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調顔師、という仕事/Re:散文夢

青い顔をした女だ。少し頬に影があり、はかなげな美しさがある。
もう一方は赤みさす顔をした女だ。ふくよかで幸せそうではあるが、でも何かが足りないと私は思った。
「どっちがいい?」
ふたつの顔を見下ろしていた彼女が問う。青い顔と赤い顔、どちらが良いか意見を求められているのだと理解するのに数秒かかった。

調顔師、という仕事がある。
去ってしまった人の顔の、思い出の中での再現を調整する仕事だ。現実世界ではおそらく納棺師が近いのだけど、思い出は美しいだけでなく同時に、たとえば憎しみにも彩られているから、だから時々に応じて調顔師はその名の通り「調整」をするのだ。

彼らの仕事場は夢の中で、人の夢へと入っていき、その思い出の中にある顔たちを補正していく。あるものは美しく、あるものは若々しく、あるいは怒りを掻き立てるように…。

「どっちがいい?」

彼女がふたたび問う。
夢を見ているのは男性。調顔するのは以前こころを寄せていた女性の思い出。彼女の現在は不明。
不明…。
不明……。
不明………。
不明…………。
……………………。
だからこの仕事があるんだ、と彼女は言った。
素敵なものでもイヤなものでも憶えてなくちゃならない。一見忘れ去られた記憶でも、いつかもしかしたら参照されるかもしれない。その時のために整えておく。それが私の仕事だよ…
「まぁ、図書館の司書みたいなもんだよ」とも。

彼女と私で女を見やる。
青い顔をした女だ。少し頬に影があり、はかなげな美しさがある。もう一方は赤みさす顔をして、ふくよかで幸せそうではあるが、でも何かが足りない。同じ女だけど微妙に、そして決定的にちがう。

「どっちがいい?」

声が響く。
彼女の声が、残響のように私の周りをめぐり、やがて鼓膜を圧していく。

あぁ、これは私だ。

誰かの、私なんだ。

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