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ペンシルベニア大学で1年間すごして得たこと

こんにちは。イギリスのエディンバラ大学でComputer Scienceを専攻しているNatsu Ozawaです。2022年夏から2023年春まで、交換留学生としてアメリカのペンシルベニア大学で学びました。もうアメリカ生活もおしまいなので、これを機にペンシルベニア大学での1年の経験を通して自分が得たことを書き残しておこうと思います。

体験談を書くことで、海外留学を考えている方・ペンシルベニア大学に興味のある方に少しでも正確な情報が届くことを願っています。(あくまで一個人の経験ですので、その点はご了承ください。)

ペンシルベニア大学について

ペンシルベニア大学(University of Pennsylvania, UPenn, Penn)はアメリカ東部ペンシルベニア州のフィラデルフィアにある大学です(ニューヨークから車で2時間くらい)。Ivy leagueに所属しているため、学費が全米で最も高い大学の一つです。とてもキャリア色が強く、毎年卒業生を金融やコンサル業界に送り出しています。経営学部、工学部、教養学部、看護学部がありますが、経営学部のWharton Schoolが一番有名です。学内では自分の専攻しているComputer Scienceも人気が高いです。入学が難しく授業料が高いため裕福な学生も多く、バイデン大統領一家にも近い大学です。

なぜペンシルベニア大学

私が通っているイギリスの大学はComputer Scienceのカリキュラムは充実しているのですが、Computer Science以外の授業を受けることは難しいため、自分で学際的な知識教養を身につける必要がありました。私は技術と社会をつなげる仕事(具体的には、テクノロジーを使って公共機関やビジネスのスケーラビリティを向上する仕事)をしたかったので、ビジネスやマネジメント、イノベーションについて世界一の大学で学べることはありがたかったです。

アメリカにワシントン以外で桜が咲くところがあったなんて…

1) 人と繋がるマインドセット

人と繋がるコストの最小化

大学の紹介で述べた通り、ペンシルベニア大学は全米で最もキャリア志向の強い大学と言っても過言ではないでしょう。学生の多くは興味のある分野と目指している職業があって、常にその目標に向かって励んでいます。そのため、将来の仲間を見つけたりアイディアを交換するために人脈を作ることが盛んです。キャンパスを歩いていて一年中聞くのが、出会ったばかりの人同士の会話。「Let's get lunch sometime」(昼ごはんに行こう)が学生の間で使われすぎるフレーズとして揶揄されるぐらいです。

ネットワーキングは友達作りは大学に行かなくてもできますが、ペンシルベニア大学のすごいところは、新しく人と繋がるコストを常に最小化していることだと思います。カルチャーとして新たに人との繋がりを作ることが浸透しているので、知らない人でも気軽に話しかけられるし、知らない人からも話しかけられます。また、大学は出会の「場」を提供することに力を入れています。大学はキャンパスの数ある施設の運営に加え、教授やメンターと交流を深めるために食事代をスポンサーしたり、学生同士の繋がりを増やすイベントや学生団体に大量の資金を注ぎ込んでいます。人と繋がるコストを最小化した環境に年単位で持続的にアクセスすることで、自分のネットワークを大きくスケールできます。

ネットワーキングが最も盛んな経営学部、ウォートン校

縦の繋がりと横の繋がり

ペンシルベニア大学で作れる繋がりは縦と横、両方の軸で充実しています。

縦の軸は年次を超えた繋がりです。ペンシルベニア大学の現役生・卒業生コミュニティは特に強固で、情報収集、就職活動、起業などさまざまな場面で年次を超えて助け合っています。リベラルアーツカレッジほどではないですが教員やTAからのサポートも手厚く、学期の終わりには必ずと言って良いほど「I would love to keep in touch」と言われます。

横の軸は分野を超えた繋がりです。学部生の間では学際的な交流が盛んです。イギリスの大学では同じComputer Science専攻の人と話す機会の方が多かったのですが、ペンシルベニア大学では他分野の人と話す機会が格段と増えました。他の学科・学部の授業をとることが頻繁にあるほか、複数の分野を専攻している学生が多いです。また、大学側も各分野でパネルディスカッションやリサーチトークを頻繁に開催しており、興味ある分野について第一人者から話を聞くことができる環境が用意されています。その結果、イギリスのように学生がサイロ化されるような現象が起こりにくいのだと考えています。現代の知識生産経済において、多様な分野のインサイト・考え方を持っていることは特に大切だと思います。横の繋がりがしっかりしている環境では自分の知識や視点の多様性を大きく伸ばすことができます。

繋がりから成長へ

今回の留学では、たくさんの人と質の高い繋がりを築くことができました。私は内向的なので、もともと人と繋がることは苦手でした。面白い情報やアイディアを交換する刺激的な会話をしたいが、どんな人と会えば良いか分からない。どこに行けば会えるか分からない。一回成功して友達を作れても、それを同じように繰り返せない。ところが、知らない人と話すのが当たり前なペンシルベニア大学にいるときは、毎週何人もの人と出会うことが普通になっていました。たくさん出会うと、もっと気の合う人が見つかるので、切磋琢磨しあう深い友情を作れます。

多くの人と出会ってお互いを刺激合い支え合いわかったことは、人との繋がりが非線形的成長を可能にするということです。大学生の勉強は多くのときインプット(勉強時間)とアウトプット(知識・スキルの向上)が比例すると思います(線形的成長)。一方、たくさんの視点と触れ合うことで、興味のある分野が丸ごと一つ増えたり、新たに成長する機会がアンロックされたりします。

ペンシルベニア大学の環境は、人と繋がる力をつけるための特別な練習場だと捉えています。もともと人と繋がることに慣れていない私は、ペンシルベニア大学に行く前は一人一人新しい出会いのハードルが高く、失敗を繰り返すことが少ないので成長するスピードも遅かったです。それでも、練習を繰り返していくうちに、「この人とwin-winな関係を築くにはどうすればよいか」という考え方ができるようになりました。そして、次はどのような人と会うか、どこに行ったら会えるか、などが少し分かるようになりました。私はこの考え方を「人と繋がるマインドセット」と呼んでいます。

授業時間の間のLocust Walkは学生であふれる

2) 起業家マインドセット、プロダクトシンキング

起業家教育

留学中には工学部の「Engineering Entrepreneurship」(エンジニア起業家)プログラムに参加することができました。ペンシルベニア大学は起業家教育に特に力を入れており、その中でも「Engineering Entrepreneurship」プログラムは過去20年間にわたり数々の起業家を輩出してきました。起業はよくギャンブルのように語られますが、起業家の仕事はリスクを減らすことに帰結すると思っています。例えば、繰り返し新しいプロダクトのプロトタイプを作りユーザーの反応から学ぶことで、マーケットがプロダクトを求めないリスクや技術が商品化に追いつかないリスクなどを軽減しています。「Engineering Entrepreneurship」プログラムは起業が成功する確率を伸ばすためのノウハウを科学として理解し、起業に必要な知識を網羅的に教育します。毎週5時間以上の課題読書を詰め込まれるのですが、カリキュラムは20年にわたりファインチューニングされてきたので毎回の授業・読書が新しい学びでした。工学系のバックグランドを持ち、実際にスタートアップを起業し大企業に成長させた第一人者が学生を指導するので、経営について何も知らないエンジニアの視点から学ぶことができました。

このプログラムで学ぶ起業家の考え方を私は「起業家マインドセット」と呼んでいます。その中でも重要なのが「プロダクトシンキング」で、一般的には、ユーザーの視点から解決すべき問題と解決する方法を特定するために科学的な実験(否定可能な仮説の検証)を繰り返すアプローチを指します。プロダクトシンキングは、日本の産業の成長に欠かせない考え方だと私は考えています。デジタル技術を使ったプロダクトはデザインや仕様を変更するためのコストが極めて低いので(コードを変えるだけ)、たくさんのフィードバックと改善を経てユーザーが抱える課題をより効果的に解決するようなプロダクトが登場するようになりました。ユーザーファーストに設計され、ダイナミックに改善されるプロダクトはWebサービス以外でも求められるようになり、その影響は家電、自動車、行政企業のバックオフィスインフラなど、さまざまな分野に及んでいます。

Engineering Entrepreneurshipを受講した工学部のTowne Building

プロダクトマネジメント部

私はペンシルベニア大学に留学する前からプロダクトシンキングの重要性を謳っており、「Engineering Entrepreneurship」を通して起業家マインドセットとプロダクトシンキングを結びつけることができました。プロダクトシンキングを行う職種としてよく挙げられるのがプロダクトマネージャーで、私はプロダクトシンキングを布教するため大学で最初のプロダクトマネジメント部を仲間と共に立ち上げ、共同代表として運営しました。

プロダクトマネジメント部は、クラブ自体をプロダクトとして運営する方針をたてました。このため、プロダクトマネージャーに興味のあるペンシルベニア大学生が持っている課題を分析したり、プロダクト戦略をたてたり、実際にメンバーにインタビューしてフィードバックを頻繁に得るなど、プロダクトシンキングを実行しました。30人以上の組織を取りまとめ、数百人の学生に向かって発信する経験を無料で得られることは大きく、組織のマネジメントやスケーリングについてたくさんのことを学びました。

このように組織経営や戦略を授業で学び、課外活動で実践するパターンはペンシルベニア大学の至るところで見受けられました。大学側も次世代のリーダーやマネージャーを育成するために、課外活動が行いやすいよう自由度の高い環境を提供しているほか、学生の活動に潤沢な金銭的サポートを行なっています。

3) 最新のアイディアに触れる

最新のアイディアに触れられることは人と繋がることの結果でもありますが、会話で面白い情報が飛び交うのもペンシルベニア大学の特徴だと考えています。学校の特色上キャリアに関する会話が多いですが、学生も情報に飢えていて自分の日本が抱える課題についての話などに強い興味を持ってくれます。

効果的利他主義(Effective Altruism)

留学中に出会った面白い考え方に、Effective Altruism効果的利他主義)があります。効果的利他主義は、アメリカ・イギリスの慈善活動家・哲学者・科学者の間で注目されているムーブメントで、「私たちの限られた時間・お金で社会に最も良い影響を与える」ことを目的にしています。Effective Altruismは、同じ寄付金でも一部の使途が他の使途よりも数十倍・数百倍効果があることが注目され始まりました。重要(Important)、実現可能(
Tractable)で、軽視されている(Neglected)分野や手法を見つけると言う考え方は仕事や研究、政策立案などさまざまな応用があると考えています。Effective Altruismのコミュニティには思想の強い人がたくさんいるので、倫理的や哲学的なさまざまな議論ができます。ペンシルベニア大学にはEffective Altruism部があり、Effective Altruismの理念や活動について研究・議論しています。

卒業生・著名人の話

Perry World Houseでは世界中の研究者や外交官を招待してパネルディスカッションを開催

ペンシルベニア大学では毎日多種多様なイベントが開催され、新しい情報・アイディアに触れる機会がたくさん用意されています。まず、学生団体が卒業生をたくさん招待しているので、話を聞くことができます。例えば、元NASA CIOから政府のデジタル化の話や、元国防次官補から米国情報機関のリーダーシップの話、有名ベンチャーキャピタリストから在学中のスタートアップ創業について話を聞くことができました。他にも、Perry World Houseという大学の機関に毎週研究者や外交官がやってきて最新の政策課題について議論するほか、数々のカンファレンスが開催され全米から人が集まります。ペンシルベニア大学は学生の情報へのアクセスを向上するためにこのように機会を設けており、学生の興味・会話の題材となるアイディアを育むことに長けていると感じました。

ペンシルベニア大学の批判

このようにペンシルベニア大学はとても生産的な環境でしたが、決して完璧というわけではありません。この体験談では良いところをメインに取り上げてきましたが、ペンシルベニア大学には学生の成長を妨げる問題がいくつかあります。これらを含めないと正直な体験談にはならないので、以下簡潔に説明します。

まず、ペンシルベニア大学はアメリカの富裕層が多く、学生の目指す職業も金融やコンサルティングなどが主流なので現場主義が疎かになりがちです。行動経済学の授業で、裕福な家庭出身なのに低所得者のための政策について誰の声も聞かずに語る人が出てきた時は、特に違和感を覚えました。大学の環境が充実しているので、大学のバブルの外に出て学習・調査するということが難しくなります。

次に、ペンシルベニア大学はキャリア色が強いため、就職活動に力を入れるばかり視野が狭くなる学生を何人も見てきました。志望する企業に入るために課外活動をやったり、勉強したりするのでは本末転倒です。アメリカの就職は競争が激しいため、負けぬとばかりに本来の目的を失ってしまっている人も少なくないと思います。

ですが、学生として視座を高く保ち、自分の目標を失わずに取り組めばペンシルベニア大学の環境は大いにプラスになると思います。

楽しかったアルゴリズムの授業

最後に

最後まで読んでくださりありがとうございました。この1年間の経験が誰かの役に立てれば幸いです。今後私はPalantir Technologiesの東京オフィスでインターンをした後、イギリスのエディンバラ大学でもう1年勉強し、卒業します。ご質問・ご相談等ございましたらお気軽にTwitterからご連絡ください。


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