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【京都・中編】最愛の地、京都のこと

前編はこちら。


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この日は朝から少し仕事をして、月末締め切りの論文を出した。「submit」を押すと体まで軽くなった気がして、新京極へ繰り出すことにした。

新京極は京都版の竹下通りみたいなところで、話題のスイーツや人気の服屋があったかと思えば、観光客向けのおみやげ屋さんがあり、はたまた古式ゆかしい何らかの店があり、という感じが気に入っていた。前掲のphaさんの言葉を借りるなら、「さまざまな速度の時間の流れや人がミクスチャーされて渾然一体となっていて、それがすごく面白い」のである。

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ところがどっこい、繰り出していった新京極はものの見事に衰退していた。「テナント募集」が異様に多い。以前であれば空くはずもなかった好立地のテナントが長らく募集中というありさまで、細胞の動きが徐々に鈍り、死んでいく生き物を見せられているようだった。

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それでもプラプラ歩いていると、「ワンアフターアナザーナイスクラップ」があった。長い。要は服屋です。かわいい系の。

私はこの店にひそかな思い入れがあった。なぜなら、一度も入ったことがなかったからだ。なぜなら貧乏学生のころは、ユニクロ以外の服屋では服を定価で買えなかったからだ。

歩けばいつもそこにあるのに、とても可愛らしい服が売っているのに、絶対に手に入らない。そんな思い入れを募らせたままついぞ入ることのなかった服屋に、すでにターゲット層から外れたかもしれない服屋に、この日は入った。

売られている服はとても可愛らしかった。値段を見ずに2着つかんで、店員さんの言うままにもう1着買った。1万5000円ほどだった。それで買い物は終わった。やり残したことはなかった。

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夜は昔からの知人を夕食に誘っていたので、マンションへ引き返して、買ったばかりの服を着た。

知人に新京極の衰退っぷりについて話したら、「これでも戻ってきたほうだ」とのこと。

いわく、もっともひどかった時期は八坂神社の参道、人通りが多すぎて車道を1車線つぶしてまで広げた歩道で、なお身動き取れなかったあそこですら、走り回れるほどに人がいなかったという。それを聞き、かつては「うそぉ」と思っていた市の財政破綻が、決して嘘ではないと分かった気がした。

こうしてレストランを出たあとは、二条城を通って西大路まで歩いた。ひさびさに見た二条城は姉妹都市・キーウを象徴するウクライナカラーに染まっていた。人のいない新京極と、もう戻れない世界情勢。どこにも永遠なんてない。

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この日も雨である。「京都」と聞くと多くの人は桜や紅葉、美しい嵐山の竹林を思い浮かべるかもしれないが、私の京都はいつも雨で、いつも寒く、いつも湿っていた。初めこそ「エモ!」とか喜んでいたが、いい加減飽きた。頼むから晴れてくれ。

うんざりしつつ百万遍行きのバスに乗ると、車内に子ども達の習字が飾ってあった。「はす」「つり」「正月」楽しい感じの言葉に少しだけ元気が湧いてくる。

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この日は大学の先輩に会うことになっていた。バスは百万遍の第二象限に着いた。十字路を象限で表現する手法は私のオリジナルアイディアかと思ったら、みな同じことを考えるらしく、セブンイレブンの募集文にすら使われていた。

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先輩と合流し、研究室と先生の部屋におみやげを届ける。その後は疏水の桜を見ながら祇園四条へ戻ることになっていたのだが、雨なので萎えてしまい、市バスに乗ることになった。先輩はずっと京極夏彦『鉄鼠の檻』を読んでいた。

祇園四条でランチを取り、店を出るころに雨は止んでいた。そこで円山公園に移動し、桜を見ながらべらべら喋っていたら、

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亀がいた。

亀は目の前の小川を目指しているらしい。甲羅干しをしていたのか、背中がまだらに乾いていた。

「川に入るまで見守りますか?」
「いいよ」

先輩の承諾を得て、亀の歩みを二人で見守る。カメラが威圧感を与えてしまったのか、亀はときどき休みながら、しっかりとした足取りで進んでいく。その速度はイメージよりも速かった。

亀はようやく小川のふちに辿り着いた。しかし水まではけっこうな高さがあり、不用意に飛び込むとひっくり返ってしまうリスクがあった。

それをちゃんと分かっているのか、亀はしばらく小川をのぞき込んだかと思うと、左回りに移動し、30cmほど離れたところを再び確認。そこもふさわしくないと分かると、またしても30cmほど移動し……を繰り返した。

(よく見ると亀がいます。探してみてください)

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なんだか、社会への参加方法が分からなかった5年前の私みたいだ。

しかし亀は私よりも立派で、ついに誰の手も借りることなく、多少なだらかになったふちから小川へ飛び込んだ。「やりましたね」なんて言い合いながら公園を出る。夜には別の先輩も呼んで、京都駅近くで夕食をとった。

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この日は朝から臨時のミーティングがあり、仕事モードに入っていたので、依頼されていた原稿を進めた。昼からはまたしても先輩に会うことになっていたので(7日中6日くらい会っています)、待ち合わせ場所のカフェへ向かった。

この日の目的地は「サロンドロワイヤル京都」で、「多少寒くてもよければ」鴨川を望めるテラス席でスイーツをいただけるとのこと。せっかくなのでテラス席を選ぶ。グラスには小さな京都が写っていた。

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その後はまたしても高瀬川沿いを歩く。その脇を、大あくびをしながら自転車が駆け抜けていく。やっぱり大好きな街だ。

夜は弟と会う約束になっていた。弟とは仲がいいけれど、良い意味でお互いに興味がなく、「そういえば弟は京都に住んでいるんだった」と気付いたのは旅行初日のことであった。

しゃぶしゃぶを食べながら、弟に近況をたずねる。結婚を考えている人がいるけれど、もろもろの事情で保留しているとのことだった。また、仕事のほうも感染症の煽りを受けてボーナスカットとなり、奨学金の返済が大変で、転職も視野に入れているというようなことを言った。

「それでさ、転職サイトに登録してんけど」
「うん」
「まだ本気じゃないからさ、登録情報とか、適当でええわと思って、職業『カードキャプター』にしたってんか」
「ひどいな(笑)」
「それでもスカウト来るねん。何やと思う?(某居酒屋チェーン)の店長やで」

カードキャプターでも、居酒屋の店長になれるんだ。社会って意外と多様なキャリアを受け入れているのかもしれないな。

というのは冗談で、困ったら少しは支援する旨を伝えた。大人の角度で頭を下げ、「ごっそさんっす!」と笑う弟の姿に、大きくなったなと思った。

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「いい加減にしろ」と思った。ばかのひとつ覚えみたいに毎日寒くてジメジメしている。もう4月だぞ。

連日の雨に服のローテが限界を迎えつつあった。生乾きにはもう耐えられない。仕方なく、徒歩10分ほどのコインランドリーへ向かうことにした。きっかり60分の工程を待つ間は、前田珈琲でモーニングを食べた。

昼は先輩とスモーク肉寿司を食べ、再び円山公園へ向かう。この日は哲学の道を歩きたいと思っており、その南側の端が円山公園(の隣にある知恩院あたり)なのであった。

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久々に見た知恩院は大きく、南禅寺は静かで、哲学の道は美しかった。若王子神社近くの猫スポットも健在で、スマホからプロ仕様まで多種多様なカメラが猫たちを狙っていた。猫のほうも動じることなく、いかにもネコ科然としている。ほんの少しだけ切り取られた耳からは、猫たちが適正に管理されていることが窺えた。

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こうして銀閣寺あたりまで歩き、今出川通を臨む頃には16時を過ぎていた。18時から自分が主催の研究会があり、何を隠そう先輩もメンバーであったため、今日はここで解散ということになった。研究会はおかげさまで盛り上がった。

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トラブルが発生した。夜中に嘔吐してしまったのである。

珍しいことではない。私は気が小さく、なにか気がかりなことがあると夜中に吐いてしまう。

心配事の最たるものが「早起き」で、もしも寝坊したらどうしよう、もしも道に迷ったら、とどんどん不安になっていく。この日は早起きして嵐山に向かうつもりだったので、それがプレッシャーになったのだろう。不便な体だ。

吐き気が来たのは夜中の2時半ごろで、吐けども吐けども胃液しか出ない。それなのに脳はおさまらず、何もかもを吐き出そうとする。世の中、言葉で説得できる相手ばかりではないことを、私はいつも自分の体で思い知らされる。

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そうは言ってもヒマなので、こうなったらいつも通りWikipediaサーフィンでもすることにした。胃液を吐きながら「コルク」オエーッ「天然ゴム」「レジン」オエーッ、オエーッ「シェラック」「レトロニム」オエーッ「銀塩写真」オエーッ、無益な時間だ。

寝付けたのは結局5時で、嵐山になど行く気もせず、昼あたりまで寝た。あれだけ吐いたのにおなかは空くので(バカな脳だね〜)、百万遍の「コレクション」に向かう。ありし日の森見登美彦御用達のカフェである。

バスの車窓から百万遍を眺めていると、焼肉ももじろうは駐車場になり、ダイコクドラッグは閉店してすっからかんで、ラジュは相変わらず元気だった。コレクションも無事。とてもうれしい。

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名物である「トリ皮のバターライス」を注文する。ここの空気は相変わらずだ。数年前に店主がDIYで作った客席も、いつの間にかすっかり馴染んでいるように見えた。

ときどき、客が会計をしに来ると、

店主「(注文は)何でしたかね?」
客 「ピザトーストと、コーヒーと、クッキーを3枚持ち帰りで」
店主「〇〇円です」

という感じで会計を済ませている。まさに性善説に基づいたシステムで、無法者によって破壊されることがないよう、切実に願ってしまう。

結局この日は、夜もUber EATSでコレクションのメニューを頼んだ。吐き気がぶり返すことはなく、無事に私の血肉となった。

(続)



とっても嬉しいです。サン宝石で豪遊します。