見出し画像

こんなところに喫茶店!?古き良き生活を五感で感じられる「孫右ェ門」で感じた京文化

いたるところにある寺院や神社、着物姿で街を歩く人たち、築100年を超える日本家屋など、古き良きものが数多く残る、日本の古都、京都。

そんな文化や歴史に多くの人が魅了され、コロナ禍前の2019年の年間観光客数は「8791万人」と世界でも有数の観光都市になっている。

それだけ人気の都市なので、観光スポットなどに足を運ぶと、どこを見渡しても人、人、人。しかし、その一方で、商店街や住宅地などを歩くと、昔ながらの日本の生活を垣間見ることができる。

そういったところでは、ガイドブックやテレビ特集では決して取り上げられていない、リアルな世界が広がっているもの。

今回は、今年4月から京都に住み始めた私が、「京都のことをもっと知りたい」と散歩している時にたまたま見つけた、路地奥にひっそりと佇む喫茶店について紹介していきたい。

おそるおそる門をくぐったその先には......

今回、私がたまたま見つけたのは丸太町駅から徒歩10分のところにある「喫茶 孫右ェ門(まごえもん)」。

散歩をしていて少し疲れたので、Google Mapsでカフェを検索し、「隠れ家的カフェ」という口コミに惹かれて、このお店を選んだ。

しかし、地図の示す通りに歩いてきたものの、なかなか目的の場所にたどり着かない。もう一度地図を見直して、お店の場所を確認するとようやく看板を見つけた。どうやら目の前を数回通り過ぎていたようだった。

「喫茶 孫右ェ門」の文字があるけれど、「森木」「有限会社ウッド・フォー」の表札もある。

「ここは喫茶店なのだろうか?それとも個人のお家?勝手に入っていいのかな?」

そんな葛藤を抱えながら、門の先が気になる好奇心を抑えきれず、「お邪魔します」と小さくつぶやいて中に入っていった。

しかし、門をくぐった先にもまた門が現れた。急におじちゃんが横から現れて、勝手に入ったことを怒られはしないかとビクビクしながらも、「この奥、右へお進みください」という矢印に従って、さらに奥の方へ入っていく。

光が差し込む開放的な空間

2つ目の門をくぐり抜け、右に曲がった先には、こじんまりしているが、差し込む光と緑がきれいな坪庭が広がっていた。

まるで田舎のおばあちゃんの家に遊びに来たかのような感覚で、まだ誰かのお家にお邪魔している気持ちが拭えないまま、縁側から中の方をそーっと覗く。

外から様子を伺っていると、お店の人と目が合い、中へと案内された。「お好きな席にどうぞ〜」と言われたものの、やっぱり誰かのお家に上がる感覚があり、落ち着かない。

とは言っても、「やっぱり帰ります!」と言い残して引き返す訳にはいかないので、そっとソファーに腰を下ろした。

目には見えない隔たり

貸切だった店内に、後からおじちゃんが入ってきてカウンターに座り、仕事のことや京都の街並みの変化など色んなことを店主と楽しげに話していた。

地元の人同士っぽい会話をちょっと羨ましく思いながら、そこには入れない気がして、ひとり本を読みながら紅茶を飲み、そっとお店を後にした。

家に帰る途中も、路地奥にあったそのお店のことがなんだか心に引っかかっていた。「お店の人に接客してもらったし、おいしいものもいただいた、でもなんだかすごく距離が遠かった気がする……」

いつもならお店に行って、店員さんと自分との距離感などあまり気にしないのだけれど、そのときは不思議ともっと近づいてみたいと感じたのだ。

そして、その気持ちに正直に、InstagramのDMで連絡をとり、今度は『取材』という形で、再度訪れることになった。

お話を伺った店主の森木さん(右)と松本さん(左)

暮らしの知恵と工夫が詰まった京町家

初めて訪れた時に、人の家にお邪魔しているようでソワソワしたと書いたが、話を聞いていく中でその原因がわかった。

ここは喫茶店でありながら、森木さんのデザイン事務所でもあり、住居でもあったのだ。

そして、この建物が京都を象徴する「京町家」だと知った。京町家について調べてみると、こんなことが書いてある。

奥行きのある細長い造りから「鰻の寝床」と呼ばれる京町家。京都の象徴といえる存在であり、長い歴史の中で様々な暮らしの知恵と工夫を積み重ねながら発展してきました。

職住共存を基本とし、その内部には、ライフスタイルに適した機能性と芸術性を兼ね備えた工夫が随所に凝らされています。

京町家とその暮らしの文化

住居と喫茶店を兼ねているのは珍しいと思ったが、どうやら京町家は「職住共存」が基本となっているらしい。

昭和10年(1935年)に建てられ、当時のまま残っているこの京町家にも、長い歴史の中で培われた快適な暮らしのヒントがたくさん隠されている。坪庭や座敷など家の大きな部分はもちろん、襖や灯籠などにもそれぞれ役割があり、全てに大切な意味があるのだ。

そんな昔ながらの暮らしの知恵や四季の楽しみ方を孫右ェ門のInstagramで発信しているので、興味ある方はぜひ一度覗いてみてほしい。

孫右ェ門Instagramの投稿の一部

▼孫右ェ門Instagram

築88年の京町家と森木さんの出会い

そんな京町屋と森木さんが出会ったのは、約35年前のこと。

当時デザイン会社に勤めていた森木さんは、「京の町家」をテーマに作成した1988年のカレンダーで、この京町屋の路地を撮影させてもらった、という。

森木さんが撮影した1988年のカレンダーの表紙

それから、グラフィックデザインの仕事で独立した森木さん。他の場所に事務所を構えたものの、ずっとこの家のことが頭の片隅には残っていた。

引っ越しを考えていた頃に、ちょうどこの家が空いたというのを聞きつけ、20年前に住居とデザイン事務所をここに移したのだった。

それから10年ほどはデザイン事務所兼住居として使われていたこの場所だが、あることがきっかけで、「喫茶 孫右ェ門(まごえもん)」の営業が始まった。

長年の構想を実現するために始めた喫茶店営業

「実は喫茶店やろう!と思って始めたわけではないんだよね」と話す森木さん。

グラフィックデザインの仕事を請け負い、スタッフも雇っていたが、デザインの仕事はクライアントが依頼してくれて初めて生まれるもの。そのため、忙しい時とそうでない時の差が激しかった。

「30年くらいデザイナーとして仕事をする中で、仕事を請け負うだけでなく、自分たちでデザインしたものも売っていきたいな、と思うようになった。でも、長年構想はあったものの、なかなか踏み切れなくて」

そんな森木さんの背中を押したのは、当時雇っていたスタッフの存在だった。

「自分ひとりだけなら、仕事に波があってもなんとかなる。でもスタッフを雇っているとそうもいかない。『彼女に仕事を与えないといけないし、お給料も払っていかないといけない。』そう考えた時に、人が集まる場所を作っていかないと、と思ったんだ。」

『自分たちが作った作品をお店に並べて、より多くのお客さんに見てもらう』

実はそんな目的から2012年に喫茶店の営業が始まった。当時は、喫茶店だけではなく、スタッフが企画してワークショップなども開催していたという。

それから、「いつかはスイーツで独立したい」というスタッフが加わり、いまはプリンやパウンドケーキ、チョコタルトなどのスイーツメニューも提供している。

和紅茶とウイスキー入りの大人の生チョコタルト

試行錯誤しながら人生をもデザインしていく

「歳を重ねるごとに、自分の生き方もデザインしていかないといけないからね。ここはそういう場所かな」

いまの喫茶店営業の形が最終形ではない、と語る森木さん。

「ここには森木さんと話したい、と言ってやって来られるお客さんも多いですからね。なので、森木さんらしさを大事にしつつ、私もできることをやっていきたいです」と横で付け加える松本さん。

40くらい年の違うふたりだが、そこに教える・教えられる、という関係性はなく、一緒にいいものを作り上げようといつもアイデアを出し合っているそうだ。

ここでは、「お互いの着眼点が違うからこそ、攪拌されていいものが出来上がる」そんな化学反応が起きていた。

店内で販売しているデザイン雑貨の一部

ゆっくり丁寧に築き上げる京都文化

今回、孫右ェ門に訪れて一番感じたのは、「独特な時間の流れと間合い」。

私が生まれ育った奄美のおおらかで開放的な雰囲気とも、大学時代から過ごした東京での変化が早く、目まぐるしく移り変わる感じともちょっと違う。

京都文化について聞いてみたところ、それぞれこんな答えが返ってきた。

森木さん「昔ながらの商習慣では、誰でも来てくれたらええよ、という感じではないんでしょうね。お客さんは神様というわけちゃうし。お店とお客さんとその場の雰囲気を維持していくためには、自然と時間をかけて関係を構築していかないといけないんちゃうかな」

松本さん「私は京都の人間じゃないので、ここと学生の時に働いてた割烹料理屋さんで京都の人たちのお付き合いの仕方を見ていただけですけど、京都の人ならではの礼儀と距離があるんちゃうかなとは感じました。多分、京都の人には京都の人しか分からない、ここで退かなあかんとか、ここはこうするやろ、というのがあると思うんですよね」

人によっては、それが閉鎖的だと感じる人もいるのかもしれない。しかし、私が感じたのは、なんでも全てを受け入れることをせず、内にあるものを丁寧に守ってきたからこそ、伝統文化や歴史ある町並みの残る京都であり続けられるのではないか、ということだ。


まだまだ私にとっては、奥が深すぎる京都。これから少しずつこの街の内側に入れる体験ができたらいいなと感じたのだった。




サポートいただいた分は、これからも楽しく執筆を続けられるように、大好きなチャイやちょっとしたおやつ代にします♡あとは、ステキだなぁと思った方のサポート代に回していきたいと思います。