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月日を経ることでしか気付けない「人生の奥深さ」があった

年齢を重ねるとともに体の変化を否応無く感じる一方で、ここ1、2年で心の方も驚くほど別人のようになったと感じます。


|いままでできたことができなくなる

その変化を受け入れるのに随分月日がかかりました。
簡潔に言えば、押す→引く。能動→受動。がんばる→がんばらない。蜜を吸いにいく蝶→吸われる花。
まるで真逆の性質です。

エネルギッシュで自ら突き進んで掴み取っていくタイプだった人が、余計なものをそぎ落とし流れに身を任せ目の前にきたものを受け入れていく人へと変化することに、最初は動揺しました。

わたしが変わりたいと思って変化したというよりも、土の時代から風の時代になったことで、必要に迫られて人間もアップデートしたんじゃないかと思うんです。

いままでできたことができなくなる。
いままで湧き上がった気持ちにもうなれない。

そんな現象に切なさを感じました。

|ずっと信じてた呪いが解けていった

一方で、これまで見えなかった視点で物事が見えるようになったんです。

昔はわからなかった「人の考えや在り方」がとてもうつくしいものだったと気づいたり。
なんでもかんでも多ければいい、数字や評価や有名だといい、という呪いが解けていったり。
余計な力みやプライドや、自分が課した高い高いハードルに、はたと気づいて「一体いつのまにこうなってたの?」と驚いたりしたのです。

例えるなら、今までは「1.2.3.4.5」という絶対評価(1かダメで5がすごい)のベクトルだった世界が、「あいうえお」という相対評価(平仮名には優劣ってない)のベクトルで見えるようになったんです。

気付けば、これまでの人生で「なんだか心地よく、自然体で生きて、うまくいってるな、この人」と思った方々の在り方に自分も近づいていました。

|人生の師匠から教わった「3つの教訓」

「がんばらないをがんばる」
「あそびが足りない」
「自分に課しているハードルが高すぎ」

この3つは、わたしが尊敬する方や師事してきた方にたびたび言われたことです。

言われたことをすっかり忘れた頃に、同じ内容を別の方にまた言われたな〜という感じで、ついにはわたしの「三大教訓」というほどになりました(笑)

でも、これらの言葉の意味が、言われた当時は理解できなかったんです。日本語として理解はできるけど、腑に落ちない。腑に落ちないから、頭でわかっていても行動が変えられないままでした。 

今になってやっと3つ全てが腑に落ち、しかも少しずつ実践できるようになりました。ここに辿り着くまでに少なくとも5、6年を要しました。

もっと早くその極意に気づきたかった。けれど、今がタイミングだったのでしょう。

一時は、いままでできたことができなくなったり、いままで湧き上がった気持ちにもうなれないと、自分を責めたり落ち込んだり、これから先の人生や歳を重ねていくことに対する恐れまで出てきました。

けれど、月日を経ることでしか気付けない人生の奥深さがあるのだなと知ったのです。

あの時は見えなかったもの、気付けなかったこと、通り過ぎてしまったものを感じることができる喜びを、今、噛み締めながら生きています。


P.S

人生が変わるnoteの使い方コンサルを受けてくれた柴月あゆこさんが、ご感想を書いてくれました。「心地よい場だった」と言ってもらえて、じんわりと心に沁み入る温かい気持ちになりました。

料理家として活躍され、noteから書籍出版もされている、笠原なつみさんの「noteの使い方コンサル」は、私にとって、理想的な場だった✨
笠原さんご自身も、“繊細さん”気質をお持ちだからか、とても心地良く、安心して受講することができた。
『私も、こんな場を提供できるようになりたい』
笠原さんのコンサルを受け、自分自身の挑戦へと、
優しく、そして力強く、背中を押していただけた気がする🚀

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