見出し画像

真正面に変態。

十年ほど前。
私は爆裂に猛暑だった名古屋にいました。



仕事が少し早く終わった、夕方。



ぎゅうぎゅうに人を詰めた電車に乗り込み、
帰路についていました。




運良く座ることができた私。
その日の気温はうだるような40℃。




満員電車の嫌な湿度に、
息苦しさを感じます。




ふと私は顔を上げると、
目の前には120kgありそうな初老の男性が、
大粒の汗を流しながら立っていました。



シャツにネクタイ、スラックスのいで立ち。
いかにも会社帰りの様子。




彼は小声でぶつぶつと、





「はぁっついなぁ~」
「はぁっついなぁ~」




そう繰り返していました。


たけし




私は彼のはち切れそうなお腹を
ぼんやりと見つめながら、
その暑さと圧迫感を辛抱していました。




何となく、
その男性をちらりと上目で見上げてみます。





そりゃ暑いですよね。



ネクタイを外している途中でした。





そして、
外したものを鞄に入れると見せかけて、




何故かそのまま地面へ。





(?)





これが最初の違和感でした。





(拾いましょうか?…)



そう言おうとした束の間。





「ぶるるん。」





男性はおもむろにシャツを脱いだかと思うと、
豊満な上半身(裸)を露わにしました。





シャツはそのまま地面へ。





(!?)





周囲の視線は釘付け。





一気に緊張感の高まる車内。





ざわざわ…






私は暑さで朦朧としながら、




(タンクトップならセーフだと思うけど…)




(裸はアウトだよなぁ…)




(海やキャンプ場なら良いと思うけど…)






(いや、この暑さだから全てをアウトドアとして、認識したんじゃないのかな?)





(いや、ダメよね…)



"裸"のワードを見つめる少年




巨漢半裸のプレッシャーが、
周囲の人々を円状に押しやります。





私は真正面の座席。

圧と背もたれに挟まれ完全に逃げ遅れました。






おじさんの不審な挙動は止まりません。





スチャリ…






時すでにお寿司。




全力で目線を下げていた私の目に移りこんだのは、





地面に着地する、
緩んだベルトとたわんだズボン。





次の瞬間にはもう、

すっぽんぽん
ブリーフおじさんが完成していました。






おじさんは未だに繰り返しています。



「はぁっついなぁ~」
「はぁっついなぁ~」





全てが嫌になったのでしょうか。



私も段々嫌になってきました。



ライオンの檻に入れられた気分です。





地面に横たわる
脱ぎ捨てられた、衣類達…





もう残るはブリーフだけ。





これはアルマゲドンも時間の問題。






ファサリ…






とうとう最後の要塞も簡単に崩れ落ちました。





今までありがとう、

地球滅亡です。



ブルースウィルスでも無理でした。




吊革に掴まる、
ふる珍のおっさん。




その光景はシュールなのか恐怖なのか。

私は目の前の現実が信じられませんでした。




「はぁっついなぁ~」
「はぁっついなぁ~」





おじさんと私の距離は50cm。


遠くから見ればニコイチです。





私の汗は冷え、
身体はガチガチに固まっていました。





周囲の人はどう見ているのだろうか。





次は私の番なのだろうか…。



次は私も脱いだほうがまとまりが良いのだろうか…。




張り詰めた空気の中、
私の頭も段々おかしくなっていた頃。





ようやく駅員さんが二人駆けつけてくれました。




両肩を抑えられながら、連れていかれる裸のおっさん。





事情聴取が聞こえてきます。





「あの…はぁつかったもんで…」



 




そうか。



ため息が混じって


「"あ"」つかったが


「"はぁ"」つかったに聞こえたのか。





色々な汗が滲んだ
そんな夏の日。



完。





あとがき


特に何もされたわけではないですが、
何かされたことには違いありません。


駅員さんに、

「えっと…君は?」


と聞かれたのはどういう意味だったのでしょうか。


そのあと何故か私の周りにも円状に
人が寄ってきませんでした。泣


季節限らず、不審者にはくれぐれも
お気を付けくださいね。


エイヤッ!つってね。(無理無理)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?