見出し画像

真っ赤なリップを買った

「彼氏に自信もらいたいとか思ってるうちは、いつまでたっても自信なんか持てねーんだよ」

なんにも予定のない金曜日の夜、スマホ漫画をスクロールする指が止まる。

渋谷の伝説のギャル、蘭ちゃんの生き方や考え方は昔からブレなくてまっすぐでかっこよくて、何度も心を動かされた。

けれどその日は、違っていた。心が、止まった。冷や汗が流れたような気がした。その言葉がまるで、わたし自身に向けられたもののようだったから。


***


最近、真っ赤なリップを買った。

アラサーのくせにちゃんとメイクに目覚めたのはここ半年ほどのことで、それまでは毎日同じメイクをしていた。奥二重でアイメイクが全然映えないことも手伝って、毎日ファンデーションを重ねるだけの作業。

真っ赤なリップを買ったのは、本当にたまたま、目についたから。それだけのこと。

店頭に大きく飾られていたカラフルなリップ。真っ赤なリップをつけているモデルは、思春期のころ憧れていたzipperのモデルのようで。
テスターを手にとり、手の甲に真っ赤なテクスチャーを載せた。そのまま唇へ。

鏡をみたあと、わたしはまっすぐレジへと向かった。



家に帰って、真っ赤なリップを塗った自分を見てみる。似合わなくはないけれど、なんか変だな。チークやアイメイクと合わないのかな?

なにせわたしのメイク歴はわずか半年。わたしよりメイクが上手な中学生はごまんといるはず。インスタやYouTubeで、赤いリップとわたしの顔に似合うメイクを必死に探して、やっと納得するメイクにたどり着いた。

ラベンダーとピンク系のアイシャドウを薄く重ねて。マスカラと、目尻に少し長めのアイライン。チークは使わずに、ハイライトでつやつやに仕上げた肌へ、真っ赤なリップをのせる。

そう、たぶん、憧れていたzipperのモデルたちはこんな感じだった。あの頃のモデルたちはみんな、自分の顔にぴったり似合うメイクと真っ赤な唇を重ねて、強い眼差しでこちらを見ていた。


嬉しくて、そのメイクで出掛けてみたくて。さっそくデートの予定があったので、家を出た。

髪を切っても染めてもろくに気づかない彼だけれど、その日は開口一番、「いつもと違うね」とわたしの変化に気付いたようだ。

「綺麗だけど・・・、俺は好きじゃない」

苦笑いで言う彼。わたしは驚いてしまった。その言葉に、傷ついていないわたし自身に。


彼との付き合いが長くなるほど、わたしは彼好みの服装や髪型をするようになっていた。

だって、彼にかわいいって言ってもらいたかったから。少しでも、彼の好きなわたしに近づきたかったから。自分らしさがないと言えばそれまでのこと。でもわたしは、彼に愛されるわたしでいることに必死だった。GALS!の蘭ちゃんの言うように、彼に愛されることで、自分を肯定していたのだろう。

でも今、「俺は好きじゃない」って。言われてしまったよ、彼に。かわいいってぜんぜん思われてないよ。大丈夫なの?わたし。

なんだか笑ってしまう。面白いかもしれないなあ。だってわたし、メイクを考えているときに、彼のことなんてこれっぽっちも頭になかった。彼に好かれるためのメイクをしようなんて、考えもしなかったから。

今まで彼に愛されるための服装や髪型をしていたわたしは、一体どこにいったのだろう?



彼に愛される自分でいることは、やっぱりわたしにとっては大事なことで。苦笑いで「好きじゃない」という彼は、いつも通り彼好みのメイクをしてほしいんだろう。たぶん次に会うときは、彼に合わせたメイクをするだろう。

けれど「好きじゃない」と言われて、わたしは笑えた。すごいことじゃないか。以前のわたしなら落ち込んで、真っ赤なリップもせっかく考えたメイクも、お蔵入りさせていたかもしれないのに。

わたしは今この瞬間、彼から自信をもらわなくても、笑っていられたんだよ。


「自分から輝いてこーぜ!」と蘭ちゃんは言っていたけれど、これもそのひとつに数えてもいいかな。まだ自分ひとりで歩くのは難しいかもしれない。そのかわり、彼じゃなくて真っ赤なリップに自信をもらうの。



世界はそれを愛と呼ぶんだぜ