2度目の「note」、毎日の「納豆」。
私は「飽きっぽい」
けっこう飽きっぽい。しかも、飽きっぽいことをそれほど悪く思っていない。なんなら、すぐに飽きて他のものに興味が移りやすいことを、「好奇心が旺盛」とか「フットワークが軽い」とか、都合よく捉えるふしがある。
1度目のnoteも、好奇心で始めて、フットワーク軽く辞めてしまった。別に、それはそれで良かった。40歳を過ぎるまでは。
40歳を過ぎると、「飽きっぽい」の他に「忘れっぽい」が加わる。これがまた厄介。
飽きっぽいもんだから色んなことをインプットするけど、忘れっぽいもんだからそれを留めることが出来ない。ご飯を食べても、栄養を消化と吸収せずに、排せつしているようなもの。実にもったいない。
せっかくインプットしたものを、ちゃんと消化と吸収し、少しでも自分の中に留めておきたい。そんな思いで、2度目のnoteを始めました。
ちなみに、飽きっぽくて忘れっぽい私にも、実は毎日続けていることがあるんです。それは「納豆」を食べること。飽きずに食べ続けているのは、長生き出来そうという「生への執着」に他なりません。
「note」を書いても長生きできるか知りませんし、「納豆」ほど続けられるかは分かりませんが、それっぽく書いていこうと思います。