大腿義足のリハビリ 〜イールディングの習得〜【For 理学療法士】
※内容を一度見ていただくことを目的に、
一定期間(6月16日〜30日まで)無料で公開します😊
こんにちは😃
理学療法士 兼 イラストレーターの〇っち~です。
みなさんは大腿義足の患者さんのリハビリに携わったことはあるでしょうか?僕はこれまでに10~15症例程度経験しており、経験数は比較的多い方ではないかと思います。
ただ、これはどこの病院・施設でもできるわけではなく、ケースとしては少ないかもしれません。特に、今回取り上げる『イールディング機構』の備わった膝継手を使用するような対象者は更に数が少ないかと思います。
近年は糖尿病や血管障害による高齢者の切断が増加しており、高活動の大腿切断者が対象となるイールディングの習得は文献や教科書でも『触れる程度』でしか取り上げられることはありません。
実際、以前僕が認定理学療法士の切断に関する資料を作成した際にも、対象者が少ないだろうということでイールディングについての話は入れないことになりました。
こうなると、僕のように下肢切断者を数多く見ることができる環境にあり、偉大な先輩方からノウハウを直に教わることができる者は良いですが、
極稀にしか切断患者を担当できず、しかもたまたま事故による受傷等で高活動な若い患者さんを担当することになった場合、どのようにイールディングを教えていくかに悩む方がいるのではないかと思います。
また、大腿切断の当事者においても、youtube等で上がっている動画を見て独自に勉強されている方もいますが、なかなかどこをどうすればうまくできるのか整理し難いのではないかと思います。
そういった方々のお役に立てるのではないかと思い、今回の記事を書くことにしました。
有料記事ではありますが、イールディングの習得過程や要点、練習方法について体系立ててまとめたものはほとんど見かけないということもあるため、関係する方にとっては一見の価値があると思います。
①イールディング機構とは…?
( ↑ ottobock Geniumの機能説明動画より一部抜粋)
義足歩行で最も注意しなければならないのは転倒です。特に大腿義足では下腿義足と違って自分の膝がありません。そのため、うまく膝継手のコントロールができないと『膝折れ』を起こして転倒してしまいます。
ちなみに、膝継手の立脚期制御は図1のように分類されています。
立脚相制御の中で最も大事なのは股関節伸展による膝継手の『随意制御』であることは間違いないと思います。これは固定膝であろうと一緒です。
『随意制御(=股関節伸展筋力)』を使用することで義足側単脚支持期の安定性は抜群に向上します。
※ただし…ベンチアライメント、スタティックアライメントがしっかりと確保されていることが大前提の話ですよ!!
そして不随意制御の中に、今回取り上げる『イールディング(yeilding)機構』が含まれます。
通常、ロック機構の無い膝継手では、随意制御をかけずに荷重すると膝折れを起こして勢いよく転倒してしまいますし、随意制御をかけたままでは膝が曲がらず足を下り坂や段下に着くことができません。
そのため、階段を降段する場合には2足1段で降りますし、急な坂道は横向きで(義足側を下にして)下ります。
しかし、『イールディング機構』があれば荷重をかけながらゆっくりと膝を曲げることができるため、1足1段での階段降段や急な下り坂を交互に足を出して下ることもできます。
イールディング機構の備わった膝継手の製品(例)は図2に挙げておきます。
これらの膝継手は、
イールディングの『掛かり方(=機構、仕組み)』は違いますが、
イールディングの『掛け方(=動作のコツ)』は一緒です!!
②章、③章で詳しく説明しますね。
②イールディングを十分に掛けるための条件
図2に挙げているものの中でデフォルトスタンスが備わっているかどうかが記載されていたと思います。
このデフォルトスタンスが備わっているものは、イールディングを掛けようとしなくても、常時イールディングがONの状態にあるため、不意な膝折れを起こすことはありませんし、階段を1足1段で降りたり、急な坂道を下ることもそれなりにはできるでしょう。
しかし、『自分の脚のように義足を使いこなせているか』という観点から見ると、階段降段や下り坂での義足側支持の際のたどたどしさや歩幅の違い、健側または義足側への体幹傾斜などが見られていることが多く、十分に使用できているとは言えないと感じることが多いです。
では、イールディングを十分に掛けるための条件とは何なのか!?
それは、
1. 荷重量(★★★)
2. 勢い(★★★)
3. 荷重線(姿勢、アライメント)(★★)
がいい状態で実行できているかによります。
※(★)の数は重要度です。特に1,2が重要だと思います。(個人的な見解ですが…)
イールディングの掛かり方は図3のように『水の入った注射器を押す時の抵抗感』をイメージすると分かりやすいと思います。
ちなみに、コンピュータ制御でデフォルトスタンス設定の膝継手では注射器の先の噴出口径を状況に応じて自動で狭くしたり広くしたりして抵抗を変えています。
図4のように水をいっぱいに入れた注射器を押す際、条件①のように勢いよく強く押すと強く抵抗が掛かります。しかし、条件②のようにゆっくりと押すと抵抗はほとんど掛かりませんよね。
イールディングを掛ける際には、怖がって恐る恐る荷重したり、しっかりと荷重がかけられていないと十分な抵抗は掛かりません。
次に図5のように、注射器の押し方は同じように勢いよく押すとしても、条件①のように入っている水の量が多いと抵抗が強くかかります(=強く抵抗が掛かっている時間が長い)が、条件②のように水が少ないと抵抗がほとんど掛かりません(=強く抵抗が掛かっている時間が短い)。
イールディングを掛ける際には、怖がって恐る恐る義足を接地しようとして、十分に膝継手が伸展していない状態で荷重すると十分な抵抗は掛かりません。
③イールディングの習得過程
イールディングを十分に掛けるための条件を確認したところで、ここからは実際にどのような過程を踏んでイールディングを習得していくのかを一緒に確認していきましょう!
この過程は私がイールディングの指導をする中で「こうすると習得が早く、且つ上手に使いこなすことができるな」と思ったものになります。
一般化されていない分野だからこそ、人によっては違う考え方をされている方もいるかもしれませんが、その点は悪しからずご了承ください。
むしろ、「私はこういう手順や考え方で指導していってるよ」というのがあればコメントで教えて頂けると嬉しいです。
それでは参りましょう!!
㋐ 平行棒内でイールディングが掛かる感覚を経験する
まずは図6のように、平行棒内で安全を確保した中で、イールディングが掛かる感覚を体験してもらいます。
イールディング練習をするような時期には歩行はもう既に自立しているかと思います。そうなると『随意制御』が身体にしみついて、義足を接地すると自然に随意制御をかけるようになっているものです。
『荷重する際に随意制御をかけない』のは恐怖心を伴いますし、イールディングの「ジワっと曲がる感じ」をまずは知らないことには段差や階段で使用することは難しいかと思います。
ここでは、1. 荷重量(★★★)、2. 勢い(★★★)を意識して行うようにして下さい。
㋑ 15㎝程度の階段・段差1段を利用し、イールディングがかかる感覚・姿勢を体験・獲得する
次に図7のように1段だけでイールディングを掛ける練習をしていきます。
評価ポイントは以下の通りです。
※義足(下腿義足でも同様!)を用いて1足1段での降段をする際は、『義足のつま先(土踏まず以遠)は段端から出して接地する』必要があります。
これは次の段に足を接地して、更に体幹(=重心)も載せるためには、支持側の下腿を前傾させる必要があるのですが、足継手は背屈できません。
そのため、段端を回転軸にして義足の下腿部を前方へ回転(=前傾)させるようにします。(図8,図9)
※この時、段差の高さは高すぎても低すぎても行けません。
高すぎると恐怖心が強くなってしまい腰が引けた姿勢になりますし、段差が10㎝未満など低すぎるとイールディングの際に義足側前足部が床に着いてしまうため、健側下肢をスムーズに床に着けない or 膝折れを起こすリスクがあります。(図9)
初めは恐怖心などから、図10、図11のような姿勢になり、うまくイールディングを掛けられない人が多いです。
矢状面での対策としては、次の段や床、足元を見る際にはのぞき込まずに顎を引いて視線だけで見るようにすることが大切かなと思います。
前額面での対策としては、支持物を使用した状態での義足側片脚立位の安定性を向上させること、上肢介助も用いることにより段上での恐怖心を軽減させることが必要です。
※注意点※
㋐または㋑が困難な方は、平行棒内(←義足支持がそもそも不安定な場合)や階段1段目(←高い位置で後足部のみでの支持に恐怖心がある場合)で片手支持を用いて義足側支持での片脚立位練習から始めるようにしましょう!
『イールディングを十分に掛けるための条件』の1. 荷重量が十分に確保できない状態であるため、そのままではイールディングの習得は困難です。
㋒ 15㎝階段2段目で義足側から下ろした時のイールディングを掛ける姿勢・リズムを獲得する
次に図12のように15㎝程度の階段2段目で義足側から下ろしてイールディングを掛ける練習をしていきます。
評価ポイントは以下の通りです。(図13参照)
㋓ 15㎝階段3~4段目からイールディングをかけつつ一足一段で降段するリズム・姿勢を獲得する
㋑・㋒が安定してできるようになったら、次は図14のように少ない段数で一足一段で降段する練習を行っていきます。ここでの目標は以下の通りです。
目標:一足一段で降段するリズム・姿勢の獲得
交互に連続でイールディングを掛けることへの恐怖心の払拭
評価ポイントは以下の通りです。
イールディングを獲得するに当たっては、特に『恐怖心の払拭』が課題になってきます。そのためには、転倒リスクを可能な限り下げた状態で『できるだけ多く反復する』ことが大切です!
ですので、上記評価ポイントのうち、(1)と(3)と(5)(※特に(5))ができているようであれば自主練習に移行し、PTの時間で修正をかけていくくらいが丁度良いのではないかと思います。
※(1)~(5)が全て安定してできるようになっていれば次の段階へ進みます。
㋔ 15㎝程度の階段で段数を増やしていき、一足一段で降段するリズム・姿勢を獲得する(恐怖心の払拭)
㋓が安定してできるようになり、恐怖心がなくなってきたら段数を増やしていきます。この時、段数が多くなり、高い位置になると恐怖心が出る場合が多々あります。そんな場合は図15のような対処法をとります。
㋕ 義足側の手すり把持で㋓~㋔の項目を練習する
㋔が安定してできるようになってきたら、手すりを義足側に持ち変えてやってみましょう。
※一時的に、健側の手すりを把持するよりも恐怖心が出て腰が引けてしまい、十分にイールディングが掛けられないかもしれません。しかし、社会に出ると手すりが片側だけの階段もありますし、その手すりが降段時に義足側になるかもしれません。
手すりがどちら側であっても関係なく、軽く把持してしっかりと義足に荷重していけるように、ここは頑張ってみて下さい。
そうすることでより一層、『自信』を持ってイールディングを使用することができるようになっていきます。
㋖ 20㎝や25㎝、30㎝等、高い段差・階段でも同様の過程を踏んでイールディング練習を行う
㋔が安定してできるようになったら、段差の高さを変えて㋑~㋔の過程を練習しましょう。
※今まで練習してきた高さが変化するとイールディングが掛かっている時間(義足側の立脚期間)が延長するため、バランスをとる感覚が少しズレます。様々な高さの段差でイールディングを経験しておき、どんな段差・階段でもある程度対応できるようにしておきましょう。
※30㎝以上の高い段差・階段は二足一段でイールディングで降段する練習でも良いです。患者さんの身体機能や健側下肢の状態に応じて設定や方法は調整してください。
リハビリ室の階段だけではなく、病棟の階段や敷地内にあるその他の階段なども練習しておくと良いでしょう。風景が変わるだけでも恐怖心は変わってきますからね!
㋗ 最後の一段をフリーハンドでイールディング降段練習をする
㋖まででイールディングを掛ける姿勢や荷重量などのコツがわかってきたようであれば、フリーハンドでのイールディングを練習していきます。
※フリーハンドでのイールディングは『階段で使用する』ことを想定しているわけではなく、『日常生活の中にある様々な段差や傾斜を健側・義足側を考えず、どんな状況からでもスムーズに降りられる』ようにすることを想定して練習していきます。
㋗’ 15~20㎝台で義足側から昇段し、イールディングで降段する練習を行う
㋗が可能であれば、勢いがついた状態でもフリーハンドでのイールディングが可能になってきているため、15~20㎝台を用いて『義足側から昇段、イールディングで降段』する練習を行っていきます。
義足側から昇段するには膝継手伸展位で段上に接地し上るため、大殿筋・中殿筋の強い出力が必要となりますが、20~25㎝程度までであれば十分可能です。ぜひ、この程度はできるように殿筋の筋力増強と動作練習はしておいてください。
(※1. 患者さんの身長にもよります…)
(※2. GeniumやRHEO KNEE等、一足一段で昇段できる機構を持つ特殊な膝継手については所定の方法で行って下さい。ここではそのような機構が備わっていない膝継手を想定しています。)
㋗” 歩きながら義足支持でイールディングを使用して段差をスムーズに降りる練習を行う
※正面からだけでなく、少し斜め向きに降段する練習等もしておきましょう。
㋘ 急な下り坂でのイールディング練習を行う
次は、坂道でのイールディング練習についてです。
㋗~㋗”と㋘は順不同でも良いと思いますが、今回は「段差・階段でのイールディングかどうか」というくくりでこの順番で記載しています。
↑ ナブテスコ;『Walking with ALLUX アルクス 大腿義足歩行の練習』の動画
より一部抜粋
段差・階段でのイールディングと違う点として、『真下へ荷重していくのか、ソケット長軸方向へ荷重していくのか』が大きく違います。
段差・階段は段端に足を接地し、荷重線が膝継手軸の後方を通る姿勢で真下に座り込むようにイールディングを掛けていました。1足1段での降段では前方への推進力はありますが、それでも荷重方向としては『真下』です。
それに対して、坂道でのイールディングにおける荷重方向は『ソケットの長軸方向(≒進行方向)』です。
これは段差・階段と坂道では、次に接地する健側足をどこに着くか(義足側からどれぐらい離れた位置に健側足を着くか)が違うからです。(図21)
※義足ユーザーの主観的な言い方にすると、
健側足を「下に降ろす(階段)」のか「前に着きに行く(坂道)」のかの違いですかね。
急な坂道でのイールディングの失敗パターンとしては図22のようなパターンが良くあります。このような場合には、イールディング中に体幹がブレない様に安定させる必要があります。
ここでは僕が臨床中に実際に行っている誘導の仕方をご紹介します。他のやり方もあるとは思いますが、参考までにどうぞ!
㋙ 健側で前方へジャンプして義足側でイールディングを用いて着地する練習を行う
このイールディングの使用方法は以下の目的で練習します。
㋙-1. 平行棒の中で、敷板を義足側から跳び越える
まずは平行棒の敷板を義足側から跳び越える練習から行います。恐怖心がある場合には平行棒を軽く把持した状態から行っても構いません。
フリーハンドにて義足側のイールディングで安定して着地できるようになることを目指しましょう!
ポイントはこれまでと同じく、1.荷重量、2.勢い、3.アライメントです。怖さから義足側接地の際に膝継手が曲がった状態になってしまうこともあるため注意しましょう。
㋙-2. 平行棒外でさまざまな幅の溝等の環境を探し、義足側から跳び越える
㋙-1が十分にできたら屋外に出て、さまざまな幅や高低差のある溝を義足側から跳び越える練習を行います。
※ただし、これらは転倒リスクが高いため、セラピストはくれぐれも患者さんが失敗した際にも十分に介助できる位置取りや心づもりをして練習に臨んで下さい!!
※ユーザーの恐怖心が強い場合は、無理して行うほどのものではありません!できなくても日常生活が送れなくなるようなものではありません。セラピストが無理強いすることだけは避けてくださいね。「もっと義足を使いこなしたい方にはこんな練習もありますよ~!」…程度の温度感が丁度いいのではないでしょうか(^^)
④まとめ
いかがだったでしょうか?
今回は、私が普段指導している内容をできるだけ一般化し、『イールディングを習得するまでの過程』を余すことなくお伝えしました。
教科書や文献で取り上げられにくい(深く説明されることがない)分野であるため、多様な方法があるとは思います。そこで、まずは基準となる方法を設定し、そこから色々な工夫や応用をしていけるとより多くの方がイールディングを指導でき、習熟できるユーザーも増えるのではないかと思います。
つたない文章もあったかとは思いますが、
イールディングの指導方法や習得に苦戦している方がおられましたら、
是非本稿を見ていただき、お役立て頂けることを願っています。
長編を最後までお読みいただき、ありがとうございました!!
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