願いと夢

「願いと夢の違い?」
僕の質問を復唱する。
「自分の力で叶うものが夢。自分の力だけでは及びもしない願望が願い」
先月より涼しい今日。縁側で団扇を強く煽ぐ君。敢えて髪留めなんかしちゃって。
「ほら、夜空の星に願いを込めるのとか。自分の力で叶うなら、流れ星にも天の河にも祈らないのよ」

乾きと俯瞰が入り混じった答えだと思った。神様によって裂かれた彦星と織姫の二人に、僕は願いを短冊用紙に書いていいのか、躊躇う。彼らも彼らでようやく逢瀬を果たす今日、そっとしてやってもいいのではと、天邪鬼よろしく考える。
「それで何を書いたの?」
これからリビングに取り付ける、短冊用紙を僕の手元からスッと抜き取って。
「『今日の過ごしやすい暑さが8月末まで続きますように』、、ああ、これは願いだね」
乾きと諦めが丁寧に組み込まれた、切なげとも違う、むしろ哀れみにも近い視線を僕に向ける。僕がもう一つ、候補となった願いを書き込んだ用紙を見せる。君は「分かる」と呟いた。

「虫は怖いからね。『部屋に虫が来ませんように』は頷く他ない。ただそれを同い年の異性に見せるのは理解できない」
僕は。僕は。虫への恐怖をオープンにするのが恥ずかしいとは思わない。怖いものを怖いと伝える、これは明らかに強さだと思う。
「私の願いを聞きたい?」
多分だけど、僕は君の願いを知っている。彼女は短冊用紙を僕に見せた。きっと、昨年と同じだろう。想定と違う場合は恥ずかしいことこの上ないが。

「これ。読んでよ」
「『君の優しい声が、至るところで響きますように』か。去年と同じだ」

沈黙が続いた。君はさっきより強さを抑えて、僕に団扇を扇ぐ。風鈴の響く音は変わらないのに、先ほどより透き通って聴こえる。目の前にはそそくさと猫が横切る。

「彦星と織姫。きっとたくさんの願いを聞き入れて忙しいから。今年は届くといいな。二人の願いが届くといいな」
「うん」

彼女にはきっと、いつまでも敵わない気がする。同い年で血が通っている従兄弟で、それでも及ばないものを持ち合わせている。見上げる星には届かなくても、星は地上に住まう僕を見守っている。僕らは短冊に願いを飾り付けてから、縁側に戻って、しずかに夜空を見上げ続けた。

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