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比べることなんかじゃないのに

わたしの彼は27歳で、今年の春から社会人になった。それからと言うもの、彼の生活の中心は、わたしから仕事へと変わった。当たり前のことだけれど。



毎日終電まで仕事をし、仕事が早く終われば終電まで飲み会に行く。絵に描いたような、ブラックよりのサラリーマン。慣れない環境の変化に戸惑いながらも、彼は楽しそうに働いていた。

わたしはずっと寂しくて、とても心配だった。

以前は一日中していたLINEは、かえってくるかこないか程度に減った。会えばいつも通りの態度だったけれど、疲れているのが目に見えて辛かった。季節の変わり目にすぐ風邪をひいて寝込む人なのに。お酒も大して強くないのに。


特に最近は、終電まで働いても仕事が終わらず、家に帰っても働いていた。身を粉にして働く彼に何もできない自分が情けなくて、寂しいなんて思えなくなった。ただ早く仕事を終えて家に帰ってほしい。本当にそれだけで。

昨日も会社に一人だけ残って仕事をしている彼が心配で、思わず「どうしてそんなに頑張るの?」と聞くと、思いもよらない答えが返ってきた。


「みどりが社会人として頑張ってきた5年とか6年とかの時間を、1年やそこらで追いつこうとすると、駆け抜けるしかないから」


彼が年齢のわりに社会人経験が少ないことをコンプレックスに思っているのは知っていた。けれどふだん冷静沈着な彼が、22歳で大学を卒業しそのまま働いているわたしと自分を比べているなんて、思いもよらなかった。
そんなこと、比べることでも、優劣をつけるものでもないというのに。

そして彼がこんなに頑張るきっかけが、まさかわたしにあるだなんて。

わたしのために、とかでは決してないけれど、それでも彼が働く理由のひとつにわたしがいることは嬉しかった。でも同時に、とても悲しい。わたしが今まで彼に伝えた「寂しい」とか「頑張りすぎないでね」という言葉は、一体どう届いていたのだろう?



押し黙るわたしに、彼は「いつもありがとう」と言った。わたしはますます何も言えなくなって、泣きそうになっているのを誤魔化すことしかできなかった。





世界はそれを愛と呼ぶんだぜ