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#53 慶應小論文①経済学部

次の背景と課題文を読んで、設間A、Bに答えなさい。(60分)

A イノベーションが自由市場経済に及ぼす良い影響と悪い影響を、模倣との違いに着目して、200字以内で述べなさい。
B 技術進歩には、改良を主体とした「積み上げ型の技術進歩」と過去の技術にとらわれない「ジャンプアップ型の技術進歩」(イノベーションを含む)が存在する。それぞれが、社会にどのような影響を与えると考えられるか、課題文のみにとらわれず、具体例を示して400字以内で比較しなさい。なお、「積み上げ型」あるいは「ジャンプアップ型」と判断した根拠もあわせて示しなさい。

スライド6

[背 景]
 課題文の前の章では、次のようなことが記されている。バングラデシュのデーシュ社は、世界の主要繊維企業である韓国の大宇(デウ)と提携協定を結んだ。この協定により、デーシュ社の社員は大宇の釜山(プサン)工場で研修を受け、衣服の生産についての知識を得た。大宇は、生産技術をバングラデシュの環境に適合させ、衣服を海外市場で販売するための知識も供与した。大宇で研修を受けた社員の多くがその後デーシュ社を辞め、自分で衣服輸出会社を設立した。こうして知識が波及した衣服製造業はバングラデシュの主要輸出産業となり、その急成長は世界的に知られるようになった。

[課題文]
 経済成長が起こるのは、人々に新しい技術を受け入れるインセンティブ(※1)があり、将来の利益のために新技術を取り込む間は現在の消費をよろこんで我慢しようというときだ。このことが長期的には、その国の潜在的可能性を実現させ、平均所得を上昇させる。(中略)
 しかし、技術進歩のインセンティブには厄介な問題もいくつかある。技術進歩は勝者と敗者を生む。技術創造の鮮やかな外観の向こう側には、破壊されつつある技術と商品がある。経済成長は、同じ古い商品をますます多く生産するということと同じではない。それはたいてい、古い商品を新しい商品に置き換えるプロセスなのだ。新しい商品をつくるための新しい職(たぶん失職した人のためではなく他の人のための新しい職)がつくり出されたとしても、古い商品の生産者は職を失う。たとえば、アメリカでは三カ月ごとに仕事のおよそ5%が消滅し、新しい仕事が同じだけ生じている。古い技術に密着した既得権益は、新しい技術を妨害しようとするかもしれない。
 明かりの例でみても、高価格の明かりの生産者は、低価格の明かりの生産者によって、脇に追いやられ続けた。ロウソクは鯨油ランプに取って代わられ、鯨油ランプは灯油ランプに取って代わられ、灯油ランプは次に電灯に取って代わられた。ロウソク製造人、捕鯨業者、石油精製業者は、新しい技術によって、順番に仕事から追われた。これは新しい洞察ではない。ヨゼフ・シュンペーターは、はるか昔の1942年に、次のように記している。経済成長のプロセスは「内側から経済構造を絶え間なく大改革し、絶え間なく古い技術を破壊し、絶え間なく新しい技術を生み出す。“創造的破壊”のプロセスは資本主義にきわめて重要な要素である」。
 2人のエコノミスト、フィリペ・アギヨンとピーター・ハウイットは、最近の研究で、成長へのこの種のアプローチを強調した。彼らは、創造的破壊のプロセスはイノベーション(※2)に対するインセンティブを複雑にするといっている。自由市場経済ではなぜ非常に遅い歩調でしか技術革新が進まないのかについて、彼らはさらなる理由を述べている。革新者は、彼らのイノベーションに対して利益の全部を得ることはできない。それは他の人がマネできるからである。たとえば、マイクロソフトがアップルの革新的なGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)をウィンドウズで模倣してしまったので、アップルは開拓者利益の全部を得ることはなかった。この例からもわかるように、イノベーションの社会的利益は個人的利益よりも大きい。その結果、個人は、社会的利益に相当するほど速く革新を行う動機に欠けている。特許権の保護はこの問題を解決する1つの試みではあるが、アップルの例でわかるとおり、最初の改革者からの利益の流れをすべてもれなくカバーするわけではなく、非常に不完全な仕組みである。我々はこの問題を、イノベーションの専有不可能性とよぶことができる(これは前章で述べた「知識波及」原則に似ている)。
 アギヨンとハウイットはさらに、自由市場経済においてはイノベーションはきわめて不利な状況にあるというあまり知られていないもう1つの考え方を指摘している。将来のイノベーションが、いつかは現在の発明を時代遅れにしてしまうことを、現在のイノベーターは鋭敏に知っている。このことは現在の発明の利益を低下させ、したがってイノベーションに水をさす。明日の発明は今日の発明のうえに創造されるのだから、不幸な状況である。アイザック・ニュートンは、「もしも私がより遠くまでみることができるとしたら、それはただ私が巨人の肩の上に立ったからだ」といっている。
 今日のイノベーターは、彼らのイノベーションが永久に経済の生産性を向上させるとは考えていない。彼らは次の「新・新発明」がやってくるまで、彼らの革新からの利益を得るのである。このことは、ふたたび、革新による個人的な利益が社会的利益よりも小さいことを意味する。極端なケースは、人々が次のイノベーションの発生を恐れるために、何のイノベーションも起きないことだ。 (中略)
 貧しい国々は技術の発明者になりそうもないが、彼ら自身のトマス・エジソンやビル・ゲイツを生み出す必要はない。彼らには、豊かな国から発明を取り入れることによって、技術水準を引き上げることができるという優位性がある。
 前の章でバングラデシュの衣料産業を例として述べたように、貧しい国々は先進工業国から技術を模倣することによって、すぐに先端技術に飛びつくことができる。バングラデシュ人の衣料産業労働者たちは、韓国における訓練を通じて、韓国人の衣料産業労働者の真似をし、バングラデシュ人のマネージャーたちは韓国人のマネージャーたちの真似をした。
 富める国から貧しい国へ進んだ技術を伝達する1つの確実な手段は、バングラデシュの衣料産業の例からもわかるが、外国からの直接投資(※3)である。バングラデシュの技術的躍進は、韓国企業の大宇がバングラデシュに投資したから起きたことである。
 外国直接投資は技術進歩に良い影響を及ぼすという間接的な証拠がある。いくつかの実証研究によって、外国直接投資が対GDP比(※4)でより高いと、おそらく技術採用を通じての成長を反映して、貧しい国々の経済成長が高まる、ということがわかっている。インドネシアの企業を研究した結果、国内企業より外資系企業のほうが、労働者1人当たり生産高が多いということがわかった。インドネシアにおける外資系企業は国内企業の労働者1人当たり生産高も上昇させたが、これはおそらく模倣を通じてである。
 外国企業が導入されるもう1つの経路は、機械類の輸入である。貧しい国の人々がコンピュータの最先端技術に飛びつくのは簡単である。マイクロソフト・ウィンドウズのワードとエクセルがインストールされたラップトップ・コンピュータを買えば、それで万事うまくいく。最近の研究では、実際に機械類の輸入を通じて成長が進んだことがわかっている。もしも政府があまりに愚かで機械類の輸入を禁じると、成長は阻害される。たとえば、ブラジルでは、パソコン輸入が禁止されたために、必要とするよりも遅くしかコンピュータ革命が進まなかった。これは国内のパソコン産業を育成しようとする間違った試みであり、技術進歩をハイジャックする(※5)既得権益(※6)による古典的な試みであった。
(ウィリアム・イースタリー著、小浜裕久・織丼啓介・冨田陽子訳「エコノミスト 南の貧困と闘う」2003年)

 注
(1)インセンティブ……動機付け。
(2)イノベーション……技術革新。
(3)直接投資……将来の利益を見込んで、事業に資金を直接投下すること。直接出資。
(4)対GDP比……国内総生産に対する比率。
(5)ハイジャックする……ここでは、横取りするの意。
(6)既得権益……ここでは、すでに権利と利益を持っている者たちの意。

【解答例】


イノベーションが自由市場経済に及ぼす良い影響は、新しい技術と新しい雇用を生み出しながら、それが模倣されることで個人的利益よりも社会的利益が大きくなる点にある。一方、悪い影響は、個人的利益が小さくなる点と、次のイノベーションが起こることによって現在のイノベーションが時代遅れになってしまう点にある。そうすると、イノベーションを起こすインセンティブがなくなり、人々は何のイノベーションも起こさなくなる。(199字)

「積み上げ型の技術進歩」にはパソコンやインターネットの発達を挙げることができる。一方、「ジャンプアップ型の技術進歩」にはスマホやSNSの発達を挙げることができる。日本では震災以降に飛躍的に(まさにジャンプアップするかのように)スマホとSNSとは普及した。パソコンやネットの発達は人々の暮らしの利便性を向上させたのに対して、スマホとSNSとは人々の精神性や価値観すなわち文化をも変容させた。その変容には良い面もあるが悪い面もある。例えば、悪い面ではSNS上の誹謗中傷の事例を挙げることができる。おそらくこれには明確な法規制が必要であろう。しかし、現在ではまだ整備されていない。すなわち、テクノロジーの発展スピードに対して、それを管理する社会システムの構築スピードが追い付いてないのである。現代はそれほどまでにイノベーションのスピードが上がり、社会に管理困難な様相を与えていると言える。(391字)

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