木になつは尋ねた。暦の上では季節は秋へ移ろい始めている頃だが、相変わらずの暑さだ。この暑さでチョコレートを食べる佐々木は余程の甘党なのだろう。
「えぇー忘れてた」
「嘘でしょ!?」
「えへっ」
 30を超えた大人の職場での会話とは思えぬそのやり取りは、なつと佐々木のささやかな「自由時間」だ。
「私、将来に不安を覚えて、前の職場よりもお給料の良いここに就職したんですけど〜。iDeCo加入できないと困る!」
 なつはわざとらしく頬を膨らませ、賄賂よろしく高級ショコラティエで購入した販売終了間際の夏限定ボンボンショコラ詰め合わせ(4個入り)を差し出した。
「要冷蔵」
「今食べる」
 先程食べていていた板チョコは、もうすでに胃の中に収まっていた。
 「甘い物好きですよね」
「童顔だから一人でこういうチョコ買いに行っても好奇の目は向けられないよ」
 キラキラとした目で言われたら何も言い返せない。そうやって今までも本音をうまくオブラートに包み、返してきたのだろう。
「食べる?」
 なつの視線の意味を佐々木は勘違いしたようだ。
「佐々木さんへのプレゼントを買うというのを口実に、自分の分も買っちゃったんで大丈夫です」
「抜かりないな」
「ふふ、それが私なんで」
 本当は買っていないが、これくらいの嘘は許されるだろう。先ほどの佐々木の嘘の方が余程罪深い。なつは一息吐いた。
「キャリアもない、お給料もそこそこの私が、将来笑って暮らせるようになるためには年金だけじゃ足りないんですよ!iDeCoとか使って今から貯めておかないと、野垂れ死んでしまう!」
「それは困る!」
「ダイイングメッセージに『佐々木』って書いてやる」
「まじ困るからやめて」
 佐々木は冗談として受け取ったようだが、なつは本気だ。
「気長に待ってって言ったでしょ?」
「専務たちが会社の印を押さないのは気長に待つつもりだったけど、まさかまだ話すらしてないとは思わないでしょ、普通」
「だから忘れてたんだって」
 見え透いた嘘を吐く佐々木に、なつはため息で応酬した。
「別に会社に不利益があるわけでもないし、ちゃちゃっと話せば済むことでしょ?」
「そうなんだけど……、あんまりこういうこと言いたくないんだけどさ~、投資とかギャンブルみたいなもんじゃん? iDeCoも投資と一緒でしょ? それに会社の印を押すってちょっと気が引けない? 投資っていいイメージないじゃん。しかもそれを俺が面倒な上の人たちに説明とお願いをしないといけないんでしょ? やだよ、俺」
 嘘の次に出てきた本音に、なつは絶望した。
 なつは前職で昇給したのをきっかけに資産つくりに興味を持ち、仕事の合間に、投資や資産運用の勉強を始めていた。それは、目の前の仕事から逃げるための一種の精神薬のようなものだった。
 そして現実に戻ると、これまでの人生、世間一般の人と比べ、マネーリテラシーの低い環境に身を置いていたことをかなり後悔していた。

 だからこそ、期待をしていたのだ――、普通の会社の普通の人たちの感覚に触れられることを。
 しかし現実はそうでもなかった。

 どうやら私は、マネーリテラシーレベル1の会社に転職してきてしまったらしい。さて、どうしたものか……。

 佐々木はと言えば、なつとの会話は終わったと言わんばかりに、次はどのボンボンショコラを食べようかと悩んでいる。
 なつは嫌悪感と絶望を表情には出さず、佐々木の手元からボンボンショコラを1粒奪い取った。



つづく。
 
 

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