空白の4月

 今日は4月30日。ここ1ヶ月、とても退屈だった。体感、8月31日を90回繰り返されているような心地。ことの顛末を振り返ろう。

 3月末で最終出勤日を迎えた。有休は20日以上残っていて、4月の各平日に振り、1ヶ月丸ごと休んだ。そして明日から転職先で働く。

 1ヶ月休むのが決まった時点では喜びと解放感に満ち溢れていた。権利行使による無職生活を楽しんでやろうと思ったからだ。

 4月1週目水曜日。多くの新入社員が社会人デビューを迎えて間もないこの日、オフィス街のビルのレストランで11時半から食事していた。12時を過ぎるとぞろぞろと客が入り乱れる中、悠長に食べ物を口に入れるのは至福の2文字に尽きる。生産活動に従事している大人達を15分ほど眺め、キリの良いところで店を後にした。

 4月2週目火曜日。高校時代お世話になった先生が在籍していることをHPで確認し、アポイントメントを取り付けて訪問した。
教頭になった身でありながら、時間を割いてくれることに感謝し、転職先の話やこれまでの仕事の話、同級生の現在にまで話が及び気付けば1時間弱の時間が経過した。社会人デビュー、結婚、出産と人生の節目で会いに来る卒業生が大半を占めるらしい。

 4月3週目火曜日。平日の深夜帯、社会人になってから初めて映画館で鑑賞した。大学生の頃は体力、時間ともにあり、恐ることなく深夜帯の映画館に足を運んだのに。

 4月4週目月曜日。退屈を感じ始めてきた。皆、土日休みの中、一人平日に時間を持て余している。どこか出かけようと思ってもこの無職状態でわざわざ赴く必要性がない。どこに行きたいわけでもない。本来定年退職後に知る世界を今、知ってしまった。

 深淵を覗くとき、深淵もこちらを覗くらしい。経験を通して分かった。退屈に身を委ねるとき、退屈もこちらに身を委ねる。離れろ、あんたとは共依存したくない。それならどこかしら、1人でも出かけた方がいいか。

 朝の8時から1時間かけて2泊できる程度の衣服とその他諸々をバッグに詰め込み、遠くへ行こうとターミナル駅に向かった。目的地は海に面して、星が瞬いて、海鮮料理が美味しい場所。

 特急も新幹線も求めない、鈍行列車に揺られながら背後に流れゆく景色を眺め、悪くないなと思った。星や海に限定しなくても、未だ知らないささやかな景色を知る。こんな楽しみがあると知り得た。退屈を追い払う方法を知り、以降4月の平日は一度も行ったことのない場所に足を踏み入れた。

 そして冒頭に戻る。4月30日本日だ。月の1週目と4週目以降はそれなりに暇を潰せた。2週目後半から3週目の退屈具合は今となっては思い出したくない。怖いものがそこいらに転がっている中、退屈は上位に位置すると思う。

 明日から仕事を再開する。大抵の人間が代替可能なこの世界で、給料と目指すキャリア、それに暇潰しを兼ねて、仕事に取り組む。

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