ボロボロの古着を見て考えること

一見、ボロボロの古着などただのゴミに過ぎないのかもしれない。
しかし、静かに立ち止まり改めて違う角度からもう一度ボロボロの古着を見てみる。
何故、こんなにもボロボロなのか?以前着ていた人はどんな人だったのか?

私は、ボロボロの古着を見るたびに立ち止まり、背景を想像し、ストーリーを考える。それがとても好きです。

当たり前ですが、ボロボロの古着は初めからボロボロだったわけではありません。
その状態に至るまでの過程が存在します。

ボロボロになったのは結果であり、その古着がどんな過程を歩んできたのか?真実はわからなくとも、想像することにロマンを感じます。

古着に限らず、絵などの芸術作品も完成だけをみて満足するのではなく、作者の思いや作品が出来上がるまでの過程を想像してみるのも面白いです。それが本当の答えじゃなくても、自分なりの答えを出すのが大切だと思っています。

目の前の事に自分なりの答えを出す、そしてそれを積み重ねていくことで必ず自分の人生に活きてきます。

情報が溢れている時代だからこそ、情報に流されず自分の考えを持って生きていく。答えを出す。

今回は、ボロボロの古着を見て考えることについて書いてみました。最後はかなり脱線気味になりましたが、これも私らしく受け止めます。

最後まで読んで頂きありがとうございます。




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