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10歳の頃に書いた小説

こんにちは泉夏深です。本棚を整理していたら10歳の頃に書いた小説が出てきました。小5病をモリモリ発している時期のイタイ感じ小説ですが自分の哲学とか思想の原石だと思うので掲載してみたいと思います。



一、

すべての始まりは混沌だった。

光も闇も、生も死も、善も悪も、

まだ何も定まってない。

曖昧で、無秩序で、希薄な卵だった。

世界と呼ぶには、なんとも危なく不安定なものだった。


二、

変化は、つねに、突然始まるものだ。

混沌を構成している粒子たちが、まるで、なにかに突き動かされるように、

運動をしはじめた。粒子たちはお互いの存在を確認し合うかのように、

ぶつかり、そこに微量なエネルギーを生み出していった。



三、

気の遠くなるような時間をかけて、

混沌のなかに、エネルギーが満ちた。

満ちたエネルギーに運動の規則性が生まれた。

混沌はゆっくりと回転しはじめ、

やがて、渦となった。


四、

回転し始めた混沌は、より巨大なエネルギーを放出しながら

しだいに膨張していった。

巨大な渦となった混沌はいつしか、

清く澄み切った大気と、

重くよどんだ大気とを、はっきり分けた。

それから再び、百億の時間をかけて、清く澄み切った大気は

凝縮して"天”となった。



五、

”天”は生まれてすぐに、己の意志を生み出した。”神聖(かみ)"である。



六、

神聖は、天の中にあって、重くよどんだ大気が凝縮して-地-となるのを見つめ。なんと無秩序であろうと思った。

神聖は唯一の意志である。

そして、自分をとりまく世界の完全さを欲し、-地-のもつ邪悪なる無秩序さを取り払うために、


「-光-あれ」と言った。


すると、まばゆいばかりの光が生まれ、世界の隅々にまで散っていった。

神聖は生まれたての無邪気さで、光を無限に溢れさせた。


が、光の誕生は、その対極に闇を生み出すことに、まだ神聖は気づいていない。



七、

創造の喜びを知った神聖は、次々に願いその全てを実現した。

神聖は、自らの意思によって造られた世界をゆっくりと味わうと、

祝福して微笑んだ。

が、一瞬、神聖の微笑が凍てついた。

神は、舌の上に残る微妙な違和感を見逃さなかった。


それは巧妙に姿を隠していた。

神聖は慌てて吐き出すと、

「醜き者よ、去れ!」と言った。




八、

それは-闇-だった。

神聖の造り出した光によって生まれた闇だった。

-闇-は神聖によって、醜き者とされた。

-闇-は己の姿を隠したことによって、神聖に嫌われた。

-闇-は禍々しく、醜悪な姿となって神聖の前に平伏した。

「祝福せざる者、汝の名は-魔-、闇の中に隠れ、光を恐れ、密かに生きよ!」

と神聖は言った。

-魔-は頭をもたげると、瞳の中に凶暴な光を宿し、

「お前が消滅しろ!」と言って唾を吐きかけた。

その時の神聖の怒りは世界の果てまでも揺るがした。

そして、その怒りは八柱の雷光となって、魔を打ち捨てた。

神聖は、魔が逃げるのを見て深いため息をついた。

その息は世界を走り、雲となり、雨を生み、洪水を巻き起こした。

神聖は、最後の力を持って、

「-人-よあれ!」と言った。

自分と同じように、意志をもった-人-を生み出した。

「人よ、地を治めよ」

神聖は-人-を祝福し、地に降ろすと、永遠の眠りについた。



九、

神聖の意志を持った人は、地に降りて魔の存在を知った。

魔は邪悪さを持って、神聖の造り出したものを食らっていた。

人はこの地を治め、新たなる生命を育むために降りたのだった。

だから、闇の中に蠢き邪悪さをむき出しにする魔を嫌った。

が、人は破壊する意志を持っていなかった。

だから、人は見守るばかりであった。たとえ、それが、自らを魔に喰われることであっても、じっと見守っていた。

「神聖よ・・・」

人は祈るだけだった。人は人を生んで、この地を治めようと考えたが、

魔は次々と人を食らう。

ついに人がたった一人になってしまったとき、人は恐怖を知り、

憎悪が生まれた。



十、

人はそれでも、光に祝福されていた。その思いの中で、次々と人を生み出した。

が、恐怖と憎悪を知った人から生み出されるのは弱々しい生命であった。

人は、大いに悲しんだが、己の意思が生み出したことに気付き。その弱々しい者たちを、優しく抱きしめた。

弱々しい者たちは、その力も弱く、作り出すものも貧しかった。

が、

勤勉で弱いがゆえに優しさを持っていることに気づいた人は慈しみ、

「人間よ、この地に増えよ!」と言った。

弱々しい人たちは「人間」と呼ばれた。


十一、

しかし、人間はもろく弱い、お互いの身を寄せ合って

闇を恐れ、魔を嫌って生きてきた。

魔は人間を喰って増えた。

人は、深い絶望を知り、沈黙した。

千年の孤独の末に、ついに人は決意した。

人は、己を引き裂くことで、新たなる生命を生み出そうと考えた。

それは誕生の為の破壊だった。

人が己を引き裂いた時、絶叫の中から-矛盾-が誕生した。

破壊による平安。。。

-矛盾-は破壊する意志を持っていた。

-矛盾-は闇を払い魔を打ち破るものだった。

それは神聖の意志と魔の行為を兼ね備えていた。

人間たちはそれを「魔神」と呼んだ。



十二、

魔神は人の心に従った。

いくつもの闇を払い、邪悪な魔を消し去った。

安息が、人間の隣で微笑む日がやってきた。

しかし、人間は安息の中で、その弱さを曝け出した。

憎悪は隣人に向けられ、欲望が慎みを覆い隠し、怠惰な心が広がると、

その中に-魔-が住み着いた。


十三、

神聖の意志を心に深く宿した人間が集り、魔神を動かし、再び魔を打ち倒した。

しかし、人間が、ただただ、魔神を拠り所として、自らを省みず、

やはり怠惰に生きているのを見て、神聖の意志を持った者たちは嘆いた。

そして、-人-が自らを破壊した時にできた場所に、魔神とともに移り住むことを決意した。



十四、

人間はいつかしか、神聖の意志を持った者たちを<神々>と呼び、

魔が忍び寄ると恐怖して天を仰ぎ、平安を願った。

この神々のいる場所を神部界と読んだ。


ー遠い神話である。


総括(大人になった自分の解釈)

宇宙の回転エネルギーで生まれた意志を「天」と呼び

天は創造の喜びを知り沢山作ったが、差別もまた天が作った。

天の意志を継ぐ動物を「人=神」として作って地を治めようとしたが

天が光だったので地は闇にあふれていた。人はその地を治めようとしたが

完成された人=神には争う心はなく、見守るばかり。人=神がついに破れ、最後の

一人になろうとした時、ようやく「恐怖と憎悪」が人=神に生まれた。

その矛盾により魔と戦う為の破壊の神が生まれた。

破壊の神は闇を払ったが、神は一度堕ちてしまい、そのあとは恐怖と憎悪に支配された弱々しい劣化版しか生み出せなかった。

神はそれを「人間」と呼び、神と分けた。

天の意志を継ぐもの神。弱く劣化したものを「人間」とし、

住む世界をも分けた。


という解釈になりました。10歳で書いたものなので???なところもあるかもしれませんが大枠今とあまり変わらない世界観かなと思っています。

これはプロローグなのでこの後本題ストーリーに入ります。







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