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紅白に風が吹く(演出と敬意)

 2021年の第72回NHK紅白歌合戦。藤井 風さん出演部分の演出が、わたしの印象では明らかに異質だった。高い熱量の込められた、敬意に満ちたとでも言うべき構成が非常に興味深かったので、推測ながら少し書き残してみたいと思う。

「藤井 風」登場

 最初の出演部分は、歌手紹介VTRに続いて岡山県浅口郡里庄町にある「喫茶ミッチャム」(※現在は閉店)の一室からはじまる。藤井 風さんの実家だ。
 上京・デビュー前、地元のイベントなどに出演しながらYouTubeに演奏動画をアップしていた、いわば「始まりの場所」が紅白に。そこでの出演は、「藤井 風ヒストリー」の原点をなぞっていた。

 冒頭、腕をぐんと伸ばした仕草は、ビデオの撮影ボタンをオンにした後のように(もしくは調整しているかのように)見える。そして演奏は、ぐらつく両脚の上に置かれたキーボード。これは彼のキャリアがYouTubeという場所から始まったことを暗に示す。映像や音が若干荒いように思われるのも、YouTube投稿を意識したものだろう。
 歌われた「きらり」は彼の(2021年時点での)最大のヒットであり、躍進のきっかけ。この歌が終わると、彼はおもむろに画面に近づく。撮影スイッチをオフにするような仕草から、どアップになり画面を覆う。場面転換(シーン切り替え)におけるこの撮影手法は、動画投稿サイトやSNSで近年一般的に多用されていることも記しておきたい。

サプライズ

 そしてやはりここで場面はがらりと転換する。紅白会場の東京国際フォーラム。サプライズのはじまりだ。歩いていく先にはヤマハの誇るコンサートグランドピアノ「CFX」、曲は最新曲の「燃えよ」。
 グランドピアノで「燃えよ」といえば、日産スタジアムで行われた前代未聞の無観客無料配信ライブ。約18万人がリアルタイムで視聴したこの配信ライブ、芝生の上にはピアノ「CFX」と彼のみ。
 さて紅白。ピアノは同じ仕様の「CFX」、そして足元にはモフモフとした緑色のルームシューズ。普通ならばピアノにそぐわないこのシューズ、芝生のようには見えないだろうか。

 弾き語りによる「燃えよ」が日産スタジアムを暗に示すならば、ここまでの流れはどうだろう。始まりの場所からデビューして「きらり」で躍進、日産スタジアムでより多くの人々と繋がったところまでを駆け足でトレースしたかのようではないか。
 圧巻の演奏終わりに行われたインタビュー(サプライズなので打ち合わせなし)では、いつもの岡山弁。2曲とこの短いトークにより、「藤井 風」の足取り概要が印象深く視聴者へと提示される。

二度目のサプライズ

 さらにサプライズは続く。大トリのMISIAさんのシークレット2曲目が「藤井 風初の提供楽曲」の「Higher Love」だ。勿論、これは稀代の歌姫・MISIAさんのためのステージ。しかしながら藤井 風さんに軸を置いた一連の流れで見てみると、彼のミュージシャンとしての歩み、そして作家としてのデビューまでを一気に追いかけたような形になる。しかも紅白という特別な場所で。

 ここで再登場した彼は、さらにコーラスとピアノ演奏を担う。この時のピアノは、自身歌唱時のCFXとは異なっていた。MISIAさんの大舞台にあわせてドレスアップした様子は、まったく意図していないのかもしれないが、まるでいち投稿者からメジャーシーンにおけるエンターテイナーへの進化を見るようだ。そして、取り巻く状況が如何に変わろうとも全身全霊で音を奏で楽しんでいる様子が画面から溢れ伝わってくる。
 声量の緩急を自在に使い分け、時にはそっと引き、主役を際立たせながら楽曲を高みに導いていく。良質のコラボレーション、初出場でリスペクトする先輩歌手の大トリの場を見事につとめていて、まったくもって素晴らしいパフォーマンスだった。

リスペクトとシナジー

 ここまで時系列で追うと、やはり藤井 風さんは今回の言わば目玉であり、非常にしっかりした演出プランを用意されていたのだと思う。この陰には、NHK MUSIC SPECIALによる密着取材のような緻密さがあったのではないだろうか。
 出場衣装に関してはこれまでの記憶によれば出演者側用意のため、マネジメント側(名物マネージャーずっずこと河津氏をはじめとしたチーム風)の求める演出と番組側の考える演出が美しく融合した結果ではないかと考えてみたが、はたして本当のところはどうだろう。音楽番組初パフォーマンスが紅白歌合戦であるのも、両者のブランディング戦略が合致したと捉えると大変興味深い。

 いつか何処かで諸々が明かされる日が来るのかどうかは定かではないが、少なくとも、ひとりの若き才人のために密度の濃い時間が積み重ねられていたことだろう。そこに含まれた敬意を思う。たくさんの心が動いた軌跡を見た、いい年末だった。
 

 ◇ ◇ ◇

【追記】

 大トリでの「Higher Love」参加はMISIAさんからのオファーであったことが、MISIAさんのラジオレギュラー「星空のラジオ」で明らかにされました。
 音楽の場において新しく煌めく才能を紹介し広めるのは、大変素敵なことだと常々思っています。

 また、「藤井風アプリ」において1月23日にずっずさんこと河津マネージャーが手記を公開されています。ぜひそちらをお読みください。
 

なつめ がんサバイバー。2018年に手術。 複数の病を持つ患者の家族でもあり いわば「兼業患者」