誰かの大切な想いを、コメディで消費したくない
ドラマ「おっさんずラブ」を観ていると思う。
日本人はまだまだ、コメディという形でしかLGBTを受け止められないのかもしれないな、って。
一期を途中からみて、映画も観て、in the skyは初回からしっかりリアルタイムで視聴しているわたしに、そんなことを言う資格はとてもないのだけれど。
実際、田中圭は確かにかっこいいしかわいいし、ダンディなのに乙女すぎる吉田鋼太郎はほんとに面白い。でもテレビを観て笑ったあと、いつも少しだけもやっとした気持ちが心をよぎる。
たとえばこれがコメディ抜きの真剣な恋愛ドラマだったら、どのくらいの人が観るのだろうな。批判する人も、いるだろうなあ。コメディとして描かれたのは、これから少しずつ世の中に受け入れられていく兆しなのかもしれないけれど。
わたしがLGBTだったら(という表現が正しいのかわからないけれど)、どんな気持ちでおっさんずラブを観るのだろう。気にしないかな、それとも嫌な気持ちになるのかな?
でも、普通の男女の恋愛ドラマだってコメディはあるんだし、考えすぎなのかな。。とか考え出すともう、キリがなくて。
こんなふうに考え出すようになったのは、身近な友人がLGBTだったという話を聞いたのが大きいのだと思う。
好きという気持ち、誰かを愛しく想う気持ちは、どれほどの夜を超えても変わるものじゃないでしょう。だからその気持ちを、そんなふうに消費したくないんだ。
世界はそれを愛と呼ぶんだぜ