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#47 要約練習課題⑮

【課題】次の文章を読み、本文内容を100字以内で要約しなさい。

スライド35

 漱石は、「働く」ことは人間性のうちのある部分しか使わないものだと認めながらも、「人は働かねばならない」と考えていました。「労働は神聖である」などとはぜんぜん考えていない現代のわれわれも、やはり「働いてこそ一人前である」と言います。そして、一部の人を除けば、「食べていける資産を持っていようといまいと、やっぱり働くべきだ」と思っています。では、なぜわれわれはそう思うのでしょうか。最初の問いに戻って、「働く」ということの意味は何なのか、考えてみましよう。
 先日、ワーキングプアに関するNHKのテレビ番組を見ていたら、30代半ばのホームレスの男性のことが紹介されていて、いろいろ教えられるところがありました。その男性は公園に寝泊まりし、ゴミ箱から週刊誌などを拾って売り、命をつないできたのですが、運よく市役所から、1ヵ月のうちの幾日か、道路の清掃をする仕事をもらうことができたのです。番組は彼の姿を追っていろいろ話を聞くのですが、その彼が最後に目頭を押さえて泣くシーンが映し出されました。
 彼によると、1年前だったら、何があっても涙が出ることはなかったそうです。ところが彼は、働いているときに、人から声をかけられたのです。何という言葉をかけられたのかわかりませんが、たぶん、「ご苦労さま」に類するような言葉だったのではないでしょうか。「以前は、生まれてこなければよかったと言ってましたが?」という取材者の問いに、「今も、そう思う」と答えた彼は、ちゃんと社会復帰すれば、生まれてきてよかったとなるんじゃないか、と言って言葉をつまらせます。そして、前だったら泣かなかった、普通の人間としての感情が戻ったのかもしれない、と言うのです。
これはとても象徴的で、「人が働く」という行為のいちばん底にあるものが何なのかを教えてくれる気がします。
 それは、「社会の中で、自分の存在を認められる」ということです。同じようにその場にいても、ホームレスとしてたまたま通りかかっただけだったら、声をかけられることはなかったはずです。一生懸命働いていたからこそ、ねぎらいの声をかけられた。人がいちばんつらいのは、「自分は見捨てられている」「誰からも顧みられていない」という思いではないでしょうか。誰からも顧みられなければ、社会の中に存在していないのと同じことになってしまうのです。
 社会というのは、基本的には見知らぬ者同士が集まっている集合体であり、だから、そこで生きるためには、他者から何らかの形で仲間として承認される必要があります。そのための手段が、働くということなのです。働くことによって初めて「そこにいていい」という承認が与えられる。
働くことを「社会に出る」と言い、働いている人のことを「社会人」と称しますが、それは、そういう意味なのです。「一人前になる」とはそういう意味なのです。
 社会の中での人間同士のつながりは、深い友情関係や恋人関係、家族関係などとは違った面があります。もちろん、社会の中でのつながりも「相互承認」の関係には違いないのですが、この場合は、私は「アテンション(ねぎらいのまなざしを向けること)」というような表現がいちばん近いのではないかと思います。清掃をしていた彼がもらった言葉は、まさにアテンションだつたのではないでしょうか。
 ですから、私は「人はなぜ働かなければならないのか」という問いの答えは、「他者からのアテンション」そして「他者へのアテンシヨン」だと言いたいと思います。それを抜きにして、働くことの意味はありえないと思います。その仕事が彼にとってやり甲斐のあるものなのかとか、彼の夢を実現するものなのかといったことは次の段階の話です。そしてもう1つ言えば、このアテンションという「承認のまなざし」は家族ではなく、社会的な他者から与えられる必要があるのだろうと思います。
(姜尚中『悩む力』集英社新書2008年5月)

解答例

人はなぜ働くのか。それは他者から「承認のまなざし」を得るためである。社会の中で自分の存在を認められること、すなわち社会という集合体の仲間として「そこにいいていい」という承認が、働くことの意味である。(99字)

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