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先生、クラブに行ってきます!

 「週末はクラブで」
 「大変ですね。どんな部活を持っているんですか?」

という会話があったときはびっくりした。先生という前提があると、「クラブで踊っている」というイメージがなさすぎるのだろう。

わたしが言っているのは、夜のクラブである。部活動ではない。

先生だってクラブで踊る。音楽に合わせて身体を揺らし、全てを忘れてストレス発散したい。イケメンに声を掛けられたい。人が注文したお酒をグイっと飲んで嫌なことを忘れたい。非日常の空間を楽しみに来ている。



学校の先生が踊ってるなんて誰も思わない

前でも後でもない、フロアの中途半端な位置で、ファーストドリンクを飲んでいると、オフショルの肩をなぞるように男の腕が伸びる。

「何歳?」

「えー」

いつもとぼける。そんなに若くはないので。

「二十歳?」

この暗い空間の演出なのだとしても、お世辞なのだとしても、ナンパ師の常套句なのだとしても、わたしの心は弾む。

「もうちょっと上かな」

わたしは正直。嘘は嫌い。教員免許は取れてる年齢。そして何年か働いてる立派な社会人。

「俺二十歳」

若いな。いつの日かの教え子と出会わないかとひやひやしながら、自分の年齢は決して言わず、いつもにこにこしているだけ。言わなければ、だいたい同い年くらいと思ってくれる。

「仕事何してるの」
「子どもの世話」

自分の口から嘘は一切つかない。絶対決めてる。

「え?保育士?幼稚園の先生?」

何も言わずににこにこしている。わたしは、間違いなく子どもの世話をしているが、「教師」だ。

「可愛い。こんな可愛い子見つけられてよかった」

二十歳に抱き寄せられる。普段の生活ではあまり嗅ぐことが少ない、男性の香水が鼻を癒す。

君が今抱いているのは、君がいつか授業を受けた先生かもしれないのに。何も知らずに、ただのそこら辺の、可愛い女の子と思ってくれている、このピュアな心が可愛い。たまらない。


トイレに行きたいと言って、腕をすり抜ける。絶対戻ってきてよと、懇願されるが、お互い様だ。君もわたしも、5分後には、きっと違う人と口づけているだろう。


初めてクラブに行った日

生まれて初めてクラブに行ったのは、大学生のときなのだが、クラブというものが何をするところなのかよく分からず、バイト先の仲間と少しその雰囲気を味わっただけで終わった。

それほど仲がいいとは言えないバイト仲間が、腰に手を回してきて、不快に思った記憶しかなく、それ以来クラブというものに興味を持つことはなかった。


しばらくして、今のツイッターのアカウントを持つようになり、クラブの話をよくするフォロワーがいたので興味を持った。

わたしのイメージではやはり、腰に手を回してきたバイト仲間のように、えっちな気持ちの人が多い印象だったが、二度目のクラブに導いてくれた同業の仲間は、「音楽を楽しむため」と言っていたので、そう思うことにした。

本当は、「お持ち帰り」というのがあるのか、自分も持ち帰ってもらえるのか知りたかっただけだ。


六本木で待ち合わせて、友だちの友だちと飲んでいたら、何人かが合流してきて、近くのクラブに行こうとするが、長蛇の列。週末ってこんなにすごいんだと、こんな多くの人間が真夜中に列をなしてまでクラブに行きたいんだと初めて知った。

まだ列がおだやかな西麻布のクラブに入場する。運転しなさすぎてゴールド免許になってしまった身分証を、入口で差し出す。

いかついガードマンに、鞄の中身をライトで照らされ、「これは中で食べないと約束してください」と、ぷっちょをつまみ出されて、入れていたことを後悔する。次からお菓子は捨てて行こう。


フロアがいくつかある、想像よりも広い広いところで、大学生のときに行った狭いクラブとは全然違った、その空間の出来上がりに驚く。さすが麻布、ラグジュアリーである。

同業の友だちは、明日も仕事だと言うので、一時間ほど一緒にいて、そのあとわたしを放流してくれた。

友だちの友だちである男の子たちが、わたしの手を取ってダンスを教えてくれる。目の前に、職業THE・ダンサーというような、セクシーな紫色の服を着た女の人が、激しく腰を振っていたので、それを真似してみろと言われる。

流れている曲のタイトルも正確に知らないが、テキトーに身体を揺らす。人が多くて、暑くて、汗をかくほどだ。誰もが他人なのに、笑顔で仲良くリズムに乗っている。身体がぶつかることがコミュニケーションなのだ。

クラブミュージックが好きというのは、とても楽しいことなのだ。今まで損していたなと、素直に思う。通勤途中にイヤホンで聴いて、この夜を何回も思い出していたいと思った。


クラブでお持ち帰りはされるのか

そこらじゅうで、腰に手を回していちゃついたり、キスをしたり、とろけた目で甘い言葉を囁きあっている男女が散らばっている。これこそ、事前にイメージしていた、えっちな気持ちの人たちだった。

大学生の頃は、おそらく浅い時間で帰ったので、終電が失われた時間のクラブの空間を想像することもなかった。


友だちの友だちのホールドをすり抜けて、わたしも知らない誰かに話しかけられるのか試してみたかった。トイレから出て一人で、誰かに見つけてもらえるか待ってみる。

1分も経たないうちに、「お酒ないの?一人?」と赤のチェックシャツの小顔の男の子が話しかけてくる。

「お酒飲みたい」と言ってみるだけで、バーカウンターに連れていかれる。音楽がうるさいので、店員に頼みたいものを伝えるのが大変。男が頼む酒と同じものが楽なんだと一瞬で悟った。

千円札を二枚、バーテンに渡す赤チェックシャツ。横顔を見ると、ちょっといじわるそうな顔をしている。

酒をおごってくれるのは、ああ、ありがたいなと思う。入場料だけでわりと高いのに、ヤレるかわからないのに、知らない姉ちゃんに酒をおごるなんて、とてつもなくいい人。クラブ慣れした今でも、それは心底思う。

「どこ住んでるの?」「この辺じゃない」「俺、川崎」

遠いな。どうやって帰るんだ?この辺のラブホとか空いてんのかな。あれだけ近所のクラブも長蛇の列をなしているし、ラブホ難民になるのは嫌だな。

彼の居住地がちょっと遠くて萎えたので、またトイレに行くふりして、違うフロアに行ってみる。


次に話しかけてきたのは、韓流スターのような、タートルネックにジャケットの男。ダンスフロアのようなところではなく、鏡台のような場所に座るよう促されて会話する。

バツイチ・アラサー・起業したけど今フリー・韓国も行ったことがあるなどの情報をペラペラしゃべっていた。身長が高くてかっこよかったけど、あんまり興味がわかなかった。


また、テキトーにうろうろしていたら、すごく顔のきれいな鼻の高い22歳くらいかなと思う、スーツの男の子に急に腕を引っ張られた。ブランコのような椅子に腰かけられるよう言われる。黙って甘いお酒を買ってきてくれた。

「どこ住んでるの?」「ここから5分くらい」「まじで!?」

ここから5分って、住む場所あるんだ。何者?と思ったけど、顔の綺麗さにとにかくうっとりしてしまった。

もう、君に決めるしかないと思った。


赤坂の高級マンションに連れられる

何杯飲んだか、どれくらいの時間飲んだか覚えていない。クラブって、無料のアルコールドリンクバーなのかなと思った。

「え?ほんとにこの辺に住んでるの?」
「ほんとだよ」
「この辺って、そんな若くて住めるの?」
「住めるよ」
「うそだ、うそだ」

酒に酔った勢いもあって、タクシーの中で爆笑していたら、本当に5分も経たないくらいで、彼が運転手に伝えた場所に着いた。手を引かれて案内されたのは、何だかすっごいキラキラしたマンション。エントランスに、でっかいでっかいオブジェがあるし、何人座れるんだよというソファーが置いてある。

エレベーターから降りると、フロア全面カーペット。ええ?ここはマンションですか。どこかのホテルですかと、知り合いにこんな家に住める金持ちはいなかったわたしは、終始そわそわしてしまう。

ドアを開けると、生活感がなく、ものが少ない部屋に到着する。目隠しで連れてこられたとして、「ホテルです」と言われれば信じるくらい、私物がなかった。新聞だけはいくつか積んであった。


べろべろに酔ってるのに、わりと丁寧に服を脱がしてくれた。

クラブだからこそ、警戒心を持って一緒に帰る人は選ばないといけないとはわかっていたし、一瞬でも怪しさを感じたらちゃんと逃げようと思っていた。わたしを持ち帰ってくれた美少年は、悪い人じゃないだろうなというのは、酒を買ってくれた振る舞いからしてそう思っていた。

せっかく綺麗な顔の男の人とセックスしているのに、わたしときたら酔いすぎて本領発揮できなかったので悔しい。めちゃくちゃマグロになってしまった。マグロでも、彼はとても楽しそうだった。

こんなに顔のいい、どんな風に稼いでるのかはわからないけど、金持ちの男の子と過ごせてラッキーだなぁ。クラブは夢があるなぁ。

ちゃんとコンドームをつけて、二発出してくれた。浅い眠りの中、もう一回求めてくれたのが、嬉しかった。


朝、シャワーを借りて、まだ眠るという彼を置いて家を出る。たぶん、ないと思うけど、もしまた会えたらちゃんと、もっともっと気持ちよくさせてあげるから。今回はマジでごめん。

エレベーターまでの足元のふわふわ感が落ち着かない。エントランスでは、コンシェルジュが「行ってらっしゃいませ」とお辞儀をする。まるでここの住人かのように、姿勢よくしてマンションを後にする。ここに住むには月収、一桁足りないだろうに、笑える。


クラブで一番楽しいのは

すっかりクラブ慣れしてしまった。友だちと行くほうが楽なのだが、一人で行くのも、そんなに抵抗がない。

第一に、音楽を楽しむところだとわかってよかった。クラブミュージックを普段耳にするのも気分が上がるが、大音量の中、テキトーに身体を揺らしながら聞くということが、すごくリラックスできると知った今、なかなか離れられない。

おばちゃんも、おっちゃんも、たまにいる。オタクっぽい人も、ロリータの衣装を着た人も、Tシャツ一枚のマッチョも、ピチピチの服を着たギャルも。外国人もどんどん増えている。みんな音楽が好きなのだ。楽しそう。

容易くお持ち帰りができる空間だとも知ってから、何人かの男の子と一緒に夜を過ごした。もちろん、いいことばかりではない。抱かれるんじゃなかった……という経験もした。

小学校の頃好きだった同級生にそっくりだったけど、ナマでしたがってきて殴りかけた野球選手。でも逆に、医療従事者だからセーフティーセックスしなきゃねとわざわざ言いながらコンドームをつける医者もいた。クラブには本当にいろいろな人がいる。普段出会わない職業の人と、一秒で距離を詰めて仲良くできるのがとにかく面白い。


とくに、失恋するといつもクラブに行ってしまう。

お前が魅力を見出すことを諦めた女は、これほどまでにたくさんの男にちやほやされているんだぞと、自己肯定感を上げないと、もうやってられない。

音楽と、お酒と、一夜限りの恋と。その非日常を味わいに、城のように重い扉を押す。足元が見えにくい暗い階段を降りていく。また今日もこの空間が、わたしをわくわくさせてくれると思うと、地下の薄い空気も愛おしい。

レッドブルウォッカの、レッドブルが入りきるまで一気に酒を減らして、空いた缶をすぐにカウンターに置く。オフショルの肩をなぞる手が、やはり伸びてくる。

「可愛い。一緒に帰ろ」

お酒を口移しに飲んで、今日初めて会った男と、周りが見ている中べろべろにちゅーをする。クラブで一番楽しいのはその瞬間。それが、間違いなくピーク。この空間を出れば、それ以上にならないのは十分知ってる。

「一人で帰る」

そう言うと、本当にさみしそうな顔をして、やだやだとぎゅっと抱きついてくる。きつく抱きしめてきて、わたしの身体を持ち上げて、「絶対帰さない」と、目を三日月にさせながらわたしを見上げて言う。髭面の輪郭を両手で覆って、にっこりと微笑んで上からキスをする。

トイレには、ちゃんと行かせてほしい。君の瞳に映った、最大に可愛い記憶のままで、すぐに消えるから。わたしは、お姫様にされた最高の思い出のままで君を覚えているから、大丈夫。たぶん。逃がして。



クラブのピークは、べろべろにちゅーしている瞬間だと言ったが、どの男とも帰らず、一人すするラーメンの美味しさをかみしめているときが、実は最も幸せだ。

何歳までこうしていようかな。あの暗闇ならまだ、二十歳を演じ続けてもいいような気もする。誰かが、「行かないで」なんて言う日が先か、教え子に会うのが先か。

若く見えなければ、こんなに遊ばないのになとも思う。真面目に生きてしまった青春時代を取り戻すかのように、わたしは偏差値も年齢も自ら言わず、しばらくここで遊び続けていくのだと思う。






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