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政治と人種と音楽と

大学時代に人種のるつぼと習ったアメリカの歴史は、現代では人種のサラダボウルと呼ばれています。「るつぼ」はお互いに溶け合って一つのアメリカになるという意味がありますが、現在では、サラダの素材がそれぞれ味を主張するように一つのボウルの中でそれぞれ個を大事にしつつ一つのアメリカになるということです。時代を感じます。


ただしそれはやはりあくまでも建前であって、実際は溶け合わないものははじき出される風潮がまだ濃いように感じます。


2003年、ディクシー・チックスのナタリーがロンドンのコンサートで「テキサス出身のアメリカ大統領を恥ずかしく思ってる」とイラク問題に関する発言をしたことで、保守的な人々からの激しい反撃にあい、CD不買運動、メディアからの締め出しになったことがありました。カントリー・ミュージック業界は保守派が多いこともあり彼女たちはたちまち活動の場を失ったのです。当時、3人はそれぞれ母親になって子育てをしていたこともあり、また、実は私も子供を産んだ年であるので、「子育てをする母親からすると戦争に反対する」その気持ちは大いにわかるものでした。先日、亡くなったトビー・キースは保守派の代表のような人なので、ACMで司会をしたヴィンス・ギルが「言論の自由は誰にでもある」と発言したのに対して、トビー・キースは真っ向から全てを批判したのは記憶にあります。私にとって、これは政治的思想の違いが音楽にも反映されるものなのかと強く感じたトピックスの一つでした。

さて、そこから年月が20年経つ間にチックスのメンバーも子育てと並行してあまり活動をしてない時期がありましたが、ここ数年はヨーロッパを中心にツアーをしています。先日まで日本公演をしていたテイラー・スウィフトも彼女たちを聞いて育った世代なので、自分のMVの中でチックスの写真を使ったりして「正しいことを発言する必要性」と紐解いていました。さて、チックスはその後なかなかCMAの授賞式に顔を出すことは叶わなかったのですが、転機となったのは2016年。


ビヨンセの「Daddy Lessons」が収録されたアルバム「Lemonade」が発売された2016年、彼女はディクシー・チックスを従えて第50回カントリー・ミュージック・アワードでサプライズ出演をしました。当時、ビヨンセは“Black Lives Matter”ムーブメントに賛同していることもあり、長らくCMAに顔を出せていなかったチックスを従えてCMAに出てくるとは!と私も非常に驚いたものです。(ご存知の通り、カントリー・ミュージックは長いこと白人の音楽という認識が浸透していたこともあります。)映像はYoutubeでも観れるので見ていただきたいですが、会場の座席にいる昔ながらのカントリー・ミュージシャンは真顔で批判の顔をしていることがわかります。(よく見るとケニー・チェズニーが真顔すぎる)反対に若い世代はようやく戻ってきたチックスへの賞賛、ビヨンセがカントリーを歌うことへの惜しみない拍手をしていて、カントリー界の新旧の考え方の違いを見た気がしました。この映像は、当時、CMAのホームページでは一切触れられていなく、批判が巻き起こりましたが、注目がいかに大きいことであったのかがよくわかります。またこの曲はグラミー賞のカントリー部門に出願したのですが、「カントリーではない」とジャンル審査委員会に却下されている事実があります。黒人がカントリーを乗っ取ろうとしているという話題にまでなりました。


しかし記憶にもあると思いますが、BLM問題が勃発。カントリーミュージック界も長らく表立って受け入れてなかった人種問題と向き合うことになります。その後、現在まで大勢の黒人系カントリー歌手が出てきています。


ところで、この間のパリコレでヴィトンはファレル・ウィリアムスのプロデュースでカントリーを全面に押し出してきました。リル・ナズ・X(Lil Nas X)がキュレーションしたCOACHのカプセルコレクションを始め、自身がカントリー・スタイルをしてたり、この数年はヒップホップやラッパーがカントリー・ミュージックを歌う(カントリー界に参入)ことが多いこともありウエスタンスタイルをおしゃれに着こなすことに注目が集まったのかもしれません。近年のこうしたラッパーがカントリー界に参入することは、一部の音楽評論家の間で「ラップがアメリカで下降気味なのでカントリーに参入したのでは」という冗談のような発言も出ていますが、ラップのカントリー界参入は実は古くからあり1980年代の西部劇映画の楽曲でもあります。ただ大きな注目をされることなく、キッド・ロックやラップ・デュオ UGKがシングルでヒット曲は出していました。そして先ほど書いた、リル・ナズ・X(Lil Nas X)がビリー・レイ・サイラスと歌った『Old Town Road』が2018年から2019年に爆発的に大ヒットしました。が、2018年という現代でもビルボードでカントリー・チャートから一時期わざわざ外されるという事態に発展します。その後復活していますが、当時はカントリーミュージック業界から「これはカントリーではない」という意見が出たのです。しかし、ビリー・レイ・サイラスが加わっていたことが幸いしたのかカントリーに戻せたわけで、「昔、俺のデビュー曲はカントリーじゃないと言われたのに皮肉だね」とのちにビリー・レイ・サイラスが語っています。(確かに、当時、ビリー・レイの曲はカントリーのテイストとは一線を画していました。でもそれがカントリー界の転機になったとも言えます。)*カントリーのラップは「トラップ」と呼ばれるジャンルに確立されているそうです。


他には、2020年ごろから「My Church」の大ヒット曲を持つマレン・モリスが「カントリーに縛られることなく歌いたい」と発言したことが「カントリー界を出ていく」と大きく報じられ、同時に、現在のアメリカのウクライナ支援のムードからビルボードチャートも男性の右派ソングをチャート1位にする動きがあると言われていることに音楽の自由を表明し、ポップスに転向かと注目を浴びていました。(最終的には、カントリーをやめるわけではないとコメント)

2023年には反対にポップスの歌手であるラナ・デル・レイがジョン・デンバーの「カントリー・ロード」をカバーし(このカバーは本当にそのまま歌ってるので、アレンジもなく拍子抜けしたくらいですが、彼女のリスペクトが伺えます。)、今後はカントリー・ミュージックをリリースすると発表しましたが、続いてビヨンセもカントリーテイストの曲を発表しました。前回の2016年にカントリーテイストの曲を発表した際、カントリーチャートには載せないと言われてしまい、思うようなヒットを残せなかった事から、今回は戦略的だったのかもしれませんが、先日行われたスーパーボウルのCMでVerizonの通信CMに出演した直後に、自身のインスタグラムにカントリーミュージックの新譜を示唆する短いMV、そしてその後2曲のカントリーテイストの新曲をアップしています。アメリカ中が見るであろうスーパーボール、その間のCMからの新譜発表と彼女の戦略的な宣伝が伺えます。さて、今回はグラミーの審査委員会は彼女の曲をカントリー部門に入れるでしょうか。先日、夫であるJayZが「アカデミーはきちんと評価してほしい」と妻ビヨンセのことで意見していることもあり今後の動向が気になります。新曲の「TEXAS HOLD ‘EM」は「Daddy Lessons」と似たテイストですが、ゲストミュージシャンに私の好きなリアノン・ギデンズがバンジョーとビオラで参加しています。リアノン・ギデンズはキャロライナ・チョコレート・ドロップスのバンドで活躍していた頃から好きなミュージシャンですが、彼女の歌うハンク・ウイリアムスが私は好きです。ちょっと土着民族系の歌い方も独特です。


2024年の音楽シーンはカントリー・ルーツミュージック、アメリカーナという動きが出てきそうです。(と、毎年のように言われてきましたが、今回は本当にムーブメントになりそうです。いや、、なるかな。冷や汗)しかし、人種のサラダボウルと言われて久しいアメリカですが、溶け合わないものへの攻撃は相変わらず大きく、そういう意味ではアメリカが大きく、いろいろな人種がいるあまり一つになることの難しさ、まとまらないことでアメリカの力を維持できない恐怖がそうさせるのかもしれません。

Photo: Image Group LA/ABC via Getty Images

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