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木造宇宙を降りていく/Re:散文夢

かがんでやっと通れる木造階段を、潜るように下りていたところだった。
その小人のおじさんは、階段の屈曲点にある壁の隙間から現れた。
身長50センチメートル(くらい)、2頭身、背中に○金マークの赤いチャンチャンコを着た四角い禿頭のおじさん。最初は頭が現れ、小さな肩口をグリグリやりながら、明らかに体より小さな隙間から「ぽん」という感じでこちら側、わたしの目の前に現れた。
小人のおじさんはあたりをキョロキョロ見回し、階段の先、小さな踊場にある台座にちょこんと収まりそしてそのまま動かなくなった。

「いったいなんなのですか?」
あとから続く隻眼の叔父にたまらず聞いた。
「ああこの屋敷、こんな風に廊下や階段が蟻の巣みたいに通っていてね、たまにあっち側と交錯したりするんです。使われている木材の記憶がそうさせるという人もいますね」
「いえそうではなくて、あの、さっき出てきた小人さんの方です」
ふむ、と叔父はひと呼吸をおいた。
一体この隻眼の叔父は何者だろうか、といつも不思議に感じている。私の味方なんだろうとは思う。こんなところまで付き合ってくれているのだし、なんでもよく知っているし。
でもこの人のことを私は全然よく知らない。その非対称性に、たまに怖くなる時がある。例えばこういう僅かな沈黙の時とか…。

「あれは置物です」
やおら叔父は言った。
「いや置物って、あれ動いてませんでしたか?穴から出てきて自分で歩いて行きませんでしたか?」
「だから置物なんですよ、あれは」
踊り場でその置物の肩がぴくりと動くのが見えた。
「そんなはずないでしょう、叔父さんも見たでしょう?、あ、今動きましたよ置物」
やれやれ、といった仕草で叔父は諭すように私を見て言うのだった。
「ねえ、ここには真実などないんです。わかっていても、言ってはならないことがある。それを言ってしまうのをここで何というか教えてあげますよ」
隻眼が少し盛り上がって見えた、怖い。
「まこところがし」
「はい?」
「まこところがし、です。あったかもしれない記憶を真実のように振り回すのはここでは無粋です。嫌われますよ」

あっち側に通じているという隙間の穴がギシリと鳴った。あっち側の、またあっち側からもギシリギシリと鳴っているようで、木造の宇宙が共鳴しだした。
その共鳴の中、私たちは再び狭い階段を潜るように降りはじめる。

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